もっと話そうよ、目前の明日のことも・1



浮かない顔してるな。ポプランさん。



久々再会した僚友の言葉にまたコンマ34%ほど不機嫌さを加味した顔をしてオリビエ・ポプランは

行儀悪くくわえているフォークを右手に持ち、さらに行儀悪く振り回した。



「おれが浮かない顔をしているとお前さんに何かしらの金銭的な得があるとでも言うのか。コー

ネフさん。」

形の整った眉根を寄せて唇を尖らせ・・・・・・いくつになってもこの男は大人気ないとコーネフは思う。

「俺は金勘定で生きてるフェザーン人じゃないからあくまで「慈善」や「善意」で言っているんだ。」

イワン・コーネフは目の前の人参色をした髪の男が面白そうにしていない理由は聞かなくてもわかる。






「アッテンボロー提督の具合はどうだ・・・・・・といっても随行者(おとも)のお前さんが一人でここにい

るってことはお身体の具合がすぐれないのかな。」

この伊達男は奥方が一緒でないと、恐ろしく生彩を欠く。

白身魚のポワレ、白ワインソースにこれまたさらに行儀悪くナイフを突き刺してポプランは所在ない風

情で・・・・・・実際つまらないのであろう。

彼の愛妻・ダスティ・アッテンボロー・ポプランがそばに居ないということが。








わかりやすい男だなあとどちらかというと感情を表に出さない質の他称・友達のかつてのクラブの撃墜

王殿などは呆れてみている。

今日、コーネフはホテル・ユーフォニアに拠点をなす暫定共和政府の仲間たちに会いに来た。以前ユリ

アン・ミンツ現・次席補佐官が勤務先の航空会社にやってきたときにこちらも無沙汰を詫びなければ

いけないと思ったのである。









当然、本音を言えばポプランに会いに来たというより、ユリアンに会いに来たつもりだった。

当然というのもなんではあるけれども。









元僚友と話をしたところで生産的な価値のあるものに発展するとは思えないからである。



現在憂さをはらさねばならぬほどコーネフは私生活で鬱屈していない。

美しく優しい妻と日に日にかわいらしさを増す娘と三人で安穏と暮らしている。実に穏やかかつ

愛すべき日常である。ポプランと過ごした戦時中は生きて還ることなど実際には望んでいたの

か疑問だし妻や子を得ても肝心の時は戦死もやむなしと心得ていた。妻のテレサも帝国軍人で

あったので覚悟していた。今現在はやはり一日でも妻子と過ごす為に長く生きたいと人並みに

願っている。平時であるし当然だと思っている。



オリビエ・ポプランという男は至極悪人ではないが、けして話して得がある人間でもない。

自分は従兄弟と違って生まれはフェザーンでもないけれど、非生産的で冗漫な交際を渇望してい

るのでもなさそうだとコーネフは思う。ユリアン・ミンツ、アレックス・キャゼルヌ、ヤン夫妻、そして

ポプランの奥方であるアッテンボローとなら知的水準の高いウィットもユーモアもある健全かつ

建設的な会話も愉しめるであろう・・・・・・と思ってハイネセンへやってきた。

けれど今昼食をとりながら対峙しているのは、「不誠実・不毛・不実」を具現化した男、ポプランその

人である。










浮世の付き合い。

致し方ない。



豚ヒレピカタのトマトソースを口にしてコーネフは他称・友達の話に耳を傾けた。









「13週だからかワイフのつわりはおさまってきてる。嘔吐したのも二度ほどでミキせんせが言うには

母体も子供も元気なんだと。今じゃ普通に飯を食ってる。かわりなく美味いものを食わせてくれるし。」



調理された白身魚が気の毒なくらいフォークでつつかれてえぐられている。

礼儀正しいアッテンボローが見れば・・・・・・。

いや。

コーネフは思う。

アッテンボローという女性はこの亭主をたしなめるというより苦言を言いながらも世話をやくのが好きな

のだ。

この場に居合わせたとしてもポプランの所業を我が子のそれのように慈悲深い微笑でもって見つめ

ているに違いない。



「食事が取れているのは結構なことじゃないか。でもまあ吐きづわりだけがつわりでもないしな。まだ

まだ大事にしないといけない時期だろう。」

・・・・・・とりあえず話を進めておこう。

夜には妻子の待つ自宅に帰りたい。

ポプランと付き合っているといつのまにやらいろいろなことに巻き込まれる。

もうかれこれ15年近く付き合っている。

いい加減、身にしみている。










「もちろん大事にしてるぞ。おれが今までに妻を大事にしなかったことがあるか。」

「・・・・・・気持ちはわかる。」






しまった。

本音が出た。

でも、遅い。






「なんだよ。その気に食わない物言いは。」

「お前さんの気持ちはわかるが結果的にアッテンボロー提督が苦労された事例は・・・・・・いや

まあいいさ。気にするな。ポプランさん。」

「気になるだろう。」

「まあまあ。いちいち言葉尻を捕らえるな。あと一年もしないうちに父親になるんだ。もっと鷹揚に

かまえたほうがいいと思うぞ。じゃ、帰りの便のこともあるしそろそろ帰り支度をしようと・・・・・・。」









冷たい男だなあ。

恨めしそうな男の声。

情にほだされてはいけないと肝に命じているつもりでも、習い性かコーネフは席を立たずに不覚にも

「なんだよ。どうしたって言うんだ。」

と答えてしまった。



一日だけ、遅れてこの世に生まれた男。

自然にひとの関心を集めるすべを身につけているのがオリビエ・ポプランであった。





ダスティ・アッテンボロー・ポプラン夫人は健康的な妊婦生活を送っている。

