76・彼の車
『外交官という洋服に着せ替えても貴様は軍人という名の人殺しだ』 彼の車のその張り紙に気を取られ、アッテンボローは口の中でちっと 舌打ちした。 そしてその紙をもぎ取ろうとしたとき、彼は狙撃された。 現場に彼の秘書のキャゼルヌか補佐官のラオがいればよかったのだが、 彼はこのとき自宅へ着替えを取りに戻ろうとしたときだった。幸いだったのは 銃声を聞きつけてすぐに守衛達が集まり警察へ通報.。アッテンボローを保護 し病院へ搬送できたことである。 彼は総合病院の救命に運ばれた。 このときの担当医がミキ・マクレインだったのも彼は運が良かった。 彼女は多くの銃器類に精通していたし銃創患者をこの時代多くみている医者 の1人であった。 彼女は慌てることなく運ばれた患者をみて的確に彼の命を救った。 彼は頭部と腹部を撃たれていたが頭部の傷は脳まで達することなく問題なかっ た。 深刻だったのは腹部の傷であらゆる内臓を破壊したがその損傷部位をドクター・ マクレインは処置した。手術は20時間にわたったがダスティ・アッテンボローは いまだこの世のひとであった。 昏々と彼は眠っている。 「まったく!なんてことだ。このハイネセンでテロだなどと!」 いきり立ったキャゼルヌにミキが尋ねた。なぜ閣下が狙われたのか、と。 「政治が安定していないからさ」 雑に言った後にキャゼルヌはすまなく思ったのかミキに改まって話しだした。 この時代イゼルローン共和政府のもとで民主主義を望むものはハイネセンおよび バーラト星域で生活している。 しかし長年の戦争そして同盟政府の敗戦のため人々の生活はけしてゆとりが あるものではなかった。 物資が不足していた。 人々の不満は当然募る。 その矛先のひとつに『軍人が無駄な戦争をして物資や人命を摩耗せしめた』と いう論理があった。 そしてアッテンボローが元軍人であり外交官をしているが後に政権を奪取する 子悪党だと心無い人間ははやし立てているという。 アッテンボローは背後で帝国軍とも通じているとも。 いつの時代にも自分は何も建設しないで批難するにかけては一流の人間が いる。実際のアッテンボローの、ひととなりをしっていれば権力に関してどれ だけこの青年が無頓着であり、逆に嫌悪しているかが見て取れるものを・・・・・・。 キャゼルヌは吐きだすように言った。 彼女は、アッテンボローが眠っているベッドのそばに立った。 「今後はあいつが何と言っても護衛を付けないとな。それと今回の犯人を 捜しださなくては」 ミキはキャゼルヌともつき合いが長いのでこのような仕事が彼に向いて いないこともわかっていた。 憔悴しているキャゼルヌをアグネスに任せて彼女は他の患者のオペに入った。 こういう仕事は、シェーンコップが生きていれば喜んで一肌脱いでくれただろう と彼女は考えた。 3つの手術を終えてミキはアッテンボローの様子を見ようと彼の寝室へ 入った。 彼の寝顔を見ていると彼女は自分が医者で彼の命を救いえたことに 感謝する。 今のところ異変はない。 彼は痛みとともに目覚めて窓辺で朝が来るのを見つめている女医の 小さな横顔を見つけた。 彼女はアッテンボローにまだあまり会話をしないようにと注意して気分は どうだと尋ねた。 彼はあまりいい気持ちではないと言った。 「もう少し眠ってください。閣下その後に消毒をしますからね。ゆっくり お休みなさい」 ミキはアッテンボローの頬を撫でていった。 「あなたが、無事で、よかった」 アッテンボローはほほに添えられた小さな手を優しく握った・・・・・・。 by りょう |