彼女はクィーン・4
オリビエ・ポプラン中佐は来るべき三回目の結婚記念日に向けて愛妻の気に入りそうな 贈り物をかなりの労苦を費やして探し出し入手した。 ロイヤル・コペンハーゲンの珈琲ポット。 白地に藍色の花の文様が美しいとアッテンボローは過日、ネットで画像を見てかなりお気に 召した模様である。 ウェッジウッドのクィーンズウェアのカップとソーサーは残念ながら市場に出回っていない ようだった。さすが骨董である。 イゼルローン要塞という最前線でポプランができる策を使いに使い切って入手困難であ ったがめでたくロイヤル・コペンハーゲンの珈琲ポットを麗しい佳人に贈ることができそうであった。 実のところアッテンボローは高級な茶器の値段を見て夫にねだったりはしていない。 「さすがに古いものは値が張るよ。うっかり割ってはなんだか申し訳ない。」 ダスティ・アッテンボロー・ポプラン夫人は節約家である。 それなりの給料(サラリー)をもらっていた彼女は始末しない夫に代わって貯蓄に余念がなか った。戦後・・・・・・革命戦争に区切りがついたときにつぶしがきかない艦載機パイロットの夫を 何で食べさせてゆくか日々思案に暮れている。以前地球にいく旅路でボリス・コーネフ船長が 女性提督の料理の腕を見込んで雇いたいと言っていた。 あの話は反古になってはいないだろうかと革命戦争の記録を書き付けながら考えていた。 けれどポプランは伊達男なので妻が欲しいと思うものはできうるなら手に入れて・・・・・・それが 給料(サラリー)の2ヶ月分であっても・・・・・・もっとも俸給など受け取っている身でもないから わずかな貯蓄を崩そうが贈りたいのである。 アッテンボローなら。 あのオリエンタルな茶器を手にするにふさわしい。 彼女の柳のような肢体と美しい曲線を持つ陶磁器。 よく似合っている。 ポプランはそれを思い浮かべるとご満悦である。 ユリアン・ミンツなどは心配そうに「それは本物ですか。」など言う。 「不吉なことを言うんだな。その根拠はいったい何だ。」 ポプランがよくよく聞けばヤン・ウェンリーの実父であるタイロン氏の生前の楽しみが骨 董の蒐集であった。金銭の収集と骨董の蒐集がヤン司令官の父君の生き甲斐であったと 言われている。 もちろん幼いウェンリーを男手で養育することもこの変わった自由商人の人生における 大事な要因であったとも言える。 並み居る親族の反対を押し切ってまで変人といわれたタイロン氏は幼児のウェンリーを渡そ うとはしなかった。ほとんど誘拐に近かったのだが親権はタイロン氏にある。幼子が無事に成 長するのか周囲のものはウェンリー救済に裁判を起こそうとしたがその前にちゃっかりタイロン 氏は恒星間商船に乗り込んでしまったので追いかけることもできなかった。 物事の成り立ちを語れば砂漠の砂が水をぐんぐん吸い込むように吸収する子供。 壺を磨かせたらそれなりの仕事をする息子をヤン・タイロンは彼なりの愛情を注いで育てた。 だがしかし。 辣腕家と呼ばれ金銭に愛されていたはずのヤン・タイロン氏は息子ウェンリーに借金と多くの 偽物の骨董品を遺して不慮の事故でなくなっている。 「その遺品のなかで本物だったのが、万暦赤絵のみだったんですよ。」 青年はいった。それも憂国騎士団にシルバー・ブリッジの家を襲撃されたときに壊れて しまったのだそうだ。 「骨董ばかりは目利きがないとな。司令官も変わった人だがその父上も変人だな。ヤン・ウェンリ ーがああいう大人になったのはわかる気がするぜ。」 にやにやと笑みを作ってポプランは笑う。 「人が悪いですよ。中佐。」青年は柔らかな笑顔でたしなめた。 「たくさんの写真が・・・・・・ヤン提督がまだお小さいときの写真がたくさんあるんです。提督の 父上は確かにあくは強いかただったのでしょうけれどあれだけ息子の写真を撮るというのはかわいか ったからじゃないでしょうか。」 ユリアン・ミンツには幼いころの写真がない。 一枚もない。 帝国の亡命者の娘であった母親を嫌った父かたの祖母に引き取られたとき写真はすべて焼き払わ れた。その話はポプランもすでに聞いているのでこういうのだ。 「さぞお前さんは陶器人形のようにかわいかったんだろうな。こうなったら気のいい美人と結婚して コーネフみたいに子供を作れ。かわいい子供が生まれるぞ。」 結婚など考えられぬ青年であったけれどユリアンはええ、そうしますとポプランをいなした。長年の つきあいで年長の僚友であるが青年はよい関係を維持するこつを熟達していた。 ユリアンと。 「お前さんとカーテローゼ・フォン・クロイツェル。悪くない釣り合いだ。お前さんにも帝国の血が流れて いるようだしあちらもそうだ。目鼻立ちの美しい子供が期待できるな。」 などと簡単にポプランは言う。 「簡単に言わないでください。あちらにはあちらで僕などいやだといいますよ。選ぶ自由はありますか らね。」 