駆け抜ける、瞬き・4




宇宙歴800年8月8日。



フレデリカ・G・ヤンは高く掲げられた建国の父であるアーネ・ハイネセンと今も

なお昏々と眠れる夫、ヤン・ウェンリーの肖像を見上げて・・・・・・新しい空

気を吸い込んだ。新たなる息吹が場内を熱く高ぶらせていた。












フレデリカは淡いクリーム色の女性らしくもあり清楚なスーツを身につけ、長く

なってきた金褐色の髪を一つにまとめあげて式典の壇上に立っている。



イゼルローン共和政府の樹立をその穏やかで毅然とした声で宣言した。自由と平

等と人民主権への希求・・・・・・そのための闘いがまだ続くのだということを。









「なんだか君には損な役まわりを押し付けて済まない・・・・・・」



ええ。ウェンリー。

私は貴方の代理なのよ。



貴方と生きると決めた日から私は貴方の為ならなんだってすると心に誓った。

だからウェンリー。

眠っていてもいい・・・・・・。

私は貴方を待っている。

いつまでも。

誰が去っていっても私は貴方から離れませんからね・・・・・・。









夫の声と対話をしてフレデリカはヘイゼルの眸を未来へ向けた。

彼といつも同じ空を見ている・・・・・・彼女は確信した。



不利で不遇な状況であってもなお民主共和政治の小さな芽をはぐくんでくれる彼

女の同胞たちにフレデリカはありがとうございますと言い・・・・・・そしてす

べてが終わったときにはありがとうございましたと言えればいいと思うと静かに

告げて「八月の新政府」が誕生した。








アッテンボローもポプランも快哉の声をあげた。



「イゼルローン共和政府ばんざい!」

「くたばれ!皇帝(カイザー)ラインハルト!」

ベレーを天高く投げ上げて二人はユリアンの肩を抱き今はなき自由惑星同盟の歌

を高らかに歌いはじめた。アッテンボローとポプランの顔を交互に見つめて若者

も歌を歌いはじめた。あちらこちらで歓呼の声が上がり拳を天に突き上げた。









一人の歌が二人になり・・・・・・やがては数万人の歌となり願いになる。















「あんまり無理はしないでくれよ。フレデリカ。この闘いは価値がある。けれど

一人の人間の幸福には敵わないんだから。」



無数の喜びの声の中でフレデリカは夫の声を聞き逃さなかった。



わかっています。ウェンリー。

私、貴方の妻ですよ。

貴方のことをいつも思っているんですよ。

私だけじゃない。



貴方と共に生きたいと願うひとたちが今ここに集っているんです。みんな貴方が

還る日を待っているんです。









同じ空を見たくて。

新たな飛翔を求めてここにいるんですよ・・・・・・。



八月の新政府の樹立。

闘いはなお続く。








式典の会場の外。

集中治療室で眠り続けるヤン・ウェンリーを女医は診ていた。

ミキは夫を失ってから、親友のジェシカ・エドワーズを軍人に撲殺されてから

つくづく軍の体質に嫌気がさしていた。自分が軍籍であったことも口惜しい

矛盾した想いを胸に秘めていた。何とも説明しがたいジレンマ。

彼女の周りの友人も両親共々軍人だったから軍批判まではしないけれど

安寧で平穏な世界を望んでいるのは間違いない。



やっぱりここかと戦闘指揮官のシェーンコップは現れた。

「幕僚のあなたが式典を抜け出していいのかしら。おおかた会場の後かたづけが

いやで逃げてきたでしょ。」横着者と女医はいささかシニカルに微笑んだ。



美人がそんな笑みを見せるなと中将閣下は言う。

「確かに式典会場の盛り上がりに乗じるほどお調子者じゃないし性に合わない。

その上掃除までするくらいなら疲れてるから美女のご尊顔でも拝しておきたいと

思ったんだ。せっかく特上の美人に生まれてきているのだからたまには優雅に妖艶に

微笑んで欲しいものだ。薬よりも効能がある。」



長年の友人に女医はいった。

「・・・・・・長かったわね。あなたが疲れてるのはわかる。あなたって見かけほどタフじゃ

