84・なかったことにして


私は考え出している。

躊躇をしている。

本当はもう手を引くべきじゃないかと。マイナーモードにスイッチが切り替わる。



彼は悪いひとじゃない。 いやむしろすてきな男性だと思う。

惹かれている自分がよくわかる。私はあのひとが好きなんだろう。

ダスティ・アッテンボロー。




明るい性格、前向きな生き方、 無邪気な笑顔でいて明敏な頭脳。

気持ちの良い存在。

私は彼が好き。これは確かなこと。

言葉にはけして出さないけれど、これは本当の気持ち。



じゃなければ新年に接吻などしない。







多分彼も私が好き・・・・・・? もしかしたら多分きっとあのひとは私が好き。

それがわからないほど私は鈍感じゃない。

と、思う。




しかし彼は清廉で真面目な性質。まだ青年と呼んでもよいくらい純真な心を持ち合わせ

ている。

フランクに見えるくせに、きっと慎重。




とくに恋愛には。

とくに結婚には。










ネガティブな思考が巡ってくる。

引き際かな・・・・・・?

私は彼の気持ちに応えられないし、その気もない。

そう。私は彼の気持ちには答えることはできない。



私は私一人の身体ではなくなっている。

この星に、この星域にどれほどの医者を抱えている?

まだ多くの医師を求める患者がいる敗戦の国で私には時間がない。

若い人材を育てたい。後継者を育てたい・・・・・・。

それが私の、今の生きていく意味。

私が使う命。






この思いを気取られないうちに彼から手を引こう。

彼にはもっと彼の仕事を理解し支える健気な妻が必要であり私のような仕事人間は

恋などしてはいけない。彼を好きになってはいけなかった。







なかったことにしてなどと子供じみたことはいわない。

好きだったけれどはなれましょう。

ダスティ・アッテンボロー。

別れましょう。

ダスティ・アッテンボロー。








私はあなたに、似合わない。




by りょう



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