104・奇跡 「ドクター。今日もお美しいですね。いえ、昨日より遙かに 美しいです。」 ヴィジフォンにミキがでると相手はオリビエ・ポプラン。 「あのですねぇ。そっちの用事はすんだんでしょう。 だったら酒場で落ち合いませんか。できれば御亭主 抜きがいいけれどそういうとやっこさんがすねるでしょうから ドクターのおまけでもいいのでひっぱってきてください。ね。 酒場の名前はシスター・スノーホワイト。場所は・・・・・・で、 6時に地上車「ランド・カー」でお迎えにあがりますから どうか華麗にドレスアップしてくださいね。では」 このど厚かましい物言いは明かに女性殺し「レディ・キラー」 といわれるポプランである。 「あいつはひとの女房にみさかいもないのかよ」 御機嫌ななめの御亭主・ダスティ・アッテンボローであった。 あなたったら、とミキは微笑んだ。 「ポプランさんがこういうトークをするのは今に始まったことじゃ ないじゃないの。あなた。タイラー主席との合流はあさって以降 になるのでしょう。だったらポプランさんたちとお食事でも楽しみ ましょうよ。ハイネセンヘかえったらあのかたにもしばらくは会え なくなっちゃうのよ。」 ミキはむすっとした顔をしているアッテンボローの額に キスをした。 「もう二度と会わなくていい」 そんな子供の喧嘩みたいなこといっちゃって。 この二人の仲のよさはミキがよく知っている。 同じ呼吸で生きている二人。 そんなことはミキにもわかっている。 ひねくれきったアッテンボローをうまく懐柔してミキは一応フェミ ニンな装いをして夫の身支度を整えた。 「さあ。私だけのハンサムさん。愛しているなら笑って。」 ・・・・・・こうかわいい妻に言われると自然に顔がほころぶ。 あなた以上の男性なんて私にはいないんだから。 「愛してるわ。ダスティ・アッテンボロー」 そういって出かける前にキスを交わした。 「ちっ。やっぱり亭主付きか。しかたない。いらっしゃい。 ミセス・アッテンボローとその亭主」 嫌な言い方をするなとアッテンボローが文句をいった。 「オリビエはなんとかいいながら閣下のことが大好きなんです。 お二人ともこっちにいらして」 イレーネ・コーネフがドレスアップして二人を席に案内した。 金髪が兄譲りで美しい。 「おひさしぶりです。アッテンボロー提督」 清廉な顔つきをした男が挨拶をした。帝国のハンサムな士官さん。 「シュナイダーじゃないか。ひさしいな。元気そうだ。」 アッテンボローはわかっていた。 ポプランが今目の前にいる怒濤の運命に翻弄された帝国の亡命者である 旧友を引き合わせてくれたことを。 それでもポプランはかわいくないとアッテンボローは思っている。 「おかげさまでなんとかやってます」 きまじめなベルンハルト・フォン・シュナイダーも一度は旧帝都 オーディンに還りウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ元帥の 形見を遺族に渡してフェザーンに現時点ではとどまっているらしい。 いやオーディンで静かに暮らしてもよかったのだがポプランに すぐに呼び出されたのである。 ミキが夫にささやいた。 「シュナイダーさんもあなたの暗殺計画の阻止を手伝って くださったのよ。お話したでしょう」 そうだった。 「いきなりポプラン中佐に声をかけられましてね。ご注文の人間を そろえるのに苦労はしましたがお役にたててよかった。私も あなたにはまだ死んでは欲しくないですからね」 職業軍人であるが流浪の生活からなかなか足を洗えないでいる シュナイダーは自分の運命を不思議に思った。彼もアッテンボロー という人物を僚友として尊敬していたのでポプランの指示通り アッテンボロー暗殺阻止計画に荷担したのである。 「おかげで命拾いしたよ。ありがとう」 さてとポプラン。 「飲み明かしましょうや。生きて再会した祝いに。そしてこの 天然独身貴族気取りだった提督がこんなに美しくて機知に 富む女性を降嫁せしめたことを。これを奇跡といわずして なんというべきか。乾杯。」 勝手にいいやがれ。 ミキ・マクレインは必然的にダスティ・アッテンボローと結ばれた のだし、奇跡とは失礼な話だ。 アッテンボローはグラスを不承不承あげて内心ポプランに 毒づいた。 しかしながら・・・・・・ いまこうして至福の時を迎えられるのは奇跡に等しいの かも知れない。愛すべき人物たちとと愛すべきともとともに祝杯を あげる・・・・・・。 これこそ奇跡なのだ。 アッテンボローは隣の妻の頬にキスをして僚友達とグラスを あわせた。 琥珀色の液体が温かい色味を帯びて揺れた。 愛妻はいつも夫に輝く優しい笑みを見せる。 その夜は懐かしさとある時代を・・・・・・輝く黄金の時代をともに 生きた仲間との美味い酒をみな愉しんだ。 by りょう |