光る雲間のなかで・4




「スクリーンで見る限り若いのにしっかりした風情の男だったな。」

女性提督はうーんと体を伸ばして体にたまった疲れをほぐした。



この日。

宇宙歴800年6月12日、イゼルローン要塞に銀河帝国皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムの名代として

ナイトハルト・ミュラー上級大将が訪問していた。幕僚でもあり革命軍司令官補佐の位置にいるアッテンボローと

しては賓客を遇するのは本来は礼儀であったのだが民間人と軍人からなる共和主義グループがイゼルローン

要塞を出立したいというので結局その応対に追われて席を外すこととなった。

一通りの交渉ごとがすむとミュラーという男は帰ったあとだった。



「ん。ダーリン。ああいう一見羽目を外さないような男が好きなんだよな。亭主の前でほかの男をほめる癖がいっ

こうになおらん。悪い女だ。今夜はお仕置きだ。」



副官がいないアッテンボローにまるで副官のようにくっついているのが革命軍きっての艦載機撃墜王のオリ

ビエ・ポプラン中佐である。

分艦隊主席参謀長ラオ大佐はポプランのかいがいしさが大いに助かるようなそうでもないような気持ちになる。

ポプランもアッテンボローもそれぞれ記憶が戻ったり、女に戻ったりと極平穏な一日を過ごした。



「妬くな。なんの曇りも紛れもない正式な亭主のくせに。・・・・・・ユリアンとヤン夫人がいれば外交上問題はなか

ろう。キャゼルヌもいるしわたし一人が幹部でいなくても礼を失することもあるまい。そんなことより中佐、おいしい

珈琲を入れてくれたら今夜はお前さんの好物を作ろうと思う。入れてくれないか。」



アッテンボローは男であっても女であってもポプランを転がすのがうまい。



「じゃあオムライス。大きいの作ってくれる。ダーリン。チキンライスで。デミグラスじゃなくてトマトソースで。」

ポプランはアッテンボローの耳元で囁いた。

こういうことを無視できる有能なラオ大佐。

「お前好きだな。オムライス。了解だ。」

アッテンボローはくすっと微笑んで夫の赤めの金褐色の髪にそっと触れた。

「じゃあ珈琲入れておくれ。ブラックでミルクは二杯。」

注文を出すアッテンボローの艶のある唇にポプランはさっと隙をみてキス。



「珈琲は薄目だな。ダーリン。」

「うん。薄目。頼んだよ。」

ラオはどうするとアッテンボローが尋ねると「わたしのことはお構いなく。飲みたいときに自分で入れますから。」

と普通に返事が返ってきた。

遠慮することないのにねとポプラン夫妻は笑った。



それにしても。

「大体の団体との交渉が終わりに近づいてきたな。今日この要塞をでる船にもうちの若き司令官は気前よくずい

ぶんな物資をわけている。要塞で栽培製造できるものだからといってたとシェーンコップも笑ってた。退職金が

支払える訳じゃないからって。これじゃ小ヤンだよ。・・・・・・でも結局ヤン司令官がお目覚めであっても同じこと

を言うと思う。政治的な観点はユリアンはヤン・ウェンリーと似ているよ。わたしは十分それでいいと思う。」

香りのよい珈琲を受け取りアッテンボローはポプランにいった。



やがてこのイゼルローンも静かになる・・・・・・。しばらくは帝国と何らかの接近はあり得ないだろうと思われる。

鉄壁とよばれるミュラー上級大将は医務室で眠れるヤン・ウェンリーと対面したと聞く。バーソロミュー軍医長が

流暢とはいえない帝国語でヤンの状態をミュラーに説明したらしい。なんの工作もせず昏々と眠り続ける民主共

和のシンボルであり常勝の魔術師を複雑な面持ちで帝国からの来訪者は見つめたと聞く。専門的な医学の

会話で複雑なものに変わると執刀医で担当医のミキ・M・マクレイン退役中佐が言葉を補った。



「なんでも我々がダヤン・ハーンへ向かったあとに皇帝とヤン司令官殿が講和の会談のとき、あのブリュンヒルト

で司令官閣下を出迎えたのはミュラー上級大将だったらしいですよ。」

ラオは作成中の書類から顔も上げないままアッテンボローに言った。

「なるほどね。首実検も成立したな。替え玉でだましていると帝国に考え違いをされても困るからな。戦端がまた

開かれてしまってでも見ろ。戦場で指揮する人間がわたしということになる。・・・・・・笑えない。潔く散るしかない

な。」

「そっかなあ。徹底的にしぶとくゲリラ戦法にのっとってあくまで白旗を揚げない女にしか見えないが。」

ポプランは茶々を入れアッテンボローはちょっとにらんだ。

「そんな怖い顔しないの。ダーリン・ダスティ。」とすかさずキス。

・・・・・・ポプランのいうことは正しいかもしれないとラオなどは思う。



男は脳天気だと女性提督は思っている。



ダスティ・アッテンボロー中将は今現在も同盟政府存続していれば元帥たり得た31歳の史上初女性提督で

ある。もっともそんならちもないことを言うのはシェーンコップやキャゼルヌあたりだろうからポプラン夫人は

あまりありがたくは受け取っていない。



いくらウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ提督が味方してくれようとヤン・ウェンリーでさえあれほど帝国との