ないもの。」

ブルームハルトを失ったから。

だからこの男はあの日から女性と一夜の恋をしない・・・・・・。









なんでも見抜くんだな。

「お前さんは臨床心理士にでもなれるな。カウンセラーでもつとまりそうだ。

・・・・・・ブルームハルトは立派だった。それだけだ。」

少しだけばつの悪そうにシェーンコップはミキには心情を吐露した。

シェーンコップは女医に素直に甘えた。

女医はそれを赦した。



思うほど強い男でないと知っているから。



「それで十分よ。・・・・・・ブルームハルトは立派だった。忘れないわ。」

二人は眠るヤン・ウェンリーを見つめていた。

いつ彼が目覚めるのかわからない。

失った仲間を見送って、闘いの日々は続いてゆく・・・・・・。







やれやれ。

「どうもうちの連中はムライ参謀長でもおられぬ限り秩序があまりに欠落しすぎて

困る。この会場の惨憺たる様子。後かたづけがたいへんだ。」とアレックス・キャゼルヌ

要塞事務監は素早くオリビエ・ポプランの首根っこを押さえた。



「なぜ小生は中将に拿捕(だほ)されているのですか。どうせならワイフに抱擁されたい

のに。」とハートの撃墜王は苦言を呈した。

「決まっている。後かたづけを手伝え。お前さんは存在自体はジョークだが仕事だけは

できる男だからな。それに・・・・・・。」



ポプランを捕まえておけば。

ダスティ・アッテンボロー・ポプラン中将もつきあわずにはおられない。彼女は仕事ができる

だけでなく整理整頓も大好きな女性だったし、亭主を残して一人で部屋へ帰る薄情さも

なかった。



「腕を振るう甲斐はあるな。数万人が散らかした会場の掃除。」

アッテンボローは式典が無事終了して一息つくことができた。

それまでの彼女はイゼルローン要塞にいた各団体との折衝(せっしょう)に時間と労力を

費やしていた。

アッテンボローだからこそできた。

彼女は軍人として高い地位にいたし人望もあった。そして何より政治的感性(センス)が

豊かであった。



「やっと閣下も少しはゆっくりできますね。お疲れ様でした。」

などと分艦隊主席参謀のラオ大佐がいう。



キャゼルヌは伊達に秀才官僚ではない。

ポプランを押さえれば自然にアッテンボローが付随してさらにアッテンボローがいるところ

このE式のラオという勤勉な男もついてくる。



「うーん。暇だと困るな・・・・・・でも食事の作り置きができるかな。久しぶりに作りたい果樹酒

もあるしローストビーフも作っておきたい。これからしばらくはそんな牧歌的な生活を送れる

のか・・・・・・やはり少し退屈だ。」







ぶつぶつ言ってないで。

アッテンボロー。

「さっさとその組織力を生かしてこの片づかない会場を何とかしてくれ。」

キャゼルヌは片づかないことが好きではない。

アイアイサーと茶化して敬礼を一つ。

階級が同じでもアッテンボローはキャゼルヌを重んじた。



キャゼルヌはいち早く逃走したシェーンコップや薔薇の騎士連隊を苦々しく思いながら

ユリアンとフレデリカにいった。

「ヤン夫人と司令官はヤン司令官のもとにいったらどうだ。今日のことを報告してやると

いいだろう・・・・・・。ここはアッテンボローと「女性提督を熱烈に支持する男たち」で綺麗に

かたしておく。」



それは申し訳ないですよとユリアンは言い、フレデリカも頷いた。

「私は今日の式典の責任者であり発起人です。長が動かない組織はあまりあのひとが

喜ぶものではないと思います。当然つとめさせていただきます。」

幸い私もユリアンも掃除は好きですし得意ですわとフレデリカ・G・ヤン令夫人は微笑んで

言った。

「新しい司令官に至ってはハウス・キーパーのプロフェッショナルですものね。」

そうユリアンを見てフレデリカは優しい笑みを見せて言う。

若者は頭をかいてこれまたまじめに掃除をしている。



やれやれ。

「貧乏性な司令官だな。ヤンなら喜んでサボタージュするが。ユリアンらしくって言うのもいい

ものかもな。」