彷徨していた亭主のポプランがフェザーンから彼女のもとに帰ってきた数日は食事も自

由にとれずアッテンボローもやや衰弱した。

ポプランは仕事を得たけれど妻の代わりに家事をいとう男でもないしむしろ苦しんでいる彼女の背を

さすったり、思わしくない様子であればホームドクターであるミキ・ムライ・シェーンコップにみせた。



人によって様々だからと女医は言う。

「安定期に入って落ち着く場合もあれば産むまでなんらかのマイナー・トラブルがあるひともいるから。

ダスティさんは健康体だけど経過を見ないとわからないのよね。」

まったく食事を受け付けない状態でもないから特別に病院でできる手当もないとポプランにいう。

アッテンボローの方はそういわれるのを見越しているから別段なんにも思わない。

けれど、常々食生活を重視して軍務にあってもきちんと手作りの料理を食卓に並べ、自らも食事

制限などせず気持よい食べっぷりを見せてくれたいた愛妻が冷やしたアルカリ飲料しか口にしない。



こんな事態にポプランが平静で居られるはずがない。

だがこの場合、亭主があわてふためいたところで女房殿の具合が良くなるわけではない。









幸いにもかつての女性提督はその後安定期をまたずに世間一般的なつわりから開放された

ようにみえた。睡眠状態も良好、散歩など大好きであったし次第に元気を取り戻しポプランの

心配をよそに健康的な生活を送るようになっていった。



「母親に聞くと姉三人はつわりが酷かったみたいだけど私が一番似ている父方の祖母が元気な

妊婦だったらしい。そういうところも似るものかも知れないな。心配するな。オリビエ。立ち続けると

お腹が張るくらいで休めばなおる。私も赤ん坊も元気だよ。」

あの爽やかさを兼ね揃えた人好きする笑みをたたえて美貌の細君は言う。







けれど・・・・・・。

ポプランは心配性な亭主である。

恐らくは宇宙で一番、アッテンボローに関しては心配性である。



「でもなあ。ひとりお腹にいるんだぞ。それは並大抵のことじゃない。いくら心配してもしたりない

ってことはないんだぞ。ダーリン・ダスティ。」

といっては家のことも妻を休ませて率先しすぎて、する。

ダスティ・アッテンボロー・ポプランは優秀な軍人であったが・・・・・・家事労働が大好きな一人の

女性でもある。



こら。

「動けるなら家事くらいしてもいいんだぞ。それにこのまま体調がよければ安定期には職場復帰でき

ないかなと思ってヤン先輩に相談して・・・・・・。」








だめ。

「妊娠中に安定期はない。」

オリビエ・ポプラン氏はのたまう。

それはそうだけどねとアッテンボローは苦笑する。



いたわってもらうのは、妻として最上の喜びであるには違いない。

アッテンボローとて夫に庇護されるのは嬉しい。

感謝だってしている。

だからこそ勤め人のように出仕して遅くに帰宅するポプランをねぎらう癒しの空間に家庭を切り盛り

するのがアッテンボローの願いである。

夫の好きなものを食卓に並べ清潔な居住空間を整える。



彼女はそういう作業が大好きであったし、仕事をやめればそういう生活を送りたいと以前から

思いこがれていた。女性提督であった彼女は仕事もさることながら、家事が大好きなのだ。









「心配だからしばらく仕事、家でしようかなあ。」









ポプランがつぶやいた一言でアッテンボローは「たまらんな。」と心のなかでつぶやいた。






出産後、育児は初めてだから夫の手伝いはあれば嬉しいと彼女も思っていた。

赤ん坊は彼女一人の子供ではなく間違いなくポプランの子供である。

鑑みれば自分の子供であるから同じくして育てたい、新しい生命の誕生を妻と二人で迎えたいと

協力をしてくれているという見方もあるし、それは間違いではなかろう。









だが。

くどいが、ダスティ・アッテンボロー・ポプランは家事労働が大好きだ。

健康な、いわゆるマイナー・トラブルの少ない妊娠生活を送っている。



となると。

始終、夫が自分の仕事を奪ってしまう生活はかえってストレスに満ちていると予測した。



「だめだよ。オリビエ。」

美しい口角をあげて優雅にアッテンボローは微笑んだ。

妊娠後さらに白磁の肌になって頬のそばかすが愛らしく彼女を魅せる。

大輪の白薔薇のように気品あふれる優美さで、どんなに夫が異を唱えてもアッテンボローはポプランの

提案、「自宅で仕事をして身重の妻を慈しむ。」というものに厳然と、しかし柔らかさと笑みをを忘れずに

華麗なる「却下」を繰り返した。








妊娠すると。

「夫を生理的に受け付けなくなると聞くが、ワイフもホルモンバランスの崩れでそういう状況にあるのでは

ないだろうか・・・・・・。」

オリビエ・ポプラン氏は嘆息を漏らして世も末と言わんばかりに頬杖を付き、他称・友達にそのわびしい心

情を吐露したのである。






それを聞かされたイワン・コーネフ氏は、やはり早く席を立つべきだったなあとわずかに後悔しつつ

食後の珈琲を飲んでいた。



わかる気がする。












もちろん、アッテンボローの気持ちが。

女性心理に長けていたはずの「女性殺し(レディ・キラー)」も型なしであるなと、こちらも小さな

ため息一つ・・・・・・。



by りょう





その後の「Ladyadmiral」です。やっとすこし時間が取れました。

で、このスキルなのかという疑問や苦情は・・・・・・。

元気そうでいいなー。娘。

2はまだです
LadyAdmiral