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氷の惑星・カプチュランカ。



士官学校を卒業してすぐに結婚式を挙げたマクレイン夫妻のはじめての任地であった。

補給基地の衛生兵として、二人はこの惑星に降り立った。



この惑星は鉱物資源が豊富であり帝国軍と同盟軍は常に物資、資源の奪回を繰り返し

たびたびの戦闘を重ねてきている。

前線といえば前線である。

事実2万ほどの実践部隊がつめている。



「ヤンのように記録統計室づめというわけにはいかなかったね。まあ。そこそこ務めればいいだろう。」



夫はのんびりした口調でミキに言った。

彼は本当は苦労性でもあるが、おおむね鷹揚な気質であった。

あまりくよくよしない人。茶に近い金髪にあめ色の眸。一目見れば

「いいひと」そうだと誰もが思う。

事実はそうであるけれど彼は退屈しない人物であった。恐ろしく頭がよくて

冗談がさえている。のんびりしているようで仕事はできる。

一方のミキは、甘えん坊で勝気で素直。少女がそのまま大きくなっただけで

夫のあとをちょこまかと歩く。

大きな黒曜石を思わせる眸と、長い黒髪の美しい少女。

もう既婚者であるので少女でもないが、彼女は21歳には見えない。15歳といっても

通用する幼い顔立ちの女性なのだ。





若い夫は「J・マクレイン少尉」と呼ばれ若い妻は「M・マクレイン少尉」と呼ばれた。

新婚といっても2人は家族として育っているのでそれほど甘い新婚生活と

いうものではない。



軍人を志願した時点で、前線勤務になったとしてもこれは仕方がない。

夫と一緒であることがミキにとってはありがたいと思った。

もっとも、彼女ら医療班の隊長は、厳格な人物で毎日が新婚などとは

およそ縁遠い生活に追われていた。




その日、M・マクレイン少尉は隊長コバルビアス准将に「いつもの」怒号を受け

基地の10ブロック先の医療資材倉庫に医療用物資を取りに行っていた。

医療現場では使い物にはならないが、荷物運びにはうってつけと思われて

いるのだろなとミキは思っていた。

彼女は小柄ではあったけれど母親譲りの膂力の持ち主。

おまけに古武術も会得している。

「医者ではなくぜひ実戦部隊へ」という声が多かったのを

「絶対、軍医になります。」といいきり21歳、任官した。



まるでだめな軍医殿であったけれど。

物資の山をかついで資材庫を後にしようかとしたときに、サイレンが帝国軍の

襲来を告げた。





平時のそれではないことはミキでもわかった。





彼女は倉庫の外の様子を窺った瞬間、外壁から侵入した帝国軍装甲服を

まとった男たちを見つけた。すぐ資材倉庫にある予備の気密服を装着して

敵が去っていくのを待った。



武器がない。



これではどうしようもない。

やり過ごして、様子を窺うとなんとか外にでれそうである。

一通りの医療器具はここにはあるが、ブラスターのひとつもない。

もっとも相手は装甲服だしブラスターでは反射する。



セラミックナイフなど持っていないし炭素クリスタルの戦斧(トマホーク)もない。

荷電子ライフルもないし。思案するがないものはない。



ともかく、医局の夫と合流したいと彼女は思い外に飛びだした。








物事は始めのころはなかなかうまくいかないものでと言って時期を待っていても、

さらに悪化することがままあると彼女は勘で察知した。

装甲服の敵と味方のもつれあいが彼女を取り巻いた。

「後ろへ下がれ。死にたいか」

同盟軍の大男に肩をつかまれたおかげで、ミキは帝国軍のトマホーク攻撃から

逃れることができた。

しかし、目の前の味方の同盟軍の装甲兵は次の瞬間に肩を袈裟切りにされた。

間一髪、肩の傷ですんでいる。

首をやられれば死んでいただろう。

本当の白兵戦の真っ只中に彼女はいた。



味方をやられた同盟軍の装甲部隊の男がずいと、前に出て帝国軍の装甲部隊を次々と

トマホークで撫で切りしていく。






「この男、強い。」

とっさにミキは思った。



敵からライフルが発射されても、その男は敵の死体を盾にして次々と敵を殺していく。

ミキは我に返りさっき自分をかばってくれた男の肩の傷を見る。

失血が多いが今止血できればなんとかなりそうである。

手早く止血の処置をする。だが医療班に早く引き渡さなければ。

帝国と同盟の装甲服をきた陸戦の男たちが争っている中、動けない。



この男を救うにはどうしたらいいのかを彼女は、決めた。





その男のブラスターを手にし、味方にあてないように撃つ。

しかも相手の目を撃つ。

帝国の装甲服の硬貨ガラスでもブラスターで十分頭を狙えるし彼女はやはり