戦いで苦労したのだ。自分のような小者相手に何ができようか。



それに。

皇帝ラインハルトは戦いをたしなむ。

相手がヤン・ウェンリーという稀代の智将であったからこそ戦いを望んだのである。

小者どころか流浪の民となった自分たちを力でつぶしたとしてもラインハルト・フォン・ローエングラムの魂に

なんの高揚感も得られるはずがない。

となれば合理的な彼だからこのイゼルローン要塞に残った自分たちに興味などうせているはずである。悪い

想像をすれば。



戦う相手を失って失意にくれているのではないか。



アッテンボローは我ながら意地の悪いというか穢いことを思いつくなと珈琲を口に含んで呆れた。

「すさんだよな。わたしも。」

「おれがであって愛したダスティはかつて純粋で可憐だったことは一度もないぞ。ベッドの上以外では・・・・・・。」

いてっ。

ポプランは言った側から耳をぎゅうとつねられた。



「私だってカリンやユリアンくらいの年の頃は純真無垢なお嬢ちゃんだったんだぞ。・・・・・・今やその面影は

ないか。」一仕事終えて感慨深くアッテンボローは呟いた。



おれは。

「純真無垢なお嬢ちゃん相手におれ自身を捧げることなんてできないししないぜ。やっぱりお前ほどの女じゃ

なきゃ一緒にいてもおもしろくないから。お前といるといつもホットでエキサイティングだ。」

アッテンボローの翡翠色の髪を指で掬ってポプランは嬉しそうにいった。

「・・・・・・癒し系といわれてみたいよ。」

「私生活ではお前っておれの究極の癒しだけど。とくに・・・・・・。」

「ほざいてろ。」



当の女性提督は亭主の戯れ言より今後の自分たち革命軍存続派の行く末を考えていた。







今考えてもそれはどうこうできないだろうとアッテンボローのお手製のオムライスとたっぷりのローストビーフ、

バターで味を付けた温野菜などをしっかりと食べて・・・・・・一休みをしてから蜂蜜の香りのする入浴剤をい

れた風呂に二人はいってポプランがいった。

もちろんアッテンボローはホールドで固められている。

彼のうでの中。



浮力もあってポプランの脚の上に座ってるアッテンボローは無邪気そうにお湯を手にすくい、香りを愉しんで

いる。化粧は好きじゃないくせにアロマが好きな女性提督であった。



「イゼルローンからアロマグッズの店がなくならなくてよかった。それだけ。」

「こら。対話になってないぞ。ダスティ。」

「じゃあ体離してくれ。対面すれば対話できる。」

「対面しなくてもお話しできるでしょ。奥さん。」ポプランはアッテンボローの耳たぶをそっとかんだ。



確かに今アッテンボローが頭を使ってもできることはやり尽くした。

帝国も今の自分たちをどう対処するかあまり考えてはいないであろう。暗殺者が地球教であった以上残党の

処理は必須になるであろう。現にところをうつして帝国では、アウグスト・ザムエル・ワーレン上級大将が人知

れずその思いを固く決意していた。



残念ながらアッテンボローたちでは地球教徒の残党を殲滅する組織力も戦力もない。パトリチェフやブルーム

ハルトの仇討ちはできない・・・・・・。この忸怩たる思いはシェーンコップが一番抱えていたと思われる。あの戦

闘指揮官はブルームハルト中佐の将来を買っていた。今後薔薇の騎士連隊を任せられるのはあの男しかいな

いと、懐刀のようにワルター・フォン・シェーンコップ中将自身が育て上げた青年だった。ミキ・M・マクレインが

死者を丁寧に清めたおかげでセラミックケースの棺の中、眠っているようにしか見えなかった青年・・・・・・。



「これはユリアンがキャゼルヌにいったらしいけれど結局イゼルローン要塞は戦略的価値がなくなったと同時

に宇宙の辺境の・・・・・・銀河帝国から見れば小石にすぎぬ存在になったんだな。」



アッテンボローはポプランの指を手にとってふしの部分を愛しそうに撫でた。

それほど大きくはない愛する男の手。

アッテンボローの背が高い上に指が長いので二人は手のひらをあわせてもほぼ同じ大きさだった。靴はさす

がにポプランのものははけない。



「金髪の坊やは気位の高いお人だからもはや小石ごときに用はなかろうな。」

自分の指をまじまじといじっている妻を見つつ、ポプランは呟く。小難しいはなしをしながらもアッテンボローは

まだ遊びに飽きない子供のように夫の指で遊んでいる。

「そう。ヤン先輩もいってたよ。もともと皇帝が・・・・・・あのときは宰相閣下だったけれどフェザーン回廊を押さ

