98・肯定の言葉が欲しかっただけ 「最近なあ・・・・・・」 かのダスティ・アッテンボロー閣下はいくぶんため息まじりに 僚友のオリビエ・ポプランにつぶやいた。 「かみさんによくからかわれるんだ・・・・・・」 ・・・・・・アッテンボローとはもう随分な付き合いになる元撃墜王殿も さすがにこんな散文的な彼の台詞にコンマ数秒反応しなかった。 「のろけですね。閣下。」 あっという間にポプランは興味なさそうに呟いた。 「なんでのろけなんだ。おい。話を聞いてないだろ。」 海鳥号の船内レストランはそれほど広くない。いくぶんかんだかい アッテンボローの声が響く。 「じゃあ。順番にいきましょか。閣下はどう奥方からからかわれるん ですか」 ポプランがまずそうに珈琲を飲んで話を振るとアッテンボローは考え 込んだ。 例えばだなぁ・・・・・・。 ・・・・・・いざとなると言えない。 とても言えない。話したくて話し出したつもりだったが無理だ。 新妻と一緒に風呂に入って髪を洗われたり膝枕で耳の掃除 をしてもらうとき。本当はすきではないが食べないと示しが つかない生のオニオンをたべたときにアッテンボローがそば かすのある顔をくしゃっとしかめると・・・・・・。 「あらあらダスティ。赤ちゃんみたい」 と彼の妻に指摘されること。彼女は明らかにアッテンボローを からかってはいるが愛情たっぷりであるのには変わりない。 やはり、惚気(のろけ)に帰結するな。 口がさけてもオリビエ・ポプランなんかに言えない。 黙っているとポプランはおもしろくなさそうに言い捨てた。 「あのね。恋愛経験のない閣下に進言つかまつりますが。 からかうというのは一種の愛情表現なんですよね。普通ね、 すきでもない相手をからかって愉しいですか。あの美しくて 聡明なドクターが喜んでいるとお思いですか。」 あなたのそのふぬけた顔が見たいからですよとポプランは言った。 恋愛経験がないというな。少しはあるんだから。 ふんと顔をしかめるアッテンボロー。 ただ、肯定の言葉が欲しかっただけ。 彼女にこの上なく愛されているという肯定の言葉が欲しか っただけ。 by りょう |