100・また逢いましょう





クリニックを訪れたアッテンボローが最初に出会ったのは、

ドクター・ミキ・マクレインの戸籍上の養女となる看護婦のコーネリア・フィッツジラルド。

ユリアンと同じとしときいているから20歳。

淡い金髪に薄いブルーの眸をしている。

長い髪をいつも三つ編みにして化粧っけもないので

カリンよりも幼い印象をアッテンボローは受ける。







「先日、ドクターに食事をご馳走になってお礼をしていなかった。

近くを通ったのでドクターにこれを渡してはくれないだろうか?ミス・フィッツジラルド?」



「まぁ、なんて綺麗な薔薇。先生は赤いビロードのような薔薇がお好きなんです。

先生をお呼びしますね。ミスター・アッテンボロー」



それには及ばないというつもりが、

「あぁ、すまない」

になってしまうのが、恋。









「ありがとうございます。閣下。お礼をしていただくほどでもないのに。申し訳ない気がします」

かのドクターは今日も薄手のタートルのニットに白衣を引っ掛けている。

ボトムはひざ下のスカート。

大きな赤い薔薇の花束を抱えてアッテンボローに礼を言った。






「いえ、しばらく分の食事まで冷凍保存してくれて。美味しいものが3日間楽に食べることができましたよ。

本当は、花束だけじゃこちらが気が引けるんですけれどね」

「料理は多く作っておくと味が良くなるものだしうちのも作らなくちゃいけなかったのでついでなんです。

こういうと悪いのですけれど。でも私が薔薇が好きだってご存知でした?閣下」





快活な微笑をみせて、医者は言った。



「やや、あてずっぽうではあったんですがあなたのリビングルームまでの廊下に

赤い薔薇のドライフラワーがあったんで。

うちの一番上の姉が好きなんです・・・・・・女性は花はすきですよね?」

そばかすが特徴の青年外交官は、あまり洗練されたとはいえない物言いをした。

ドクターは、薔薇を見つめて言った。



「ええ。当たりです。できるだけ長く飾っておきたくてドライフラワーにするんですけれど、

白い花ではうまくいかなくて。お姉さまならお上手でしょうね」

「それが、電子レンジで作っているらしいですよ」

アッテンボローが真面目にいったのでミキはぷっと吹きだした。

「やはり、おかしいですよね。おれもおかしいとは思っていたんだが」

そういう作り方も確かにあるので、ミキはおかしくはないと言った。

「ともかく、若い男性からお花をいただくのは、いい気分です」

そう、綺麗に微笑んだ。

「若いって言ってもドクターと2つしか変わらないですよ」




アッテンボローの上に3人の姉がいるが一番下の、つまりアッテンボローのすぐ上の姉が

ミキ・マクレインと同じ年である。

ヤン達と同じ年なのだから。

「あら若いに違いはありません。私、閣下の少年時代をちょっとしっているんです。

ちょっとですけれど」

「ヤン先輩や、キャゼルヌ先輩が何かいったんでしょう?いや、シェーンコップの不良中年?