母親譲りの射撃の天才なのである。

実戦でははじめての経験だがのんびり高みでの客席見物できる状態ではなさそうだ。

射撃訓練の時のように正確に素早く、撃つ。これしかない。





落ち着くしかない。


さっきの男は後ろからの援護射撃の恐ろしいほどの正確さに驚きはしたものの、

敵の数を減らすことは忘れてはいなかった。

しかし、ミキもその男たちも帝国軍に挟まれた。

これで銃器を扱われてはかなわないと判断したミキは、名前も顔も知らない

装甲服の味方に叫んだ。幸い侵入されたブロックは機密シャッターが下りた。

これなら粒子が充満するに条件としていい。






「ゼッフル粒子を使ってください。銃器の封じ込めです。」






装甲服の男は携帯していたゼッフル粒子を噴射させて、このエリアでの火器の

使用を封じ込めた。

もっともこの分銃器以外の武器で戦わなければいけない。

ミキは怪我人の手当てを次々行う。

こういうところではなぜかのびのびとすばやく応急処置ができる。

彼女は上官が嫌いではないが萎縮してしまうのだ。

よしと思い、辺りを見回す。

そして今度はトマホークを握り締め立ち上がる。



そもそも成人男子が片手で扱う代物の重さはない代物。

これにいかに体重を乗せるかで相手を地獄へ落とすことができる・・・・・・。

力技と言うより力学の問題。

気密服のヘルメットでは視界が狭いため、仕方なくとった。

どうせ被っていても撃たれれば同じであると思えば腹が据わった。





「女!?」






女で悪かったわね。

女だったら手加減してくれるのであれば嬉しいけれどまず、そうではだろうと

すばやく相手の間合いにはいり、躊躇わずにトマホークを振り下ろした。

全くの逡巡もない。

いかんせん体は小さいもののこの女の膂力は「伝説の女傑」のDNAで

並の男ではかなわない。

並以上の男でもかなわないかもしれない。



躊躇っていては自分が死んでしまう。

ただし、これでは全く自分は医者失格だと彼女はあらためて自覚する。



ミキは生きている味方の回りに敵の死体で壁を作り、自分は敵の大男達と

互角以上に戦っている。返り血を防ぐためにヘルメットを被っておくのだったとは

後悔したがこれで本当に自分も殺人を行っていることを、冷静に受け止める。



受け止めるしかない。軍人なのだから。

自分は殺戮者だから。



「貴官、ただのウェッブじゃないと見受ける。名を聞こう。小官は

ワルター・フォン・シェーンコップ准尉だ」







「ミキ・マクレイン少尉です」


その自己紹介の間にミキもシェーンコップ准尉も5人、帝国軍の言うところの

天界(ヴァルハラ)へ敵の装甲兵を送り込んでいる。



「士官学校卒業ってところか。」

シェーンコップ准尉は、後のこりの敵の数を数えた。前に15人、後ろに9人。

准尉は息も乱していない。すごい男が世の中にいるなと彼女は思った。

リンツ曹長は止血できたが急いで手術をする必要がある。

この美人で華奢な少尉殿と心中かとシェーンコップは鼻で笑った。








冗談じゃない。24の若さで死ぬつもりは彼にはない。



「卒業したてです」

9人。

十分ミキは自分で敵をしとめる確信があった。

9人をどうしとめようかと位置確認をする。彼女にはセンサーのような

敵をいちはやく感知する能力があった。



さすがにトマホークの刃が肉の脂で切れ味が悪くなったので帝国軍の男の

握っていたそれを手にした。



まず2人を叩き切った。彼女は気密服であったので装甲服に比べれば身軽である。

1人の首に振り下ろしたと思うと次には2人目を切った。

小さな女が瞬時に2人の男を殺した。

これは脅威でしかない。悪夢としか言いようのない光景。

片手でトマホークを扱い、もう片手にはセラミックナイフで装甲服の男の

懐に入り込み刺した。これは力技。4人しとめた。わずか時間にして7秒間である。



この様子は帝国軍の敵を恐怖に突き落とした。



「ま、魔女だ!悪魔だ!」









親子2代、魔女呼ばわり。ブラボォ。



ミキは母親を思い出したがすぐに思考のスイッチを切り替えて敵将らしき男を

とらえて不快ではあったが首に一振り。



そこがおそらく痛みがなく瞬時にこときれる所である。

いたぶるのは、好みではない。

だがやはり自分は医者向きではない。・・・・・・人殺しだ。






そう思いつつも、あと4人と思い、綺麗な帝国語で言った。

軍に入る前に帝国語ではずいぶん苦労させられた。

よく勉強したなと思う。帝国の言葉は文法がややこしい。






「降伏しなさい。さもなければ捕虜として捕らえるか攻撃します。

繰り返し勧告します。降伏か撤退せよ。さもなくば攻撃する。」