おや、これは残念とポプランは深く突っ込まなかった。 シェーンコップの不良中年から青年は覚えがめでたいし舅になったとしても巧くやっていけるとポプラン は思っていた。どちらかといえば娘のカリンとうまくいくのかが大きな、そして深刻な問題であった。 だがポプランはユリアンとカリンは何かの可能性を秘めているように思えた。 あの二人が恋をして新しい物語を紡いでいくのもなかなか興があっていいと思うのである。 もっとも。 ポプランにとってクィーンはアッテンボローただ一人。 今でもまだ夢が覚めぬように彼女に恋している。彼女に屈服している。そしてその屈服はけして 不快なものではない。甘い呪縛。 出会って数年という歳月が流れているのにどんなときでもアッテンボローが恋しい。強く生きようと 前を向いて走る彼女を守りたいと思う。 だから時間があれば。 アッテンボローをホールドしながら民事判例集だの司法だのの本を読む。戦後二人で食べていくた めにポプランは商法など改めて勉強して生業をえようとしていた。けれどこの御仁、これでエリート 軍人であるのでまだ先が見えない段階で「司法でお前を食わせてやる」とも言わないでたまに本など 読んでいるのでアッテンボローは、すねる。 アッテンボローは二人きりのときは存分にポプランに甘えられるようになった。 あんまり熱心に勉学に励むと理由を知らないから彼女はすねる。 そんなところも愛しいと思える結婚三年目を迎えるポプラン中佐であった。 実にめでたい人物である。 宇宙歴800年8月18日。 「ええ。本当に買ってくれたの。こんな高価なもの・・・・・・。」 嬉しいに決まっているのだが世の妻は恐縮するものである。ポプラン家では財布は妻が握っている。 夫は部下にかなり慕われているし人格だけで言えば将官クラスだとアッテンボローは思っているから 小遣いは多めに渡している。カリンをはじめ空戦隊には若い兵士が集まっておりポプランという男は 実によく慕われている。不真面目さと真剣さの温度差が魅力なのかもしれない。イワン・コーネフも信頼 できる上官であるが信頼できてかつ、刺激的であるのがオリビエ・ポプランであった。 奢る場面が多くなるであろうと思うので夫に恥ずかしい思いはさせられないからアッテンボローはポプラ ンに多くの小遣いは渡していた。 「素直に喜んでくれ。ダーリン。嬉しいか。嬉しくないのか。」 腰に腕を回されて唇をかすめ取られる。 彼女はクィーン。 なのにまだまだ白桃のように頬を赤らめる。 「・・・・・・嬉しい。ありがとう。大好き。オリビエ。」 アッテンボローはそっとポプランの首に細く長い腕を回して恥ずかしそうにキスをした。 もし。 ダスティ・アッテンボロー・ポプランが「宇宙が欲しい」といえばオリビエ・ポプランはそのための力を 惜しまなかったかもしれない。 ・・・・・・あながちジョークではない。 でも。 「随分小遣いを使わせちゃっただろ。私も出すよ。」 「そんな水くさいことを言うな。愛する女に金をかけてこそ生きた金だ。お前が気に入ったなら本望だ。」 また髪が少し伸びてきたなとポプランはアッテンボローの翡翠色の髪を優しく撫でた。美容室もあるが アッテンボローの髪のコンディションをよく知っているのは洗って乾かしてブローまでするポプランである。 「髪が少し伸びてきたな。ダスティ。のばすか?切るか?どうする?」 唇を彼女の耳元にくっつけて囁く。 くすぐったいと身をよじるアッテンボローをポプランは抱きすくめる。 「切る。ショートにしてもいいなと思ってるんだ。」 「それはだめだ。おれはボブヘアのお前がとっても好きだ。」 アッテンボローの髪は直毛である。 翡翠と銀を溶かし込んだような不思議な色を持つ髪はさらさらと指からこぼれ落ちる。その感触がポプラ ンは大好きであった。パーマを当てようにもあたった試しがない綺麗な髪をしている。 「言うなあ。旦那様は。わかったよ。そろえるだけにするから。」 昔のアッテンボローなら唇を尖らせて一度くらいは反抗して見せたものであるが彼女とてポプランが大好き なのだ。彼の言うとおりにしたいと思う。 それに賢妻であるマダム・オルタンス・キャゼルヌからいただいた結婚式での言葉がある。 「ダスティさん。世の亭主というものは、ときどき馬鹿なことを言ったりしでかしたりするけれど、黙ってつい ていくとまずまず機嫌よくことが進むものですよ。」 後方勤務本部長という地位を蹴って意気揚々と後輩に使われようとした横暴とも言える夫に苦言一つ言 わず・・・・・・のちになって笑えるときに言うことはあっても・・・・・・二人の令嬢(レディ)にも手伝わせて キャゼルヌ家の荷物を作ってヤン・ウェンリーたちとシャトルに乗ったオルタンス・キャゼルヌ。 キャゼルヌもたいがいひとのいい男だがオルタンスも合理的なわりに人情深い。 オルタンスを見ていると実家の母を思い出す。 