孤独の、その先に。・4
ヤン・ウェンリーは頭を悩ませている。 行政のことではなく「私人」として悩んでいるのである。 車椅子に座って腰にクッションをあてがい、うんうんとああでもないこうでもないとその思考回路をフル回転 させて考えていた。こんなとき普段ならば明晰なるフレデリカが夫に丁寧に助言をするのだが今回ばかりは だめなのだ。 ユリアン・ミンツが頼み込んできた。 尊敬し愛する師父に。 保護者にそれほど甘えることもなくすくすくとまっすぐに育ってきたかわいい被保護者である彼に頼まれた。 生まれてくる子供たち・・・・・・男の子の双子の名前を是非付けてほしいと懇願されたのである。 12歳でヤン家に来たユリアンは・・・・・・。 ヤンは思い出していた。 遠く記憶をさかのぼって・・・・・・玄関ポーチで自分の体の半分ほどもあるスーツケースとともにはきはきした、 けれど嫌みのない素直な声で挨拶をした少年。 ヤンは自分が15、6歳のころ女性と何かをいたした結果、この年頃の少年が今息子として登場したのであろ うかとぼんやり考えたが、少年はすぐにキャゼルヌの名前を出したので「トラバース法」を思い出すに至った。 以来ユリアンはヤンが生きていく上で必要不可欠な存在であった。 息子とも言えない。 弟にしては年が離れすぎている。 それでもヤンはユリアンが大好きだった。 ユリアンが思っている以上にヤンは被保護者を思っている。 そのユリアンが子を持つ。 非常な感慨を伴うが・・・・・・名付け親になるという試練は一概にヤンを感傷にふけることを赦さなかった。 「あなたはなぜウェンリーなんでしょうね。」 紅茶にブランデーを垂らしてフレデリカは夫の思考にわずかな活性剤を与えようと務めた。 それがよく知らないんだとヤンは白い紙を前にペンをもてあまし呟いた。 母がつけたらしいんだが母の記憶が曖昧だからねとうーんとヤンはうなった。 ヤンの母は彼が5歳の時になくなっている。 思い出せる記憶は日だまりにいる感触を思わせるひとだったということくらいである。ある意味フレデリカもヤン が安心して側で昼寝ができる女性だから共通点はないこともない。 「私のようにE式の名前はどのみちミンツという名字に合わないだろう。一人ならともかく二人の男の子かあ。 さて困ったぞ。私にはむいていない仕事をユリアンは押しつけてきたなあ・・・・・・。」 本気で困っている。 一万隻の艦隊に追いかけられるより困っている。 「あなたを本当にしたっているんですよ。ウェンリー。ユリアンは。」 妻に言われてヤンもわかってるんだと頭をかいた。 「私だって他ならぬユリアンの願いじゃなければ聞かないよ。」 祝い事で頭を悩ませるのなら幸せなことですわとフレデリカは隣に腰掛けて夫の乱れた髪を整えた。 ヤンは故ラインハルト・フォン・ローエングラムが自分の息子に名前を付けたときほど紙を反古にしなかっ たが「グリュック」「クオーレ」という名前を付けた。 幸福と心。 この言葉をそのまま愛する被保護者の生まれくる息子たちの名にしてもよいだろうかとフレデリカに伺い を立てた。一日かけて考えた名前は平凡である。 でも妻である彼女は夫の努力と思いやりを賞賛した。 「ええ。きっとユリアンもカリンも喜んでくれますよ。」 及第点をもらった夫はアルーシャ葉の紅茶をうまそうに飲んで「そうであってくれればいいんだが。」と苦笑した。 シェーンコップの娘とユリアン・・・・・・。 新しい時代を築いていく彼らの子供たちに幸いと、心ある人間になってほしいという古来から親が子に託す思い であった。何十年続くのかわからない平和の時代を継続してゆく子たちであってほしい。 ヤンはいささか身勝手だなとも思うけれど夢を抱いた。 