J、私はもう血まみれになってしまった。

・・・・・・これが軍という組織に組みすることなのね。







彼女は早く今生きている味方を医療班に引き渡したい気持ちがあるため

時間は貴重であった。ここはどうもこのシェーンコップ准将という男と

凌がなければならないのだなと決めて残りの敵に向かった。



だが敵は状況が悪いと踏んだのかそのまま外壁から外へ飛びだしていった。

ようやく援軍がやって来たのだ。

血まみれの顔で肩で息してそれでもミキ・マクレインは援軍の持ってきた

通信機材を使い、重傷者の搬送を医療班に応援を頼んだ。






「こちらの重傷者は5人。1人は、右上腕骨粉砕の上、出血が止まりません。1人、

背中を80センチほどトマホークでやられています。こちらはショック症状を起こしそうです。

1人は・・・・・・」




彼女が応急処置を再開している間にやっと医療班が到着し、ミキはそのまま

医療班と行動を共にした。



シェーンコップ准尉は援軍と合流して今回の敵襲を退治しに戦場へでていった。



後日。

「美人がトマホークを振り下ろす姿は恐ろしい。あなたが評判の「サイレンの魔女」の

ご令嬢ですな。軍医にしておくのはまことに惜しい。先日はどうも。」




シェーンコップ准尉はのちの戦闘でも無傷で攻撃を仕掛けてきた

帝国軍兵士の地上車を3機殲滅させた強者であるときいた。

1人で装甲車を3機。

恐ろしい男だと彼女は思った。



「おかげで助かりました。准尉」

後で聞くと、シェーンコップという男は帝国からの亡命の子で、後には

同盟軍最強の陸戦部隊の『薔薇の騎士』連隊にいずれ引き抜かれる

のではないかと噂されている。



と同時に女性遍歴の多彩さも歌われた男であるともきいた。



24歳。

確かにあれだけの強者で、この端正な顔立ちであれば女は

ほっておかないだろうとミキでもわかった。

灰色と茶色の中間のような髪と眸。美男子といえるだろう。



もっとも彼女にとって宇宙で男とは夫のジョンだけ。



「少尉が亭主持ちだというのは残念。しかしながらやはりあの恐ろしい姿を見ているので、

すこぶるな美人でも小官はあなたをどうも一女性にみることができません。トマホークを持つ

女性士官が今後の私のトラウマになりそうだ。」

そんなたまじゃなかろうにとミキは心で笑った。表情は努めて無表情に。

こういう男につけこまれるのは好きじゃない。

強さは認めるけれど、女にだらしのない男が彼女は嫌いであった。






「いっそ、転職されてはいかがです。あなたは医者よりも陸戦で戦うべきだと

小官などは思います」

「人を死なすのがうまいからですか」

淡々と言ってのけた。

准尉は美しいと思える口角を上げた笑みを見せた。



「いやいや、それだけじゃない。初陣でのあの戦闘能力と勘です。

ゼッフル粒子といいあの銃の腕といいトマホークの使い方といい、

少尉ほどの人間はそうはいないでしょう。私なみです。認めたくはありませんがね。

今の時点ではあなたと私の力の差はたいしたものはないでしょうな。

おまけにブラスターに関して言えば、未来も私があなたに勝つことはないでしょう。

あなたさえ、その気であれば」



シェーンコップは本気で言っているようだったが、ミキは肩をそびやかした。

年をとれば体力は落ちるしそうなれば陸戦では不利になる。向かない仕事です。

そういい、ミキは付け加えた。



「・・・・・・殺した人間の血の分だけでも、せめて人の命を助けるがわに回りたい。

それだけです。いずれにしても綺麗に生きていくことって人間、無理なんですね。

軍人である以上は・・・・・・。では准尉、失礼。」



そういって、彼女はまたもや資材運搬の仕事に戻っていった。

まだ若いなと残された男はその小さな背中を見て思う。

美しい女だがああいう女が実は恐い。初陣でなんのためらいもなく

生身の男を殺す女。

顔色一つ変えずに。

敵にあんな女がいなくてよかったとシェーンコップは思った。





これが彼女の初陣。

武勲で軍医が昇進していいものか考えものであったが、貰えるものは

貰っておけばいいよと夫が言うので仕方なく、拝命した。彼女の気持ちは





『・・・・・・』






でしかない。

流した血の量ほどの、医者としての仕事ができるだろうか。




彼女は自分が士官候補生時代の仲の良かった仲間達の中で、

最初の殺人者になったことをありありと知った。

死者の返り血を浴び、軍人の洗礼を受けたのだとそう認識した。




by りょう



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