そっくりではないが亭主の扱いに長けている様を見るとアッテンボローは父にかわいがられながら実は 父をいいように使っている母の女としてのかわいらしさを思い出すのである。 夫婦仲はよければよいに決まっている。 ポプランはキャゼルヌのように傍若無人でもないしアッテンボローを困らせることもない。 ときどきよくわからない本を熟読していることをのぞけば・・・・・・視線が本に釘付けになるとアッテンボロー は少し不安になる。 そういうところをのぞけば自分にはすぎた亭主だと彼女は思っている。 イワン・コーネフが聞けば唖然とするかもしれないが。 ねえ。 「去年はフェザーンのフェルライテン渓谷で過ごしたよね。まさか一年後にまたこの要塞のこの部屋に いるとは思わなかった。感慨深いな。」 この日はアッテンボローはオルタンス・キャゼルヌ並の家事能力を発揮して元気で新陳代謝の活発な 夫に好物を夕餉に披露した。ポプランはアッテンボローの作る食事の味が最初から好きだった。結婚記 念日ともなればよい酒もアッテンボローは用意していたし普段は気の利かない要塞事務監殿が 「よくまあ丸二年夫婦仲よく過ごしたものだ。いいことだ。」と秘蔵のコニャックをプレゼントしてくれたので ある。 この日のディナーはベーコンときのこのカルボナーラ・牛の赤ワイン煮・サーモンマリネの片面焼き香草 風味・茄子とモッツァレラチーズの重ね焼き・キノコと豆のホット・サラダ・ミネストローネスープに自家製の パン。現代に生きる我々と違う感覚なのであろう。チャイナフードも登場している。牛フィレ肉のXOソース 炒め・点心などもテーブルに並んだ。 食後には早速アッテンボローがもらった珈琲ポットで芳香漂う珈琲を振る舞った。 やはり、藍の花の文様とアッテンボローの中性的な美しさが見事に融合していてポプランは満足する。 「山荘のキッチンでとろけるほど愛し合ったよなあ。いい思い出だ。」 そういうことしか覚えてないのかとアッテンボローはポプランの頬を軽くつねって特上の笑顔を見せた。 「だって去年の結婚記念日は抱き合った記憶しかない。」 テーブルの下でアッテンボローはポプランの膝に脚をのせた。じゃれているのだ。 「誘ってるな。ダスティ。」 「誘ってない。風呂が先。珈琲もゆっくり飲みたいもん。」 お前ともゆっくり話がしたいし。 優雅な手つきでポプランのからになった珈琲カップにお代わりを少し注いだ。帝国美人など問題じゃない なとポプランはアッテンボローの姿を見てまた満足する。 毎日、毎分、彼女に恋をしてしまう。 「来年はどこで結婚記念日を祝えるだろうな。」 ハイネセンだといいなとアッテンボローは思うけれど・・・・・・そうはうまくいかないであろう。それを案じて いるアッテンボローにポプランは彼女の足の裏を靴を脱がせて優しくもみながら言う。 「どこにいても二人が離れることはない。おれはお前を手放す気なんてないんだからな。」 「・・・・・・私だって離れる気はないよ。」 じゃあ。 「心配するな。おれだって一応戦後のことは考えてるんだから少しは安心しろ。」 足の指なんて綺麗じゃないよとアッテンボローは抗議したけれどポプランはかまわずマッサージしている。 「わかった。心配しない。オリビエに任せる。」 たとえそらがひびわれて、嘘をおとしても。 互いに互いしかいなかった。 おいしい珈琲を味わって・・・・・・また夜中愛し合う。 出会ったとき。 アッテンボローはポプランを警戒した。けれど何もなかった。綺麗な所作で敬礼を見せてポプランはきびすを かえしてその場を立ち去った。キスをされるわけでもない。口説かれたわけでもない。そこがアッテンボロ ーは気になった。自分に魅力がないのか評判とは違ってポプランが女を吟味するのかわずかに悩んだ。 気がついたら一緒に珈琲を飲む仲になっていた。 気がついたら一緒に食事をする仲になっていた。 気がついたら一緒に酒を酌み交わす仲になっていた。 気がついたときには恋に落ちていた・・・・・・・。 一度は逃げたけれど勇気を出してポプランの手を取ったら・・・・・・今に至っている。同じ空を見つめる 二人になっている。きっといつまでも二人なら同じ空を見ている。そう信じ合える二人になっていた。 故郷の夏の緑のきらめきを思わせるポプランの眸と彼が愛する宇宙の色と同じ色のアッテンボローの眸 が交差して。 キスをして抱きしめて。 八月の長い夜が甘く、そして優しく二人を包み込む。 ずっと夢を見て 安心してた 僕は Day Dream Beiliever そんで 彼女は クイーン・・・・・・。 二人はなれることなど思いも寄らなかった日々。 永遠を信じていた二人・・・・・・。 by りょう 回天篇つぎはムライ参謀長がやってくるっ!!ですね。 帝国ではいろいろとありますが同盟ではアッテンボローとポプランの戯れあいと ユリアンとカリンの歩み寄りが見所かと・・・・・・。更新速度が遅くてすみません。 |