美しい夢を。 いつか宇宙にあらゆる人間が集い学ぶ学府ができて帝国の人間も共和政府の人間も関係なくともに青春を 語らう・・・・・・そんな時代が訪れないであろうかと美しい夢を描いていた。フレデリカは夫の夢を聞き美しい笑 みを見せてそれが実現することを夫とともに望んだ。 休日をとっている主席とは違って仕事に精を出すものもいる。 アレックス・キャゼルヌは行政府事務局部長として日々変わらず精励している。 ワルター・フォン・シェーンコップは主席次席補佐官主席秘書官という長い名前を持ちながら暇があれば麗しい 妻かこのいかめしい僚友相手に油を売っている。妻の女医はそんな夫に慣れているし時折かわいいと思うこと もあるようだ。もちろんキャゼルヌの方は主席秘書官をかわいいと思うはずがなく厳しい顔をして文句を言った りときには歓談しつつ政府を影で切り盛りしていた。 ユリアン・ミンツ首席補佐官はそんな年長の友人・・・・・・一人は舅殿であるが、二人を見て笑顔を見せたり眉を ひそめたりしながら生まれくる新しい生命を心待ちにする。 彼ももう大人といってよい。彼の妻カーテローゼ・ミンツの胎内には二人の赤子が息づいている。 憲兵隊ではなく警察というあらたな組織を任されて元薔薇の騎士連隊14代連隊長カスパー・リンツは戸惑い ながらも人員を集めて訓練と警備を怠らない。 彼は来月結婚する。 「ブリュンヒルトの死闘」で負った傷の手当にあたったニコール・アナ・スペンサー嬢がお相手であり彼女は女 医の元で看護師をしている。女医よりわずかに背が高いくらいで華奢な女性なのだがなぜか彼女もそこいら の男より膂力があった。もちろん夫にその力を見せることはない。いくら彼女が強くても薔薇の騎士には及ば ない。 もっとも女医の方はまだ夫よりも遙かに銃の腕は達者である。だがそんなことも関係ないようでシェーンコップ と女医の不思議な結婚生活は安寧に続いている。 絶対男が浮気をするはずだとみな思っていたのだが。 暇さえあれば女医のところに入り浸るのはおそらく終生変わらないであろう。 ミキとシェーンコップは確かに組み合わせは奇妙だが互いに互いをよく知っているという点ではキャゼルヌ 夫妻に次ぐ円満な夫婦といってもよいかもしれない。 女房も変わり者だし、亭主も変わり者だ。 馬が合うのであろう。 民間航空会社で教官をしているイワン・コーネフは現在貯蓄にいそしんでいる。 元から浪費家ではないし妻も節約が上手である。 収入も激減したわけではなかった。 時期が来れば娘をつれて旧帝国帝都「オーディン」の妻の実家に三人でいこうと思っていた。 娘は妻に似ている。 どれほど彼女の両親は喜ぶであろうか。 現在でも休日には超光速通信(FTL)でテレサの両親に目通りしている。孫にあたるシモーネを涙ながらに 見る妻の父親や気品があり穏やかな母親に妻子を是非ともあわせたいとコーネフは思っていた。 「そのときにできればシュナイダー中佐と会えればいいなと連絡は取っているんだ。」コーネフはユリアンに 語った。 あの愛すべき帝国からの亡命者たち。 老練なるウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツとともにヤン・ウェンリーと闘った仲間たち。ユリアンは その日が来ることを心から望んだ。 さて。 もう一人のコーネフはさんざんイゼルローン共和政府に情報提供したのに収支が合わないので乗りかか った船とばかり「暫定共和政府」にも肩入れをしている。 「なに。ヤンがいるんだ。きっちり金はいただくさ。」 自由独立商人として商魂たくましいボリス・コーネフ船長はバグダッシュもと大佐と共謀して銀河帝国の 情報を虎視眈々と集積してヤン・ウェンリーに売る。