蕩児たちの黄昏・4
で、コーネフが何かいったのかとうでまくらをしたがる亭主が言う。 オリビエ・ポプランから男の名前が出てくるのはかまわないらしい。アッテンボローはいう。 「お前は3年ごとに壊れるって。ほんと。」 ああ。そうかなと彼はいい天井を見た。「そのとき私はどうしたらいいのかな。」女性提督は呟いた。 「なんとかなるって。俺だって自己回復能力あるし。側にいてくればいい。」と彼女の髪を優しく 撫でた。 これはね。まじめな話なんだけれど。とアッテンボローは夫に言う。 「まじめな話なんだけど、男の人の名前でるけどいい?」と尋ねる。まじめな話といわれたのでポプランは 横になったまま彼女の顔を見つめた。 「しかたない。いいぜ。」と了解がでた。そうか、このように話を持っていけばいいのかと悋気もちの 亭主を操るコツの一つを彼女は見つけた気がする。 「軍部中央はね。ヤン先輩に権力が集中しないようにメルカッツ提督やユリアンを引き離したと 思う。中央からコントロールしにくいだろう。うちの司令官閣下は。本国の連中はヤン先輩に頼る くせにヤン先輩が思うように動かないといやなんだ。わかるよね。」 「そりゃ。」わかるとポプランはいう。 「でもメルカッツのご老体に関しては幼帝が亡命したからじゃないか。」と聡明さを思わせる きらめきを緑の瞳に浮かべた。 「でも本国の馬鹿どもは7歳の子供に「正当政府」ってのを与えただろう。貴族連中のなかでなら 誰もが間違いなくウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツってひとを軍務尚書に選ぶと思うけど。 あのひとは帝国では上級大将だし正当政府では元帥に取り上げられたそうだ。幼帝が亡命した。 だが手は他にもあったのに結果その手伝いをしたじゃないか。ハイネセンのあほうどもは。 「同盟はゴールデンバウム家に用はない」と追い返していればローエングラムの坊やはいまごろ どうしたと思う。」 ・・・・・・。 「あんな堂々と宣戦布告できないな。たしかに。」とポプランは返事した。 「メルカッツ提督のことはともかくさ。ユリアンは司令官の被保護者って役割じゃないか。戦況に 影響でるなんてちょっと奥様考えすぎでは。」 でも。 「ユリアンがいないって事の大きさが今後わかる。彼はまだ16歳の青年だけれどヤン先輩の それこそ大事な懐刀なんだよ。・・・・・・ユリアンは手始めだよ。そのうちまだヤン先輩が勝ち続けて 本国が調子づいたら幕僚から人を引き抜いて中央に呼び寄せると思う。それこそキャゼルヌ先輩とか シェーンコップとかね・・・・・・。イゼルローンとハイネセンとの間には長い距離がある。軍部中央は その距離と権力の兼ね合いを考えていると思う。・・・・・・前にヤン先輩がいってたけど私も中央に すえたいと上層部は思っていたんだって。」 アッテンボローは親指を軽くかんだ。 「でも、お前ってイゼルローンとヤン艦隊の政治宣伝のために表向きここに配置されたって聞いてた。」 表向きはな。お前が有能な提督だってのはもうわかっているからとポプランは彼女がかんでいる 親指をやさしく引き抜いて「ぺろり。」となめた。 「つめを噛むとせっかくのきれいな指が台無しになるぞ。ダスティ。」 「つめを噛んでたんじゃないけどね・・・・・・。」とポプランに言い訳をする。 うん。表向きはそう。 二年前せっかく陥落したイゼルローン要塞を喧伝するためにアムリッツアの惨敗後、要塞駐留艦隊の 司令官にヤン・ウェンリー大将を軍部はすえた。残った第十三艦隊とアッテンボローが 「なんとか持ちこたえさせた」第十艦隊をあわせた一個艦隊。 「アムリッツアでは負けたけれど我々にはイゼルローン要塞がある、ヤン・ウェンリーがいるってふれこみだろ。 ついでに美人の提督もいる。俺は完全に後者に魅力を感じたけどな。」 もとはヤン艦隊で4大撃墜王の一人であったポプランはアッテンボローの手をしげしげと眺めて やさしいキスを一つ。 「でも軍部としては「女性提督」って人形は本国で飾りたかったみたいだよ。事実私はお飾りだから どこに祭られてもかまわなかったけどね。昔は。結局クーデターの後こっちの熟練兵が引き抜かれて 新兵が送り込まれたときにその話が出たらしい。あとで聞いたんだけど。」 アッテンボローは少しほほを染めた。あまりキスされると困る。 恥ずかしい・・・・・・。 「ああ。あのときか。でもうちの司令官はお前を手放さないだろ。結婚退職すら認めてくれないん だからな。」 ポプランは彼女の鼻筋をゆびでなぞる。きれいな顔してるよなこの女と思いながら。 