103・感触 「さてさて。この船のタイプは扱ったことはないが運転をオートから マニュアルに変える。頼むから素直に言うこと聞いてくれよ。ベイビー」 ダスティ・アッテンボローは『海鳥号』に呟いた。 イレーネに入力させた航路計算でフェザーン回廊危険宙域の際を 渡っていかねばならない。そうしなければこの小さな船は太陽風の 磁場に引き寄せられてお釈迦になる。 このきわめて難しいと思われる航路を操舵する。 かなり際どいコースをアッテンボローは選ばざるをえなかった。 この感触。 アッテンボローは手に汗を握った。 もう現役から遠のいて数年になる。 実際船を動かす勘なんて忘れているかも知れないと思っていたが この振動の中彼は次第に勘を取り戻していく。飛び交う小惑星を器用 に避けながら船と呼吸をあわせて進む。 この感触。 エルムIIIで船を中破されて布陣をしきながら厳しい戦線を離脱した時の 感触と似ている。あのときも四方は敵だらけ。オートで運行できずアッテン ボローが舵をとった。 悪くないな。 アッテンボローは逆境に立たされると開き直るのが早くそして逆に状況を 楽しむくせがある。強力な磁場の墓場と回廊外の宇宙の墓場のはざまを 木の葉のような頼り無い船で運行していながらこの感触さえも悪くないと 思えるアッテンボロー。 結局この人物こそ最大に度しがたい。 アッテンボローの後ろ姿を見てイレーネ・コーネフは腹を括った。 もちろんオリビエ・ポプランは薄笑いすら浮かべていたしミキ・M・ アッテンボローにいたっては何の懸念もないようである。 彼女は自分の夫の強運を信じていた。 暗殺されかけて狙撃されていた箇所も僅か数ミリで命取りの傷だった。 なのに彼は今こうして楽しんでいる。 そう。 彼女は夫がこの状況を楽しんでいることを知っている。 「生きるために逃げることにかけては宇宙一の男。それがダスティ・ アッテンボローだよ」 かつて黒髪の友人は微笑んで自分の後輩のことをはなした。 その友人はミキに誤解を与えないように一言付け加えた。 「犬死にはよくない。しかもアッテンボローにも守らねばらない部下も いる。危ない時はあいつのように逃げるのが卑怯だとは思わないし 私もそうありたいと思うね。卑怯と言われても。ね」 彼女の現在の夫はその「黒髪の友人」のように乗船している人間を 殺すような愚行はしない。 ミキはそう信じている。 「さあ。全員シートベルトをつけてくれ。こんな芸当もうごめんだ。とっとと この宙域から出てやる。ワープする」 そう、この感触。 アステロイドの鎧のおかげで船自体にダメージはほぼない。 いまのうちにワープした方が得策いうもの。 この感触。 スペースパイレーツにむいているのはもしかすると彼のほうかも知れない。 by りょう |