「今は何ではらうべきか。」というお題目でヤンはまた 頭を悩ませるのであるがヤンがこのとき考えていたのは民衆による選挙であった。 政治の代表者は民衆が決めるべきだ。 ヤンはそう信じて疑っていなかったし今でもそう信じている。 政治を監視する。 それが人民の責任だと思っている。 ボリス・コーネフが情報に見合った報酬を受け取るにはまだ時間がかかりそうである。 ヤンが行うべきことは軍人であった自分が現時点ではあくまで帝国との橋渡しをするだけで今後その後継者 を育てることこそ大事だと思っていた。 いつまでも軍人であった自分が政府の代表でいることはよいことではない。 まして半ばカリスマ的な存在として崇拝までされているらしいからよけいである。 摂政皇后ヒルデガルド・フォン・ローエングラムとの会談まではヤンでもいいかもしれない。 しかし、皇帝アレキサンデル・ジークフリード・フォン・ローエングラムの御代(みよ)になればヤンは断固主 席引退を決めていた。 あながち美しい夢ではなく。 教育の重要さをヤンは感じていたし国防軍士官学校のかわりに貧家の身であっても教育が受けられる 教育制度を考える必要があると思っていた。 正しい人類の悲惨な歴史を知り平和の尊さを学んだ青年が皇帝アレクと同等に語らうことが望ましい。 教育に関してヤンは残りの政治人生を費やして教育制度の大まかな器ができあがると彼は隠遁生活には いるのであった。 そのころにはヤンとフレデリカにも娘が生まれキャゼルヌ家の令嬢(レディ)を姉のようにしたって遊ぶ光景 が見られた。 フレデリカに似た二人の娘。 おてんばでじゃじゃ馬でフレデリカは「私の小さいころにそっくりだわ。」と頭を悩ませた。 ヤンは第13艦隊に任官してきたときのフレデリカを思い出した。 綺麗な眸に驚いたし優しいが凛とした声も覚えている。 そしてそのとき彼は直感していた。 この女性はきっと才媛でしかも機敏なのであろうと。 銃器に疎い自分にキャゼルヌがつけた副官であるから若い女性であっても相当な銃のつかいてであると頼も しく・・・・・・女性に頼らないといけないのはやや心苦しかったが頼りがいがあるのは確信していた。 だからフレデリカがじゃじゃ馬でおてんばだったのは予想できる。 いくら猫をかぶろうともヤン・ウェンリーはひとを見抜く力が備わっている男で伊達に若いうちから将官になった わけでもない。 事実新婚時代、暗殺されかけたヤンをその見事な銃の腕で護ってくれたのは妻である。 そのあとは泣き虫のかわいい妻に戻ったがヤンはじゃじゃ馬万歳だと思ってフレデリカに感謝した。 そのころには杖で歩行できるようになったヤンは幼い娘を抱き上げて淡い金褐色の髪を撫でる。 娘はこの先どのような人生を歩むであろうか。 彼女はこの先どのような男性を伴侶として生きていくのであろうか。 エル・ファシルでであった14歳の少女の面影をわずかに思い出し、ヤンは微笑んだ。 「おとうさん、昔せんそうしてたんでしょ。」 うん。していたんだよ。 大きなヘイゼルの眸までもフレデリカそっくりで愛らしい。 娘を産んでからフレデリカは母性を喚起させられたのか料理に熱心になりついにはユリアンですら舌を巻く家 事の達人に成長していた。娘は容姿は自分に似ているが食が細いのは夫そっくりだったので是が非でも料理を 熟達せねばならないと決意したのである。 「でも、せんそうはだめなんだよね。おとうさん。」 うん。できればない方がいい。どんな大義名分があっても戦争などしなくてすむのならしない方がいいんだよ。 結婚して7年目にしてできた娘はまだ幼くヤンの話を聞いてすべてを理解するわけではない。 