ハニカミヤナ君と、キス。
まだダスティ・アッテンボロー・ポプラン夫人がダスティ・アッテンボローで あった時代。 寧日、安寧のイゼルローン要塞。 士官食堂ではランチタイムになると分艦隊司令官の美人提督と要塞駐留 艦隊司令官付き才媛といわれる副官との和やかな昼食の時間となる。 「だいたいにおいて私は頑健なんだが。どうも弱い部分が一カ所ある。」 アッテンボロー提督はフレデリカ・グリーンヒル大尉に食事をとりながら なんとはなく言った。 「唇が荒れやすいんだ。どんなルージュを使おうがリップケアをしようが だめ。皮がめくれて塗らないでいる方がましって唇なんだよね。」 白身魚のムニエルと赤ワイン仕立てのステーキ、裏ごしジャガイモの グラタン仕立てにライ麦パン。 確かに女性提督は滅多に化粧をしない。滅多にどころか式典以外では 口紅すらつけない。 「そういうご事情がおありでしたのね。肌は大丈夫なんですの。」 淡い金褐色の髪をしたフレデリカは尋ねた。彼女はナチュラルであるが メイクをしている。時折口紅の色をなおしたり女性らしい。 アッテンボローは才気あふれる性質ゆえに化粧など煩わしいのだと信じ 込んでいた。 肌はね。 「丈夫なんだよ。そばかすはあるけど・・・・・・。これってシミって言うかな。」 言わないと思いますわとフレデリカは答えた。 「提督のそばかすはかわいいと恋人の少佐はおっしゃいませんの?」 そう。アッテンボロー提督には恋人がいる。しかも同棲している。 しかも恋人は過去レディ・キラーの名をほしいままにした恋の達人。 空戦隊第一飛行隊長オリビエ・ポプラン少佐。 「・・・・・・。」 ポプランはアッテンボローのそばかすはとってもチャーミングだという。 そばかすがなかったら顔が怜悧に整いすぎてかわいげのない美女に なるという。 アッテンボローは美女といわれるのはしっくり来ないしそばかすも それほど好きではない。 けれどそれを化粧で隠すのはもっと自分らしいと思えずに姉たちに さんざん勧められても軍の式典以外ではファンデーションも塗らない。 口紅はくだんの理由があるのであまり好きではなかった。 痛いと言うほどひどくはならないけど。 「・・・・・ともかく唇は何も塗らない方が無難だから・・・・・・。冬が来ると思い 出す。今年もそんな季節がきたんだなと。まあこの要塞は気温や湿度が 一定だからあまりひどくならないけどリップバームやスティック、美容液 ・・・・・・グロス、ルージュ軒並みだめだ。・・・・・・たまには私もフレデリカの ようにかわいい色の口紅など塗ってみたいけれど。あとがまずいからだめ なんだ。医者にもらう薬を塗るだけ。まあ、もっともどのみち私はピンクの 口紅などにあわなさそうだし・・・・・・縁がない話しだよな。」 アッテンボローは自虐趣味が多分にある。 フレデリカは年長の女性提督を優しく見つめた。 ピンクといえど様々な明度と色相、彩度がある。質感もある。 これだけの美貌を持つアッテンボローに似合わぬはずはないと可憐な 副官殿は考えていた。「お医者さまではなんと言われますの。唇のこと。」 うーんとアッテンボローは食後の珈琲を口にしつつ言う。 「唇だけ色素に反応するんだろうと言われたけど。顔は頑丈なんだよ。 別に手を入れていないし。日焼け止めくらいはするけど。石けんで顔を 洗ってたらあいつ、びっくりしてたな。すぐ基礎化粧品を買いに連れて 行かれたっけ。」 まあ。と副官殿は思う。フレデリカも戦闘が始まるとすぐに化粧は落として おく。でもきちんとクレンジングをする。 ね。俺の提督って傍若無人だろうと噂の撃墜王殿がひらりとアッテンボローの 隣に座った。ついこの間。去年の12月26日に恋人になったこしゃくな オリビエ・ポプラン。 アッテンボローには恥じらいという感情がある。 ポプランには全く、無い。 だから誰がみていようがアッテンボローに堂々とキスをする。唇を重ねる。 もうフレデリカは日常茶飯事なのでほほえましく見守っている。 