75・春



その日。

ミキ・M・アッテンボローはいつになく緊張した面持ちをしていた。

夫のダスティ・アッテンボローでさえふきだしてしまいそうになるの

を堪えて・・・・・・かたくなっている妻にこう囁いた。







「摂政皇后ヒルデガルド・フォン・ローエングラムは寛容な方だし

ちょっとは肩の力を抜いたらどうだ。奥さん。ミッターマイヤー国務尚書

もなみなみならぬ人物でこの方とて問題はない。コーネリアの結婚

問題はミキが思うよりきちんとかたがつくよ」

そういって小さな妻の手に自分の手を重ねた。




「え、ええ。そうね。あなた・・・・・・私。今日のドレスと靴の色、おかしく

はないかしら。おしゃれには疎くて。」

らしくもないことをミキが言うのでアッテンボローは愉快になった。









彼女がいとおしくなった。




「おかしくないさ」

笑わないでいようとつとめる夫にミキは不安になって言う。

「もう。あなたって私を喜ばせることしか考えてないでしょう。それは

嬉しいけれど・・・・・・ねえ。本当のところ、この服装は公式の場に

出るのにおかしくはないかしら。」


ちっとも。

「全然問題ないよ。奥さん。」






笑顔でアッテンボローに言われても・・・・・・ミキはため息をつく。



かの皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムがいきて

いればこんな形にことが進んだだろうか・・・・・・。



もっともラインハルト・フォン・ローエングラム一世がミキの服の色とや

ドレスに気を止めるたぐいの人間ではなかったことは事実である。




「あなた。私は色気でこんなことをいっているんではないの。コーネリア・

フィッツジラルドの養母として彼女をおとしめたりしないかという品格が

あるかをきいているの。」


ミキはかわいらしい顔をややいかめしく見せるように努力した。

彼女の父上のように。



だが、それはあまり成功しない。



「はいはい。もちろん分かっているさ。ダーリン」












ミキ・M・アッテンボローは今現在36歳。

しかし27歳の時にいわゆるトラバース法にもとづき遠縁の

娘を養女に迎えた。それがコーネリア・フィッツジラルド嬢であり

銀河帝国帝国元帥 フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトにみそ

められて年令と国籍をもこえたロマンスが花開き・・・・・・こうして

結婚についてのまず後見者同士の懇談が用意されていた。







王宮の来賓室にとおされ、ミキは夫の肩ごしのフランス窓の外に

鮮やかに咲くピンク色のバラをみた。



「お待たせいたしました。アッテンボロー夫妻。私がヒルデガルド・

フォン・ローエングラムでございます。今後もよろしくお願いいたします」


鈍い金褐色の巻き毛。

理知的に輝くエメラルドグリーンのような眸。

美人の噂に違わぬ才媛の皇妃は形式張った挨拶をするでもなく

穏やかな笑みを見せて現れた。



アッテンボローは皇紀との対面は過去にあった。彼は皇妃に敬意を表し

席を立って頭を下げた。

ミキも夫に習って席を立ち上がろうとした。アッテンボローは愛妻のために

椅子をひいた。



結婚して少しは女性の扱いになれてきたのだろうともしもポプランが

見ていればそのようなことをいったであろう。







「アレクサンデル陛下は元気でいらっしゃいますか。」

アッテンボローは如才なくきいた。

「ええ。大過なく過ごしております。」

皇妃は年齢の若さに関わらず品がありけれど剣呑さは微塵もない。




列席したミッターマイヤー国務尚書にもミキは一礼をした。

彼女は「あのこと」を気付かない振りをしミッターマイヤー国務尚書も

それに習った。

なるほど。コーネリア・フィッツジラルド嬢の養母という人物は

見識のある女性だとミッターマイヤーは安心した。何せ二人は惑星

カプチュランカで白兵での殺しあいを繰り広げたこともある・・・・・・。




「フロイライン・コーネリア・フィッツジラルドはお元気でいらっしゃ

いますか。」


ヒルダが尋ねた。

はい。とミキ。