けれど伝えていきたい思いがある・・・・・・。 昼食ですよと妻が呼んだ。 娘をおろしてヤンはその小さな背中を押した。 銀の翼が見える・・・・・・。 それはとても貴重なものにヤンは思えた。 この娘のために、そして妻のためにできるだけ長く生きようと願った。 幸いにして彼は長く知己でいる女医から健康状態良好と判を押されていた。 娘がその輝く銀の翼を羽ばたかせるその日がくるのをフレデリカと二人で見守れたらどれほどしあわせだろうと ヤンは思っていた。 「ほら。おかあさんのご飯だ。今日は何かな。楽しみだ。いこう。」 幼子は父の手を握り頷いた。 フレデリカは二人を見て「ちゃんと手を洗うんですよ。」と微笑んだ。 行政から退陣した夫は現在大学で歴史学の教授をしている。フレデリカにすれば相変わらず学生さんに見える のだが彼はバーラト星域最高学府で教鞭をとっていた。それはとても素敵なことだったしヤン家は幸せに包ま れて日々暮らしていた・・・・・・。 これは随分時空軸が未来になる。 けれどフレデリカは懐妊し二人の間には娘が生まれることは事実である。 時間軸を元に戻そう。 カリンが出産して無事子供二人が生まれた。 男の子の双子である。 「シェーンコップだけがおじいちゃんだよ。」 などヤンは言った。子供たちにはヤンおじちゃま、フレデリカお姉ちゃま、ミキ先生と呼ばせるのだとカリンはに っこり微笑んで言う。 シェーンコップは文句が言いたいが言えば娘はこう言うに決まっている。 「だってあんたは私のお父さんじゃないの。だからおじいちゃんよ。」と。 娘だからわかる。 どうやら同じ血が通っているらしいから。 その二週間遅れでアッテンボローも出産した。 赤んぼうは男の子でアッテンボローの予言通りであった。名前は男の子であれば彼女が決めることになって いたので「オリビエ・Jr・ポプラン」と名付けられた。 彼女の父親であり、初めての男子の孫に喜んでいたパトリック・アッテンボローは名前は気に入らないがその 古代の西洋絵画の天使のようなにんじん色の巻き毛と翡翠色をした眸を見て大いに満足し惑溺した。四人の 娘の孫のなかでもっともかわいがったのがJrである。 「ユリアンはともかくポプランが父親になるのはやはり不思議だ。」とキャゼルヌは言う。 みな同じことを考えていたが口にはしなかった。 なぜならキャゼルヌの腹部にオルタンスが見事に肘を入れていた。 おおかた妻をめとった面々は思ったことをそのまま口にすることは必ずしも得策ではないと悟ったようである。 すべての亭主の範であるのはアレックス・キャゼルヌの本懐であろうか。 などそれはよいとして。 「オリビエは案外父親にむいてるんですよ。」とかつて女性提督といわれた美貌の夫人は赤子を大事に腕に抱 き、言う。 ここまではアッテンボローは言った。 ここからは言えない話もある。 俗な説であるが一人目を出産したばかりの女性は美しいと言われる。 出産後の女性はえもいわれぬ美しさがあるとか。 女医の管理がよかったのかカリンもアッテンボローも妊娠で体重を大きく左右されることもなく出産をした。アッ テンボローは最初はつわりがそこそこひどかったものの武人であった矜恃もあってけして薬は飲まなかった。 その代わり夫が働きに出て給料(サラリー)をもらってくるので彼女は甘えて存分に休息をとることにした。 ポプランもそれでアッテンボローがいいなら家事などこの男は慣れているしむしろ、 「軍人時代と同じ分量食ってたらふとっちまうよな。」と考えた。 コーネフと会って「肉があまってるぞ。ポプランさん。」などいわれたら気が狂う。 まだ若いので食欲は衰えは見せなかったが 「走ってくる。」