キスされた女性提督だけ耳まで真っ赤にしていた時代。 「ごちそうさま。俺の提督。」 ばかとアッテンボローは呟くくらいしかできない。 今日はね。 「俺の提督にちょっとしたプレゼント。」そういって撃墜王殿はちいさな 包みをあけて中から小さなブリキ容器を取り出した。 これって。 「指で唇に塗るんですけどね。提督ってよく唇かんじゃうでしょ。口紅も つけないしもしかするとあれちゃうひとなのかと思って。」 ちゃんと指、消毒しましたしとポプランはブリキの小さなジャーに中指を 入れてクリーム色の油脂のようなものをアッテンボローの唇に優しく塗り 込んだ。 「・・・・・・。なにこれ。」 アッテンボローはあわててナプキンで唇に塗られたものをぬぐおうとしたが ・・・・・・。 メントールが心地よい。 不思議そうな顔をしてアッテンボローはポプランを見つめているし フレデリカはそんな二人を不可思議に思った。 アッテンボロー提督はポプラン少佐に対しては隙だらけだわと大尉は 思った。まるでポプランがアッテンボローには絶対害をなさないと信じ 切っている様子。 「メントールなのか。・・・・・・こういうの苦手なんだけど。」 唇が荒れちゃうからでしょとにっこりポプランはほほえんだ。 「このリップバームは特別のレシピで作ったからたぶん大丈夫かなと。 ぴりぴりしますか。それならアウトなんですけど。」 「・・・・・・。」 特に唇に異変はない。アッテンボローの場合あわなければすぐに唇に ちりちりとした痛みが走る。でも今の感触はただすーっとするだけ。 「・・・・・・しない。」 じゃああげますと小さな容器を彼女の手のひらに握らせた。 では訓練に戻りますからとまた軽く唇をあわせてあっさり退場した ポプラン少佐。残されたアッテンボローとフレデリカは顔を 見合わせて。 「大丈夫ですか?」 大丈夫・・・・・・みたいとフレデリカが気遣うのでアッテンボローは返事を した。 手のひらに残るブリキの容器。鈍色の温かさののこる贈りもの。 だんだんメントールが薄れたらほのかに甘い香りがして痛むはずの 唇につやが戻った気がした・・・・・・。 あれはなんだったんだとベッドの中なれない腕枕をされつつ アッテンボローはポプランに尋ねた。 腕の中のアッテンボローの唇に触れてポプランはあれから大丈夫 だったかと尋ねて接吻けた。「うん。おいしい唇。」と確認をしてポプランは 満足そうにほほえんだ。 へんだなー。 「あれってなに。姉の仕事の関係でだいたいのコスメやスキンケア 情報はいくら私でも入るけど・・・・・・。どんなリップクリームもリップ バームもあわないんだけどこれは大丈夫だった。・・・・・・それにどうして 私が唇弱いってわかったのか。・・・・・もしかして唇ががさがさだった のか。」 今更のように指を自分の唇に当ててアッテンボローは恥じ入った。 かさかさのくちびるだったのかなと幾千ものキスのあとに気づく。 恋人時代。 ポプランはアッテンボローを「ハニー」と呼んでかわいがったり からかったり、愛してた。 「いや。ハニーの唇がっていうんじゃなくってドレッサーやベッドルーム 浴室、執務室どこにもあるべきものがなかったから、唇弱いのかなと。」 新年のメイクしたときも。 「アイメイクはしてもグロスも口紅も使わないから。女ってのはだいたいが リップスティックやら持っているはずなんだ。でも。」 アッテンボローの部屋にはそれが一つもなかった。 俺も放置するとすぐあれるんだよなとポプランはアッテンボローの長めの 前髪にそっと指を入れて掬う。 さらさらした不思議な色の髪が流れる。 「・・・・・・。オリビエも唇弱い・・・・・・って知らなかった。」 アッテンボローが宙(そら)色の眸で見つめるとポプランは人差し指を 彼女の唇に当てて言う。 「ダスティの場合は色素にアレルギーがあるのかもしれないし無意識に 唇をかむだろ。そうすると自然と唇が荒れる。だからたまにさっきの ポプラン・オリジナルのリップ・バームを使ってみて。