79・たとえばこんな愛し方




「レイチェルは元気にしてるの。最近あってないけど。」

ミキは長イスに横になって同僚の医師ドクター・ケヴィン・スペンスに

言った。スペンスは37歳の男で彼も軍医上がり。妻のレイチェルも元

軍人で今は司法書士を勤めている。

スペンス夫妻とは彼女は長いつきあいになる。




「元気だよ。今の仕事が楽しいらしい。もとから書類が好きな女だからね。

タフだよ。そのパワーをおれにわけてほしいくらいさ」




ケヴィンは珈琲を持ってきてくれたのだった。









今夜、患者が死んだ。



これが特別ではない。

救命外来に勤務していれば仕方がないことである。

勿論、自分の診療所でも十分起こりうることである。

しかしいい気持ちはしない。

もっとタフになりたいという気持ちともう少しひとの命を慈しみたいと思う彼女が

いる。

止まってはいられないのに死人がでるとさすがにまいる・・・・・・。




医者になってもう随分立つのに、そんな今でも。



「よくまぁ2人とも違う仕事をしながら結婚生活を送れるわね。秘訣ってある

の?ケヴィン」


珈琲を受け取ってミキは言った。彼は肩をすくめて、自分も珈琲をすすった。



「忍耐かな」

「やっぱり」

「言っておくけれどレイの忍耐じゃない。おれの忍耐だよ」



言ってなさいと身体を起こしてミキは紙コップの珈琲をまた口にした。あたたか

さがほんの少し心地よい。







「どうした?好きな男でもできたか。鉄の女医殿。また夫婦生活を送ってみたく

なったとか。」




隠してもしかたがないのでミキは多分といった。

彼はJも知っている人物である。

ミキに新しく好きな男ができたことを喜んだ。

どんな男かみてみたいとも言った。







「キュートでリッチで高キャリアで若くてチャーミングな男」






それじゃ説明になってないと、彼は不平を洩らした。

概要の説明は十分できたとミキは言う。




「仕事って彼氏は何をしてるわけ」

外交官、とミキ。

こりゃまたとスペンスは手を上げた。




「で?相性はどう」

「セックスの?」

そうそう。重要なファクターだからねと彼は頷く。

ミキはもう小娘ではないのでこんな話題にはなれているしケヴィンとは自然に

そんな話もできる。



珈琲をすすった。

病院の珈琲はあまり美味しくはないなぁと顔をしかめた。



まだ彼とは寝てないのと彼女は言った。

これではまだ顔を洗っていないの、と同じスタンスである。




「セックスもない恋人か。それって久しぶりで怖いわけ。それとも彼氏に欠陥あり

かな」


「両方見当違いよ。ドクター・スペンス」

彼女は笑っていった。






「きっと私すごく彼に夢中になっちゃうような気がする。わかるでしょ。私は相手に

尽くすのが好きな女だし深入りすると仕事がおろそかになる気がする。それはいや

だわ。この仕事が好きだし医者は少ないし。でも私って恋人を作ったら相手の足の

指の爪まで切ってあげないときがすまないタイプだから・・・・・・何だか破綻が見え

ちゃうわけ・・・・・・もう会わないでいようと思っているの。まだ寝てないし。」


「ネガティブだなぁ」



ケヴィンは呆れる。

医療現場ではどこまでも前向きな彼女は恋愛問題ではからきしトーンが下がる。


「過去の経験からそう判断しているだけ。」

ミキはあくびをかみ殺して目をこすった。

かなり手を尽くした患者だったが失うものは失う。



馬鹿だなあ。ミキ・マクレイン。



「だめだったら別れればいいじゃないか。今とりあえずすきなんだろう。彼のこと。

キュートでリッチで・・・・・・その外交官のオトコノコガ。抱き合ってあわないなら別れ

ればいいし馬が合うんなら付きあっちまえばいいのに。」




「だめだめだめ。壊れたりとか別れたり、死なれたり・・・・・・いなくなったリってされる

のってもういやなの。35にもなって。悲しい思いはもう十分。それなら1人の方がいい」







再び馬鹿だねぇ、とスペンス。悪かったわね、とミキ。






「2人が羨ましい。そりゃ苦労はあるだろうけれど。レイと仲良くしてね。私もずっと

Jと生きていたかった。・・・・・・湿っぽい話になっちゃう。我ながらいや。落ち込んでる

せいね」


ジョンがいないことはもうわかりきっている。

それはミキも周りの人間達もよくわかっている。



現実だから。

そしてこの夫婦が稀にみる仲の良さであったこともしっている。



スペンスはあえていった。







「一度、彼氏とはなしあったらどうだい。かわいいオトコノコと。私はこんな女ででも

あなたが好きで過去の自分を考えるとあなたと付き合ったら破綻が見えているんだ

けれどもそれでもいいならつきあってみる?って」




彼が真顔で言うのでミキは一瞬笑ったが、ふと考えた。









1人で考えるだけではよくないことかも知れない。

1人になってそんなくせがすっかりついてしまった。

彼に今の言葉そのままを言ってみよう。

ミキはそう考えた。




「そうそう。案外そうやってはじめたほうがいいかもしれないよ。うちみたいに妻が家庭を

守るなんてとんでもないという夫婦だってあるわけだし仕事を言い訳にするのはドクター・

マクレインNGだね。確かに現役の医者は今バーラト星域に少ない。けれどそれはミキに

だけ責任があるわけじゃない。ミキが誰かを好きになった。惚れた。それがいいことじゃない

かな。」


君は今もこうして生きているんだから。



そんなキュートでリッチな若い男を虜にしちゃうのだからとスペンスは笑った。




スペンスにはなすと気が楽になった。

コーネリアの婚儀が済んだら彼に告白してみよう。









あなたが好きだ、と。

by りょう

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