まいった。ずるいな。ドクターは私のことをよくご存知で私はあなたのことをほとんど知らない」

「閣下は士官学校の入学式で上級生と殴り合いの喧嘩をなさいました。ですわね」








よりにもよって、そのネタかよとアッテンボローは口をヘの字にした。









15歳。

テルヌーゼンの士官候補生学校の入学式にそばかすにさらに仏頂面を浮かべて、

ダスティ・アッテンボロー少年は出席した。

軍人になんかなりたくないのに何やかやと父親に因果を含まされたうえ、

別の志望校で見事な不合格通知を受けて仕方なくここにいる。

とても祝う気持ちにはなれない。






発端は、彼の前を歩いていた新入生が上級生をにらんだのにらまなかっただの。

馬鹿らしい。

暫くは傍観者であったが上級生の暴力を受けた新入生の変わりに、

その上級生を殴っていたのがアッテンボロー少年。




「あなた方は私たちよりも年長でしょう。全てを暴力で解決しようとするから

殴り合いの喧嘩はいつまでも終わりはしないんですよ。

こちらは言葉で謝ったにも関わらず手出しするとは人が悪すぎますね。

年長者らしく自重されてはいかがです?さもなくばこちらも目には目と、歯をって

やつですよ」




初めのほうは立派な口上だったのだが途中で、ただの喧嘩大好き宣言になってしまった。

そして式典は乱闘騒ぎ。






あとでアッテンボロー少年と上級生5人は当時の校長・シドニ・シトレ中将にお灸を据えられた。

また更にアレックス・キャゼルヌという事務局の次長に説教されたのである。

といっても付け加えてキャゼルヌはこういった。


「お前さんは馬鹿なのか正義感が強いのかは知らんが、

5人相手にその程度の怪我ですんでよかった」

と安堵もされた。








「その上級生グループ、リーダーのベルナルデスたちはあまり成績も良くなかったし

いわゆる素行がよくない連中だったのです。

その後、彼らから在校中にいじめられてはいないでしょう。閣下」


今になれば笑い話であったが、当時は確かにそのベル何とかという人物と接触するたび

眼をきることはあってもそういえば陰湿な悪戯やいじめはなかった。

闇討ちも。






「当時、夫は生徒会の役員をしていて入学式にだけ医学部から本館まで出向いていて式に出席していたんです。

式が終わって暫くすると私たちが待っている喫茶室に現れて『いきのいい新入生が入ってきた』といってました。

夫とジャン・ロベールが裏に手を回してベルナルデスたちに因果を含めていたようです。

閣下はいじめられても、お強いから大丈夫でしょうが上級生が下級生に不当に因縁を付けるのは問題ですものね」





「では私は、ドクターのご主人とラップ先輩に庇っていただいていたんですか?」

ミキは首を振って付け加えた。

「いきのいい新入生ということらしいので私もヤン・ウェンリーも及ばずながら。

勿論当時の事務局次長のキャゼルヌ先輩もです」






17年ぶりの真相。






「誰もそんなことは言いませんでした」

てれて頭をかく、青年外交官は言った。





「皆さん、つつましい人格だからですわ。私は厚かましいので閣下に恩を売っているんです」






鈴の音を思わせるドクターの魅力的な笑い声。

これではいつまでたってもドクター・ミキ・マクレインからは閣下と呼ばれこそすれども、

内心は『いきのいい新入生』、つまりわんぱく坊主というイメージが払拭されそうもない。

やれやれ。困ったぞとアッテンボローは思う。



「閣下はどう思われるかわかりませんけれども、私は閣下とお話ししている時間が好きです。

懐かしい時間に戻れます。

人間は未来へと歩んでいくのですけれどときに振り返りたい気持ちも否めません。

これが年をとった証拠なのでしょうね」




アッテンボローはしばし沈黙していった。

「おれ、いや、私などとはなしをして楽しいですか?」

ミキは迷わず、首を縦に振った。

「ええ。閣下を皆さんが好きになる気持ちはわかります。あなたの空気は心地よいものですわ。」

キャゼルヌがみれば情けないと言っただろうがアッテンボローはミキが全てを言い終わらないうちに、

早口でやや大きめの声で言った。

「じゃぁ、その、またお逢いしてください。ドクター」

いいおえて自分の蒼さに気がつくアッテンボローであった。









何と性急なデートの申し込みしかできないのであろうか。

けれども、ドクター・ミキ・マクレインは、何事もなかったかのように

いつもの優しい口調で言った。







「ええ。また逢いましょう」







こんなにすんなり了解の言葉を期待していなかった青年外交官は、

もう一度、落ち着いて申し出た。
















「また逢いましょう。今度は私が食事をご馳走します」


たっぷりご馳走になると彼女は笑った。

そして、彼もたっぷりご馳走しましょうと笑った。







by りょう

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