「クーデターで軍部の力が弱体化したからお飾りがほしくなったんだろう。けどヤン先輩が言ったことは こうだ。「うちのアッテンボローはまだまだ艦隊の運動一つうまくこなせないので、時期が来て熟練したら 本国に配備しましょう。」って。たしかに私は熟練された提督じゃないからな。」 ポプランはアッテンボローを抱き締めていう。 「悪くない口実だ。それでダーリン・ダスティは本国へ呼ばれたらどうするんだ。」 「退役してお前の給料で食わせてもらう。」 速攻で返事が返ってきた。 ヤン艦隊を見捨てられないものと抱き締められたままアッテンボローは呟いた。 じゃあさ。ありえないけどさ。 「本国に空戦隊の精鋭がほしいからと俺がハイネセンへ飛ばされたら。いや本国だから栄転だな。 お前はここで指揮をとるのか。ん?ダーリン。」 「ううん。ついてく。軍人辞めるよ。」 これまた速攻で答えがかえってきた。 アッテンボローはポプランの顔を見て。「・・・・・・あれ。いやなのか。」と不思議そうに尋ねた。 いやじゃない。 「いやじゃないに決まってるけど、・・・・・・もっと考え込むのかと思ってた。お前にとってヤン・ウェンリーは 認めたくはないけれど大事な存在だろ。だから・・・・・・もっと考え込むかなと。」 そんなことをいうポプランの鼻を軽くつまんだ。 「私は駐留艦隊の人間で分艦隊を預かっているけれど。」 お前の妻なんだよ。 「妻が夫の任地に行かないでどうするのさ。きてほしくないのか。」 ヤンはたしかに大事だ。青春時代に出会い彼の考え方に傾倒した。いまも傾倒している。 けれどアッテンボローの大事な男はいまや目の前にいる彼、オリビエ・ポプランである。 多分彼女にとって宇宙で一番大事な男性でいとしいひと。 「そんな簡単なこともわからないのか。ばか。・・・・・・お前の側から離れるのはいやだ。」と 最後のほうは小さな声になった。 そっか・・・・・・。 とポプランは戸惑ったけれど彼女にとって一番必要とされている事実は幸せな事実。 彼女の額に唇を当ててありがとうといった。 「・・・・・・ありがと。どこに行くにもお前を必ず連れて行くから。・・・・・・ 一人にしないからな。」 と穏やかな優しい声でささやいた。 ちゃんと、ついて来いっていってねとアッテンボローはその柔らかな感触を額に感じながら 目を閉じた。「遠慮したり逡巡したりしないで。一人にしないでね。」 うん、とポプランは腕の中の彼女の背中を撫でてわかったといった・・・・・・。 「だからもうヤン先輩にもやきもちやかないでね。オリビエ。」 彼の鼓動の規律正しい音と温かな体温。アッテンボローは幸せな気持ちになる。 宇宙歴798年11月20日。 哨戒に出ていたユリシーズが二日目にして算定不可能の多大な敵「帝国軍」を発見した。 ユリシーズはいつも敵を連れてくるとムライなどは文句を言うがヤンは逆にユリシーズが哨戒に出るときは 一段高いレベルの警戒体勢を整えておくことにしようといった。 いよいよ始まるのか。 「この要塞は大丈夫なんだが・・・・・・。」 自給自足できるしいくらでも持ちこたえられるとヤンは不安げに彼を見つめたフレデリカ・グリーンヒル大尉に 呟いた。そしてイゼルローン要塞に向けられた攻撃は「陽動」であり帝国本艦隊の目指すところは フェザーン回廊を突破し首都星ハイネセンであると超光速通信(FTL)をうつように指図した。 「どうせ、無駄なんだろうけど。」孤軍奮闘しているであろうビュコック大将の姿をヤンは思い浮かべた。 さかのぼれば。 秋にはいるとハイネセンでも帝国軍が本格的な侵攻を目論んでいると噂になっていたがおおかたの 見方はまたかという程度のものであった。けれどハイネセンでは一部の食糧、つまり肉や砂糖などが 配給制になっていた。国力が疲弊した結果がありありとうかがえる。 イゼルローンへむけられた艦隊の司令官は帝国双璧の一人、オスカー・フォン・ロイエンタール上級大将 であった。副司令官はヘルムート・レンネンカンプ、コルネリアス・ルッツ大将の二名。 この人事の情報はローエングラム公の意図として発令された11月8日以降フェザーンに流されやがて ハイネセンに流布された。 作戦名は「神々の黄昏(ラグナロック)」。 首都星ハイネセンでは「帝国が首都星に進攻するがイゼルローン要塞には無敗のヤン・ウェンリーがいる。」 と事態をあまり重く見ていなかった。市民レベルの政治家たちが残っているだけの自由惑星同盟。 ハイネセンに害が及ぼされないのであればいくらでもヤンがイゼルローン要塞で戦って勝ってくれればいいという 腹であろう。 