「本来であれば直々に御挨拶に参じなければならぬ身でござい

ますが後見人の私がまず御挨拶にと伺った次第であります。

皇太后陛下」




ヒルダは微笑んだ。その笑みはえもいわれぬさわやかさがあり

国母としてのおおらかさも感じられた。




「この御縁談をさぞかし御心配でしょう。フラウ・アッテンボロー」

皇妃は上品なネイビーブルーのスーツを身にまとい運ばれた

珈琲を一同にすすめた。


ミキは彼女の髪の色によくはえる水色のスーツで列席していた。









「皇后陛下、恐れながらそう心配もじつはしていないのです。

コーネリアも20歳でございます。自分の未来を処す力を備えて

いてもおかしくはありません。わたくしは本日はともかくも

あのこをどうぞよろしくとお伝えしたかっただけなのです」


なんだかんだといってもこの場で常日頃と変わらない妻をみて

アッテンボローは感心もしてよき伴侶を得たなどと考えていた。




「華燭の典となりますと帝国元帥閣下の挙式でございますから

すべての作法、流儀をコーネリアにさせとう存じます」

ミキがそう静かに言うと
美しき摂政皇后は微笑んだ。






「フラウ・アッテンボローのお心づかいに敬服いたします。・・・・・・私の

婚礼のおりは懐妊していましたのでね。なにやかやとあわただしゅう

ございました。ですからフロイライン・フィッツジラルドとビッテンフェルト

元帥の結婚式はしっかりと万全な準備をしとうございますわね」




ミキもアッテンボローもヒルデガルドの機知に富んだユーモアに

微笑んだ。


和やかに歓談は進み結果としてはコーネリアをこのフェザーンに

呼び寄せてしかるべき人物の元に預けて婚礼の儀までのあいだ

帝国元帥の妻としての教育を受けることに話はおさまった。



しかるべき人物というのがこの場合ミッターマイヤー夫妻であることは

いうまでもない・・・・・・。

エヴァンゼリン・ミッターマイヤー元帥夫人は皇妃が信頼する女性の

一人であった。

まつりごとに関してはヒルデガルド・フォン・ローエングラムは比類する

ものがいないほどの能力を身につけているが。



こと花嫁修業となれば元帥夫人が適任であろうと明晰なる皇妃は考え

ていた。
















「なかなかどうして立派な立ち振る舞いだったよ。奥さん」

アッテンボロー夫妻が招待されて宿泊するホテル。

ネクタイを緩めてミキの額に接吻けをしてアッテンボローはいった。




「あなたは上級軍人だったからああいう場にもなれているだろうけれど

私は・・・・・・肝が潰れそうだったわ。一人じゃ困ったと思う。あなたが

いてくれてよかった・・・・・・。」


背の小さな彼女はさして長身でもない夫に抱きすくめられて

安堵のため息を漏らした。



なんてかわいらしいことを言うのだろうか。

このうでの中の美しき妻は。



アッテンボローはついそっとミキの髪を撫でて唇を重ねた。










コーネリアを近くフェザーンに呼び寄せるとして。

「次はもっと重要なことがまっているな」

アッテンボローは彼女の耳もとで囁いた。

彼女はこそばがり笑って尋ねた。


「タイラー主席の船団は太陽風でずいぶん旅程がおくれたものね。

合流して大事な交渉があるのでしょう。ダスティ。」










そばかすの外交官閣下はいたずらっこの笑みを浮かべて、

それだけじゃないといった。




「おれたちも結婚式をあげないとな。ムライ参謀長に一生頭が

あがらなくなるが、覚悟もできてる。仕方がない」







ああ、そうだった。

皇妃との接見が無事に終わったものだからミキは自分達の

ことをすっかり忘れていた。




「うっかりしてたわ」

「そう思った」

そんなことはわかってるとアッテンボローは笑った。


新米の夫は妻の気性をもう心得ているので怒ることも呆れる

こともなく彼女の頬にキスをして。



「本番が待ってるんだよ。花嫁さん。」


せいぜい綺麗な花嫁姿を見せておくれとアッテンボローはいい・・・・・・

あとはご想像にお任せします・・・・・。



春は確実に訪れる。



by りょう
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