といって深夜など20キロほど走っている。 もともとが健康でしかも鍛え上げられたエース・パイロットであるので体を動かさない今の仕事ではフラストレー ションが溜まるようで一人黙々とロードワークをこなしてくる。そのあたりは実にストイックでアッテンボローは感 心する。 その上家のこともアッテンボローができなければ 「大丈夫。おれがするから。」 とこなす。おかげでアッテンボローは十分休むこともでき赤んぼうの成長も順調で無事に出産できたのであっ た。ポプランは確かに瘋癲(ふうてん)だが機転が利いたしアッテンボローに対して絶対なる紳士であった。 母性が強くなると夫を放置してしまう奥方は多いものだがアッテンボローはそういうたぐいの女性ではなかった。 ポプランにせよ古女房に飽きて宗旨替えという気持ちはさらさらなく比翼の鳥、連理の枝のごとき仲むつまじい 夫婦で女医はまたすぐに第二子が誕生するなとふんでいた。 周囲もあと3人くらい続けて産みそうだと思ったがそうでもなく。 事実ポプラン夫妻の蜜月ぶりは変わらない。 夫婦生活が円満すぎる夫婦であった。 驚くべきことにJrは二人がベッドでことをいたしているときには夜泣きしない。 ことが済んでほっと一息入れる頃合いに泣く。 まさにオリビエ・ポプランのD・N・Aを受け継いだと言うべきか。 「こんなに小さくても色恋の天才なんだなあ。Jrは。」 ポプランはベッドからはい出して急いで息子の元にいくアッテンボローの後を追って呟く。 裸のままアッテンボローは赤んぼうのおむつを替えたり乳を含ませる。 するとJrは落ち着いてまた寝入ってしまうJr。 「・・・・・・ねちゃったよ。」 アッテンボローはまさに慈愛に満ちた聖母のような笑みを夫に見せた。 第二子の誕生は随分遅れるが。 Jrが二人の夜を邪魔することはなかった。 それがポプラン家の奇跡といわれている。 もっともこんな秘め事は夫婦二人で言っているだけであり他人に話すほど愚かではない。 Jrに疳の虫がなかったわけではない。 普通の赤んぼうのように泣く。 ところで、この二人は蜜月であるが故に朝まで愛し合う。 アッテンボローは時折Jrと昼寝したし、ポプランはもともと新陳代謝が活発で夜中愛し合うなど当然で休日突然 一人で寝室で15時間ほど寝る。 ぜんまいが切れたかのようにぴくりともしない。 熟睡である。 そんな無理をしなくてもいいのにねとアッテンボローは赤んぼうに微笑んだ。 ときどきそんなポプランの背中に寄り添ってアッテンボローも寝る。本当によく眠っているので隣に最愛の妻が いても寝入っている。 襲われる心配がないからアッテンボローも安心して寝る。 赤んぼうも寝る。 この夫婦はそれなりに呼吸が合っていた。 随分前にポプランの隠し子騒動があったがあのときもオリビエ・ポプランは自分の子ではなかったがよい父親ぶ りを発揮している。 今度は相似形の本物の子ポプランである。 幼児期を迎えるとJrは父親がすることをやたらまねてアッテンボローは小さくため息をつくことが多かった。 ポプランはかわいい男だが。 たいてい家の中では裸で歩いている。 昔からどれだけ注意してもなおらない。 自分の体にある種の自信があるのだ。 それは認める。 ポプランの体をアッテンボローは綺麗だと思う。 けれど羞恥心は持ってほしい。 これをJrがまねするのでアッテンボローはまず夫の躾直しからはじめなければならなかった。けれどポプランと いう人間は強靱でそう簡単に女房であれ操作できないとわかるとJrの躾に専念した。 「ママはパパを愛しているしパパが宇宙で一番素敵な男性だと思うけれど普通の男の子は家の中を裸でうろうろ すると将来のJrの恋人や奥さんが困るんだよ。」 