ヤンの「親書」をユリアンから渡されていたアレクサンドル・ビュコック大将だけが「イゼルローン回廊 ではなく、帝国はフェザーン回廊からやってくる可能性がある。そして銀河帝国の本来の目的は首都星 ハイネセンへの武力侵攻である。」という意見も結局は受け入れられることはなかった。 ハイネセンの議会ではいかにロイエンタール上級大将が智将といえど、イゼルローン要塞を攻略するのは 無理であると見ていた。攻略は行なわれることはない。これは正解である。 ローエングラム公もロイエンタールもそんなことは望んでいなかったのであるから。 国防委員会に予算を再三申請しても認められない。これはヤンへの嫌がらせではなくハイネセン自体の人材 不足で事務の次元で認められないという類であったからより深刻であった。軍事衛星の配備などを望んで いたのであるが予算がない。ゆえにユリシーズによる有人哨戒を行なっていた。資金がないので無人衛星 を使えない。その二日目の11月20日にロイエンタールの率いる大軍が哨戒包囲網にかかったのである。 「いよいよ始まったんだな。」 ヤンは独り言のように小さな声で言った。中央指令室にはみなが集まっている。 「本当なら敵が来る前に艦隊を回廊内に出して待機させ要塞と艦隊で帝国の艦隊を挟撃、という作戦が 使えなくなった。これじゃ要塞から出るにもでれないんだな。」とヤンは呟いた。 いまイゼルローン要塞に攻撃が仕掛けれらようとしている。 要塞自体はフレデリカに言ったように落ちることもないし自給自足で持ちこたえることはできる。 しかし結局帝国がフェザーン回廊を突破してハイネセンへ向かえばヤン艦隊は本国への救援を求めら れるであろう。 「・・・・・・オスカー・フォン・ロイエンタール・・・・・・簡単に出してくれそうにない相手だな。」 これで本国に呼び出されてはたまったものではないがいくしかないとフレデリカにヤンが言った。 ここまで自分を買われても困る。それに付随した処遇を得ているとは思えない。 ヤンはいつもと変わりなく困った顔をしているだけであった。 ロイエンタールの布陣はイゼルローン要塞の「雷神のハンマー」射程外に堂々と布陣されている。 見事だなあとヤンは思うのであった。彼は中央指令室の指揮卓のうえに片方の膝をたててすわっている。 周りからすればふざけた姿勢であるがこれはヤンの一流の演技である。ヤンとてこうもスクリーンに 30万以上もの砲台から一斉砲撃され華々しく閃光がひらめけば少しは動転もしたくなる。 勿論要塞は揺るがない。ヤンはこの手の攻撃が恐いわけではないがそれはこのイゼルローン要塞が、 艦隊戦では落ちないという確信がある。だから取り立てていつもの姿勢を崩さないで座っている。 ヤン以外の幕僚は司令官がこの攻撃でで慌てふためいてしまえば度を失う。司令官であるヤンは 少なくともどんな場面であれ戦場ではあまり動揺できない。彼がいつもと変わらぬ様子を見せていれば みな安堵する。 司令官の使命であった。 すでにフィッシャー、アッテンボロー両提督は要塞内のドッグで艦隊出撃命令を待っている。 「いつでも艦隊を出せます。閣下。」とアッテンボローはほぼ要請に近い報告をした。今出すのは 得策と思えぬのでヤンはロイエンタールの出かたを見ていたが要塞主砲から巧妙に逃れつつ 半包囲網をしいてきた。 「艦隊出撃。フィッシャー、アッテンボロー出てくれ。」彼自身は要塞の中央指令室を動かなかった。 フィッシャーは淡々と命令に従い、アッテンボローも冷たい表情を崩さず了解した。 だがこれはロイエンタールの策であった。 ヤンがしまったと思ったときには混戦状態に陥っていた。さすが双璧。してやられたヤンはそれでも 大きな動揺を見せない。がさすがに顔をしかめてしきりに髪をかいた。 要塞の主砲射程に味方艦隊が追い込まれてしまっては要塞から援護できない。これがあちらの 策なのかと眉根を寄せているヤンの肩を叩いた人物がいる。要塞防御指揮官であった。 敵が有利なこの状況を何とか使えないかとヤンは考えていたし、シェーンコップも同じであった。 「うちの艦隊を下げる機会をつくってくれ。シェーンコップ少将。」 「ええ。お任せあれ。及第点のでる結果を持ってかえりましょう。」と怜悧さと豪胆さ、不敵さの伴う 美しい笑みを見せてワルター・フォン・シェーンコップは尊大に言った。 蕩児と髪との戦いはこうして幕をあけた。 by りょう は、はじまってしまった!です。ああ。明日はコップとロイとの白兵を書こうか、飛ばそうか悩む私です。 アッテンはルッツに封じ込められております。 |