116・安堵 「よお。色男さん達。無事によくたどり着いたものだ。悪運の 強さもここに極まれり、だな。死に損ないめ。」 新帝都フェザーンにアッテンボローたちがつくと懐かしい人物 達がシャトルのポートまで出迎えにきていた。 この口の悪さはコーネフ家の伝統なのかとアッテンボローは 苦笑してポプランはかみついた。 「なかなか快適な航路だったぜ。あんたたちみたいな命数の はかない人間には愉しめないスリル満点のコースを悠々自適に 通ってきたんだ。愉快だったぜ。」 それに対してボリス・コーネフはふんと鼻を鳴らしてアッテン ボローに握手を求めた。 再会の握手。 「しばらくだったな。相変わらず稼いでいるようだな。ボリス・コー ネフさんよ。」 アッテンボローは持ち前の口の悪さといたずらっ子のような 表情でコーネフの手を取った。 「まあな。金を生み出すのがおれたちの生業だからおおいに精励 している。あんたの政治と一緒で足を洗うには早すぎる。」 二人が再会するのは数年ぶりである。 亡きヤン・ウェンリーの幼なじみでヤンがいなくなってもイゼル ローンで民主共和の新政府を樹立したアッテンボローたちを助け てくれたボリス・コーネフ。 「ユリアンに関わるとどうも周りの大人は保護者になってしまう。 あの坊やがいち早く結婚したのは驚いた。晩熟だと思っていたが。 その点はヤンよりできがいいらしい。」 コーネフはいささか皮肉めいた笑みを漏らした。 マリネスクはにこにこと商人らしい笑顔で連中を見守っている。 「ところで。あんたもえらい目にあったもんだが本当によく生きて ここまで来たよな。姪から話は聞いている。かわいい姪っ子を助けて もらった。礼を言うぜ。」 ボリスはいった。 「確かにあのときだけは頼りになったな。それ以外は目も当て られぬほど不器用だった青年外交官閣下だったな。一生分の運を 使い果たしたか美人の花嫁を迎えていい気なものさ。」 ポプランはいちいちうるさいなとアッテンボローは苦々しい顔を 元僚友に向けた。 「アッテンボロー閣下がいらっしゃらなかったら、あたしの船は どうなっていたかわからないわ。オリビエこそなんの役に立ったの やら。」 イレーネ・コーネフは17歳。生意気盛りで元気よく口を挟んだ。 ボリスは口笛を吹いた。 「暗殺に続いて天災か。まさにあんたは歩く台風だな。アッテン ボロー閣下殿」 ミキにとってはみな初めて出会うひとなのだがなぜか懐かしい 息吹を覚えて、安堵する。 夫が無事、いまここに生きて存在する。 昔の仲間たちと笑いあって輝く笑顔を見せている。その間もミキの 手を離さない。そのあたたかさに彼女は安堵する。 アッテンボローはこの仲間たちに愛され歓迎を受けている。 口の汚いこと。 毒舌が横行するのはこの人物たちの習い。 けれどミキにはよくわかる。 ダスティ・アッテンボローは温かい血の通った男で、ここに集う仲間も 同じで。 ミキはその空気を心地よいものと感じた。 「しかしまあ。あの独身主義者が結婚したか。レディ・アッテンボローは 横暴な亭主にまだ飽きはきちゃいないか。」 船長は笑って聞いた。 ええ。 「ええ。もちろん大丈夫です。夫と結婚して後悔なんかしたことは ありません。これから先もずっと。」 といって黒曜石の眸をアッテンボローに向けた。 彼は手をつないだままわずかにはにかんだ。 けれど手を離しはしなかった。 彼女はその事実に安堵する。 by りょう ■小説目次■ |