えたのはこの要塞の軍事的価値を封じ込めるためだって。うまうまとやられてしまったカンはあるけれどこれで

望み通り辺境の一惑星で民主共和の苗床を護る体制は作れたんだ。」



だが、再び戦略的価値が復活すれば。

「あの坊やは黙ってはいまい。・・・・・・といったところでユリアンもいってたらしいけれどアーレ・ハイネセンの

長征(ロング・マーチ)のごとく気長に復興するしかないらしい・・・・・・。あれは何年がかりだっけ。インテリな旦

那様。」

かわいい奥さんのアッテンボローにお風呂の中で質問されれば、いかめしい話題でもうきうきするオリビエ・ポプ

ランその人である。



「50年ってところかな。・・・・・・となるとお前は81歳か・・・・・・。なんか元気にオーブンでパイでも焼いている

ような気がする。」

あのなあとアッテンボローは首だけポプランに向けて唇をとがらせた。

「私が81ってことはお前は79だぞ。」

そのとがらせた艶やかな唇にちゅっとキス。

「おれは近くの川で鱒でも釣ってくる。足腰には自信があるからな。」

食事の心配はするなとポプランはまたもアッテンボローの唇を唇でふさいだ。



「一生食うに困らぬようにお前を養うつもりだから。風呂も一緒に入ろうな。」

にっこりと微笑んでいうので・・・・・・。

「・・・・・・うん・・・・・・。」とほほを朱く染めてポプランの鼻の頭にキスをした。





というかさ。

ユリアンは・・・・・・。

「ユリアンはよくやってくれている。フレデリカも。今日もあの帝国の鉄壁とよばれる男とティールームで珈琲を

飲んで対談していたらしい。ミュラーはロ王朝の幕僚の中でも一番若い上級大将だが30歳。・・・・・・あ、お前

と一つしか変わらないのか・・・・・・。見えない落ち着きぶりだよな。ユリアンもミュラーも。」

アッテンボローはつんとポプランの鼻をつついた。

彼女は彼の鼻をいじるのが好き。

「お前って落ち着いたむっつりな助平が好きだったっけ。」

「ん?ユリアンもミュラーもどこが助平なんだ。」



男はみんな、助平なんだとポプランはアッテンボローの体をぎゅっと抱きしめた。



コンナトコトカコンナトコトカガミンナスキナンダ。

とアッテンボローが弱いところをくすぐった。

「ばかばか。まじめなはなしをしてるのにぃ。」

笑い転げそうになりながらポプランのうでの中でじたばたするアッテンボロー。

「蜜月の二人の時間にほかの男の名前ばかり羅列するからお仕置きだ。」とポプランは彼女を抱きしめて

笑った。



ヤンが昔語ったことがあった。

何もイゼルローンに固執せずとも共和政治の政治組織を残す方法でもよかったのだと。イゼルローン要塞に

落ち着かざるを得なかったのは、急に同盟政府を追われて宇宙に飛び出したがいいが金がなかったからだと

頭をかいていた。

だが、ここはアッテンボローたちの箱船でもある。

アッテンボローはヤンに感謝していた。

こんな風に愛する男と生きていける場所を残してくれたヤンには本当に感謝している。



だからこそ、ユリアンとフレデリカを護りたいのだ。

眠るヤン・ウェンリーを護りたい・・・・・・。



湯あたりを起こす前に風呂を出ようと二人は体を洗って浴室を出た。

この部屋ではじめてこの男と結ばれた。

この部屋でこの男に59回のプロポーズを受けた。

この部屋で二人多くの年月を過ごした・・・・・・。



明日は・・・・・・。

「花屋に行って見舞いの花を買って来よう。スプレーカーネーションだ。花言葉、覚えてるか、オリビエ。」

伊達に恋の達人だった訳じゃない。

もちろん覚えているとアッテンボローの髪を乾かしながらポプランは呟いた。



「あらゆる試練に耐えた誠実」・・・・・・だろ?と男は魅力的なウィンクをした。

「フレデリカとヤン先輩に贈ろう。私たちからのささやかな気持ちだ。」

うん。そうしようなと二歳年少の夫は宙(そら)色に染まった眸の妻に優しく同意した。



彼女の微笑みは雲間から現れる一筋の光のように、柔らかく、神々しく・・・・・・彼にとっては至高のもので

あった。



by りょう



長くかかりましたがこの話はここまでです。筆が進まなかったのは

多分原作8巻をなんども読むからでしょう。

次は八月の新政府です。次の話をまた考えます。ともかくヤン・イレギュラーズは

生きてるんだよ、娘とその亭主は変わらぬスタンスで歩き出してるよという

路線がほしかったんで最後は少し糖度を上げておきました。

それが成功しているかはなぞです。


LadyAdmiral