天使のような巻き毛は夫の髪の色だが顔の作りはどちらかといえばアッテンボローのJrは母の言うことがよくわ からないがどうも自分が裸だと大好きな母が困るということは飲み込めた。 「ママはパパが裸でもいいの?」 とJrが尋ねるとアッテンボローは微笑んでい言う。 「いいってわけじゃないんだよ。諦めているんだよ。」 男は度胸、女は妥協といってねと人生訓など5歳の子供にたれる。 母親の薫陶よろしくJrはパンツだけははいてうろうろするようになった。 未来のJrの嫁に少しは怨まれないですむかなとアッテンボローは思ったりした。 かつて自由惑星同盟という国があり自由惑星同盟軍が存在し、女性の提督が唯一存在した。 名前はダスティ・アッテンボロー。白い薔薇がよく似合う冷たい月を思わせる怜悧な美貌の持ち主であった。 伝説の女性提督。 彼女の非凡さは戦いにおいても突出しており同盟軍が存続していたならば30代で元帥たり得た人物と後世の 歴史家は評価している。 彼女は後世の歴史家のことなど念頭になくたぐいまれな非凡な才能と美貌をもちながら平凡に恋に落ちた。 愛した男は数百人の女性と浮き名を流した撃墜王。 自己防衛本能が働いて一度は男の交際の申し込みを断ったがヤン・ウェンリーの智謀とイワン・コーネフの一日 一善でオリビエ・ポプランと恋をして暮らすこととなった。 58回目のポプランのプロポーズで結婚を皆の前でかわし、今に至る。 実は59回プロポーズを受けているが59回目はノーカウントにしている。 ポプランは人生で二度一日だけの健忘症になったことがある。 そしてときどきアッテンボローは男になる。 生物学上の男になる。 でもそれくらいでフタリノアイハカワラナイ。 Jrも母親とはときどき男になるものだと思うようになった。 彼に友人ができて世間というものを知ったとき。 ポプラン家の特殊さを思い知るであろう。 Jrの世界は一気に広くなるであろう。 それもいい社会勉強だとポプランは公言してはばからない。 「おれといて幸せだよな。ダーリン・ダスティ。」 などとJrと三人で食事をしていてもこまめに口説いて隙あらばキスするポプラン。 アッテンボローは「うん。幸せ。」と微笑む。 「ダスティさん。世の亭主というものは、ときどき馬鹿なことを言ったりしでかしたりするけれど、黙ってついていく とまずまず機嫌よくことが進むものですよ。」というマダム・キャゼルヌから結婚式のおりに賜ったこの言葉に幾 度も彼女は励まされ支えられてきた。 事実アッテンボローは大きな問題がない限りは夫の好きなままにさせている。 ポプランは全くの馬鹿者ではないから大きな間違いはやらかさない。 小さな間違いではアッテンボローは動じない。 夫がもし仕事に困ってもアッテンボローは家事の達人であるしいくらでも帝国のブルジョアジーに口をきいてく れるボリス・コーネフという友人がいる。ハウスキープには自信がある。 もっともポプランはそれなりに矜恃がある男なので仕事でし損じることはしない。 そして強運の持ち主でもあった。 だからアッテンボローはそれほどポプランがすることに目くじらを立てなかった。 この男も女の影がない。 アッテンボローに未だに夢中というのも救いがたいが彼女は美しい故に愛されているわけではなくポプランにとっ て愛らしい女だから大事にされている。 共に生きていく上で必要な女だから愛されている。 アッテンボローもポプランをかわいいと思っている。 昔から彼女はポプランを転がすのが巧みであったしアッテンボローにころがされるのを男は喜んでいる。 何より。 あれだけの戦いをくぐり抜け今もなお彼女の側で微笑んでいる彼が愛しい。 「おれも幸せ。愛してる。」 