たぶん医者が 処方する膏薬にほんの少し手を加えただけだし。大丈夫なはず。保ちが よかったはずだしあんまり頻繁に使わないこと。メントールがあると少し 気分転換になるかなと。愛情のプレゼント。」 とそっと唇を重ねた。 それになとポプランはキスして頬を染めてうつむくアッテンボローに ささやいた。 「俺の場合はキス魔だから実はよくあれちゃう。ふつうの唇のケアでは 追いつかないほど。」 キスシチャウカラ。 あれるんだ。 と、また優しい唇が降りてきた。 ほら。俺たちって。 「いつもキスしてるだろ。だからお互い荒れやすい。気をつけなくっちゃと。 俺はともかくハニーに傷つけたくないもんな。」 にこにこというポプランにアッテンボローは、じゃあさという。 「キスしなかったらいいんじゃないかな。」 とっても真剣に言って。 緑のきらめく眸をぱちくりとさせているオリビエ・ポプランを存分に楽しんで。 嘘。 そんなの堪えられないとアッテンボローはいってポプランの唇にそっとキス。 いたずら娘だなと撃墜王殿はほほえんだ。 「お前とキスできないなら生きてる価値がない。」とあながちリップサービスでも ない言葉を言ってアッテンボローの口を封じた。 そんな蜜月時代。 なるほどねと。 時は流れて女性提督はダスティ・アッテンボロー・ポプラン夫人となって 再びイゼルローン要塞に還ってきた。オリビエ・ポプランとともに。 離れがたい仲間とともに。 なるほどと呟いたのは新たにヤン不正規軍に加わった女医。 アッテンボローが時々取り出す小さなブリキ容器に詰まっている油脂の香り をかいで「これならダスティさんの唇もかさかさにはならないでしょ。」と 仲よろしくて結構だと二人を冷やかした。 キスしちゃうと。 「キスしちゃうひとや吹奏楽をするひとはすぐに唇を荒らしちゃうわね。 そうなると香料や化学物質が大いに添加された市販のリップケア製品 ではだめなひともいるし。これなら悪くないできよね。さすが恋愛の履歴が 多いひとって感じ。」 鈍色の小さな缶を女医はアッテンボローに返した。 「これがあると不思議でグロスや口紅もたまに使えるようになったんですよ。 でもやっぱり苦手ですけどね。」 アッテンボローは年長の可憐ともいえる容貌を持つE式の美人軍医に 少し照れながら言った。 女医はそういえば過去に要塞防御指揮官である男から唇の荒れにきく よい薬がないかと幾度かきかれてこのような膏薬を作った覚えがある。 色事師にはそれなりの苦労もあるのだと改めて感心した。 あ。ダーリンが怖い先生と一緒にいると噂のご亭主が現れた。 ミキは思った。このオリビエ・ポプランという男は女性提督が行くところ ならばどこへでもついて行くのではないだろうかと。 地獄だろうと、宇宙の果てであろうと。 それはそれで。 比翼の鳥、連理の枝。 そんな女医をスルーしてアッテンボローの腰を抱き寄せて濃厚な接吻。 唇荒れちゃうわよと言おうと思ったがそれは今更野暮な話しだと女医は 二人を残してその場をはなれた。 あの先生。 「かわいい顔してるけど怖い女だぞ。俺は少しばかり期待してるんだ。」 と唇を離してポプランは言った。 なんの期待さとアッテンボローは3センチ目線が上のポプランに抱き寄せ られたまま尋ねる。 あの女医なら。 「いつかきっとシェーンコップの不良中年を完膚無きまでたたきのめしてくれ そうな気がしてうきうきしちゃう。」 ・・・・・・。 そういう物騒なこと言うんじゃないよとアッテンボローは苦笑した。 その笑顔もあまりにかわいいのでやっぱりキスしてしまうポプラン。 激動の時代の中。 フタリノアイハカワラナイ。 fin by りょう あまりに続きが書きにくくなって番外編のような短いものを かこうと思ったんです。私も口紅で荒れちゃうんです。 最近愛用のサベッ*スを見つけてだいぶ改善です。これは PAで裏で書こうかなと思ったんですが娘でもいっかと。 こんな更新ですみません。 キスしたら唇が荒れるのかノーコメント。 |