89・ココア



「物言う顔というのよ。あなた」

と外交官閣下の妻になった佳人は旅路の船の中で小さなキッチンに

立って湯を湧かしている。まるで彼女の城のようだとアッテンボローは

思う。彼の妻は白衣も似合うが家事を行う姿も見目麗しい。




「なにそれ。」

「さぞかしポプランさんは楽しい思いをしたでしょうね。あなたのような良い

人物と長年仕事ができて」


なんなんだとアッテンボロー。

「それもからかっているのかい。ミキ」

ややぶ然としたフリをしてアッテンボローはいう。フリだけ。かわいい妻には

逆らえないのが男の性(さが)。



「まさか。あなたが可愛いから嬉しくなるだけ。」とうふふとミキは綺麗な

微笑みを浮かべた。

「おいおい。可愛いって・・・・・・二つ年上なだけじゃんか。子供呼ばわり

するなよ。」




「あら、あなたは二つ年上の妻は可愛くないとおっしゃるんですの。なら

あなたのことをかわいいと言わずに魅力的(チャーミング)とでも言い換え

なくちゃ。愛してるわ。ダスティ・アッテンボロー。」


とミキは温かいココアを持ってきた。



「あれ?珈琲じゃなかったの」

彼はミキに「うまい珈琲」をいれてほしいと頼んだ。ポプランやイレーネ嬢の

入れる珈琲は・・・・・・今ひとつ二つ欲求を満足できない。

・・・・・・のであるが彼女はココアをいれてきた。




「珈琲を飲み過ぎると眠れなくなっちゃうわ。ダーリン・ダスティ。それ

より・・・・・・」










ねえ。私のことは可愛くないの?ダスティ。








そんなことはありえない。

彼女は彼のひざの上に座ってココアを飲みながら新聞を読んでいる。



家族ってこういう感じなんだろうな。

夫婦ってこんな感じなんだろうな。










「鼻の下がのびているわ。ハニー」

「だって、ミキが可愛いんだもん」


だから・・・・・・



「あなたは物言う顔なの。口にしなくてもポプランさんは私達の私生活が

想像できるのよ。きっとまたからかわれちゃうわよ。ダスティ」


無邪気にころころと鈴のような声で笑う彼女の鼻にキス。






「・・・・・・いい。あいつにからかわれるのは今に始まったことじゃない

から」




からかいたければ、からかえってんだ。

ひとの恋路を邪魔するやつは馬に蹴られてなんとやら。



おれたちは新婚なんだから。






それでも誰も見ていないことを確認してアッテンボローは彼の

宇宙一大事な奥方にキスをした。




by りょう
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