と優しい唇の感触。 Jrは世の両親とはこういうものなのだと認識している。 彼の世界はいずれ大きく、広いものになる。 Jrは随分ちいさいうちから一人で子供部屋でねることになっている。 それも世の子供は当然なのだと父親に教えられている。 ・・・・・・彼の未来はあまりに広くて巨大である。 素直にJrは一人で眠る。 その代わり怖い夢を見たり怖い気持ちになったら遠慮なく両親を呼んでもいいといわれている。 だから怖い夢で起きたとき悲鳴を上げるとちゃんと両親そろってやってきてJrが安心して眠るまでずっとついて いる。 アッテンボローとポプランはJrが寝入ると顔を見合わせて微笑み合う。 そして手をつなぐ。 ポプランは左手を差し出す。 それは右手をあけていればいつ何が起ってもアッテンボローを護ることができるからと言う男のたしなみだ そうだ。 アッテンボローは迷わず右手を出す。 ポプランの左薬指の指輪をいじって・・・・・・彼女は安堵する。 つい綺麗な、とびきりの笑みをこぼしてはポプランを欲情させる。 彼は女房馬鹿なのである。 そして手をつないだまま眠る。 腕枕のときもあるしアッテンボローの背中をポプランが抱いて眠るときもある。 そんな夜を幾年も過ごしてきた。 この先何十年と過ごせたらいいと二人は思う。 女性提督はもはや宇宙のどこにも居ない。 ハートの撃墜王殿も伝説となった。 同盟軍史上最多撃墜王であるクラブの撃墜王にあと一機足りない撃墜王として。 今現在存在しているのは。 蒼穹の空の下。 柔らかな新緑に包まれた庭でJrに手製のポークジンジャーを切り分けて食べさせている普通の女。 そして彼女はその間に夫からスプーンでスープを飲ませてもらっている。 穏やかな昼食がすめば庭のベンチで民法の本を読むポプランの膝枕で眠るアッテンボロー。 その足下に毛布を敷いてスパルタニアンのおもちゃで遊んでいる宙(そら)色の眸のJr。 優しい風が吹きすやすや眠るアッテンボローの頬をJrが指でつつくとポプランは息子にしーっと静かに言う。 「おい。Jr。男ってもんは常に淑女(レディ)に優しくあれ、だ。覚えておけ。」 と優しい口調で言う。 眠る彼女が起きないように。 それと。 「この女はおれの女だからお前さんは大きくなったらいい女を見つけろよ。」 などととんでもないことを言う。それが男ってもんだと。 Jrはこの父親のことも大好きだったのでこくんと神明に頷いて宙(そら)色の眸を輝かせて笑う。 まあ。 運命の女に出会うまで。 「三桁の女にあたるんだな。そのうちこの女しかいないという女に出会う。そうなれば話は早い。口説いて口説い て口説きまくって愛して愛して愛しまくる。これにつきる。するとかわいい息子か娘に恵まれることもある。子供は ともかく愛しい女が側にいる。悪くないぞ。Jr。」 など口上をたれている。Jrはうんうんと頷く。 眠ったふりをして変な親子だとアッテンボローは二人のやりとりを耳にしてまた眠る・・・・・・。 愛は死なない。 夢も死なない。 ありきたりなやさしい物語はそんな光景で終える。 川の流れが止まらないように 時の流れが止まらないように 様々な変化がこの二人にあったとしても。 握ったその手を離しはしない。 孤独の、その先には延々と続く劇場(ドラマ)がまっている・・・・・・。 fin by りょう 2009/12/12 (土) 奇跡的に?終わった気がします。ここまでおつきあいくださった皆様に ありがとうと申し上げます。連載中応援していただいたかたにも感謝しています。 無茶な話は無茶で終われという感じですが・・・・・・ 平和に終われてよかったなと思っています。 ありがとうございました。 りょう |