キャゼルヌはそういって部下に指示を出して忙しく動き始めた。






ねえ。

その声に振り返るとユリアンの眸に薄く紅茶を入れたような髪の色と青紫色(パープルブルー)の

双眸の持ち主の美少女が映った。たいそう多くの椅子をたたんで抱えている。

「・・・・・・私、この要塞のことあんまり知らないの。ミンツ司令官、この椅子どこに収納すれば

いいのかしら。」

カーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長。



ユリアンはその椅子を取り上げて「いつものようにミンツ中尉でいいよ。司令官って呼ばれると

・・・・・・緊張する。」と控えめに言う。

「緊張することなんかないのに。ここにいるみんなあんたを司令官だって認めたじゃない。

すぐに自分を過小評価するんだから。それは度を過ぎると卑怯よ。」



カリンは生来の活きの良さでユリアンに言った。



「それはそうなんだけど。そう簡単な話じゃないよ。これしか選択肢がなかったんだから。」

パイプ椅子を運びながらカリンにささやかなる抗議をするユリアン。

「簡単な話よ。みんな認めた。事実じゃない。」

そう言い合いながら二人は椅子を運んでいった。






アッテンボローとポプランは互いに顔を見合わせてにっこり笑った。

若者たちの顕著な成長が二人にはとても嬉しかった。



イワン・コーネフも「まだ未熟な父親であり新婚です」というネイム・プレートを貼っているようで

テレサ・ビッターハウゼン・コーネフ夫人には休息できる椅子を用意してあまり働かない他称・

相棒よりは効率的に会場の清掃に努めた。テレサのおなかには二人の子供がいる・・・・・・。









アッテンボローは思う。

ここで生きていく。

最愛のひととであったイゼルローン要塞で、敬愛する兄のようなひとを仰いで民主共和の

苗を育ててゆくのだと。

時代は移りひとは去っていった。それはアッテンボローこそ痛感していた。彼女がすべての

交渉に当たっていたのだから。眠るヤン・ウェンリーについて行く気はないという人間たちを

送ってきたのが彼女。

今ここにいる人々からもまだまだ批判の声が上がるであろう。

幼くてかわいらしかったユリアン・ミンツは18歳ですべての責務を負う。

アッテンボローはどんなことがあろうとユリアンとフレデリカ、そしてヤン・ウェンリーを護ろう

とまた新たに決めた。



茨の道が続く。

嵐の夜が続く。

孤独な日々が続く。









それでもダスティ・アッテンボロー・ポプランは確信していた。

同じ道を必ず歩くオリビエ・ポプランという男の存在を。

いつでも隣に彼はいる。

彼女は超えてゆけると信じた。



ポプランが側にいてくれるならば。

彼とは、同じ空を見つめて生きてゆける。

そんなことを見透かしてかチャーミングな彼女のかわいいひとが大きな荷物を抱えたまま

「キスしよ。ダーリン・ダスティ。」

などという。

二人がキスしようがそれ以上のことをしようがそれはあまりに日常茶飯事で。誰も気に

止めたりしない。



そっとキスすると・・・・・・。

「ごちそうさま。おれの提督。」と洒脱で陽気な笑顔でウィンクされた。









自分たちの一生は銀河の歴史の駆け抜ける、瞬きにすぎない。

けれど。

だからこそ美しいのだと。

だからこそ尊いのだと。

女性提督は綺麗な微笑みを愛するひとに送った。



by りょう



「乱離篇」終了しました。本当に苦しい連載でした。なんでも一発書きなので

すごく大きなプロットしかなく。細かいエピソードをうんうんとねつ造して普段の

50倍は疲労しました。(「夢を殺すな、夢を追うんだ」から)続けるということの

難しさを改めて学んだ気がします。

次は「回天篇」です。帝国がメインになるのですが帝国ものは帝国側のかたに

お任せをしてやはり同盟の目線で描ければいいなと思っています。

「回天篇」「落日篇」そして、未来へ続きます。おつきあいくださる方がいましたら

よろしくお願いいたします。


LadyAdmiral