69・サンドイッチ




「ヤン中尉殿。お食事ですよ」




21歳のヤン・ウェンリー中尉はいつもの穏やかでのんびりとしたところは微塵もなく、

全ての事務処理、指令に集中しきっていた。

夢中すぎて食事をとらなくなるのはヤンの昔からのくせだったので同じ惑星エル・ファシルに赴任した

軍医のミキ・マクレイン大尉が心配して司令部に差し入れを持ってきた。





「いつもどうも。ミキ。いやマクレイン大尉殿。」

「Jが心配してたわ」

「大丈夫さ」

「何を心配していたのか聞きもせずに大丈夫だというの」

「からだも大丈夫だし、作戦も大丈夫」





ミキはコンソールの上で、プロテインドリンクをすする士官候補学生時代の友人を見る。

ヤンはこう見えても頼りになることを彼女は知っている。

彼女の夫のジョン・マクレインもヤンを信頼している。





「そっちはどう?」

ミキはバスケットからサンドイッチと魔法瓶に入れた紅茶を出してヤンの近くにおいてこたえた。



「コバルビアス准将に叱られっぱなし。私はね。Jは優秀よ。幸い民間人にも重篤患者はいないし、

怪我人も少ないわ。ヤンのおかげよ。あなたがいなかったらパニックになってたに決まってる。

けが人もない。医療班としては助かるわ」

「そりゃよかった。ところで、紅茶にはブランデーは入ってる?」

「ええ。勿論。たっぷりと」

「悪いねぇ、人の奥さんにここまでしてもらって」




悪いなどとつゆほども思っていないくせにとミキは笑った。



やはり自分は医師に向いていないのかなとこんな非常時にミキは思う。

ドクター・コバルビアスは厳しいが陰湿ないじめをするような人物ではない。

自分の父と似ているので彼女は叱られることに反感は抱いてはいない。

むしろ敬愛している。

しかし、もう自分は医学生ではない。

初陣でもそうであったがいまだにミキは器具を間違えそうになったり仕事が粗いと叱られている。

人間の生命に対峙する軍医であるのにあまりに無能でそこつ自分にいささかいや気がさす。

といっても、ジョンや両親の反対を押しきってまで軍医になったのであるから泣き言は言えない。




しかも今のような帝国軍が来襲しているという非常時に。






「サンドイッチはいいねぇ。片手で済ませられる」

ヤンが書類を見ながら言った。

「そう。サンドイッチに、クレープ、ハンバーガー、ホットドッグ。これなら仕事しながらでも食べれるでしょ。

パイは私が焼く暇が無いし生地がぽろぽろおちてコンソールに座るのがお好きな司令官に不向きだと思ったの」

「ここまで優しい親切な上官はいないよ。マクレイン大尉」

「変に上官って呼ばないで欲しいわ。好きで昇進したわけじゃないし」




彼女は自分の昇進に、実はあまり納得していない。

自分は医者であり、医療班である。

そこで功績を挙げたとしたら本意ではあるが彼女の場合は辺境の惑星での初陣の

武勲によって昇進したのだ。



武勲である。




『薔薇の騎士』連隊のワルター・フォン・シェーンコップ准尉と二人で怪我で重傷を負った

カスパー・リンツ曹長を抱えて帝国軍の攻撃を封じ込めることに成功した。

医者がトマホークとブラスターで昇進したのだ。






彼女にとってはただのコンプレックスの増大であり辞退しようと考えたが

ジョンが貰えるものは貰ったらというので辞退は取り消した。





こうして優秀なる夫よりも先に彼女は昇進してしまった。当人の意思とはおよそ否、ずいぶん反して。









ノック音がして淡い金褐色の髪をした少女が司令官室に入ってきた。

彼女はミキの存在に小さな声を発した。




「やぁ、えーと・・・・・・ミス・グリーンヒル。どうしたんだい?」






ヤンからミス・グリーンヒルと呼ばれたヘイゼルの大きな眸を持った少女は表情を明るくして言った。



「中尉さんに今度は紅茶を持ってきたんです。珈琲は嫌いだって言ったでしょう?」




そんな失礼なことをヤンがこのいたいけな少女に言ったのかと思うと、

ミキはおかしかった。

そうだと彼女は手をぽんとたたいた。

愛すべきおせっかい。



「ミス・グリーンヒル、おいくつになるの?」

「14歳です」





ミキは考えた。


14歳と21歳。・・・機が熟せばよい取り合わせかも知れないわね。

ジェシカ・エドワーズと同じくらい、きれいな女性になるわ。

ミス・グリーンヒルは。



こちらの方がもしや良縁かも知れないわね。




ヤンはいまだにジェシカへの思いを持て余している。

ジェシカもそう。

ラップとヤンの間をうろうろしている。

確かに、ヤン・ウェンリーとジャン・ロベール・ラップ。

ジェシカにしてみればどちらか一人だけを選べと言われても、

いまだに決定打がない。

彼女は二人に好意を持っている。それは仕方がない。







ラップがアプローチをしている分、現在有利に見えるがジェシカの親友のミキにしてはどうも彼女の気持ちは

ややヤンに向いているようにもみえる。

それならそうで、ためらうことはないのだけれどジェシカはまだ答えを出しそうもない。




このお嬢さんが20代になってもヤンを今のように輝く眸で見つめてくれるなら・・・・・・




ミス・グリーンヒルはヤンがすでに紅茶を飲んでいる姿に気がついた。

きっと、この黒髪の美人がもうこのとっぽい中尉さんに差し入れをしたに違いないと、

彼女は困った顔をした。

ほんの少し意気消沈している少女。






「私お邪魔しました」



ミス・グリーンヒルは部屋の外にでようとしたがヤンが声をかけた。



「紅茶の差し入れなら大歓迎だよ。ありがとう。ミス・グリーンヒル。紅茶は好きなんだ。

しかし、民間人のお嬢さんにここまでしてもらうのは・・・

・・・どうだろう。いいのだろうか」






ミキはいった。






「ミス・グリーンヒルが差し入れしてくださったら私も軍医の仕事と自分の愛する夫の世話に専念できます。

ヤン中尉は集中しだすと食事をとるのを忘れることが多いんです。もしお嬢さんがよければ、

ときどき中尉の様子を見ていただけたら助かります。お願いしたいのはこちらです」




ヤンは困った顔をしミス・グリーンヒルは笑顔になった。

可憐な野菊を思わせる愛らしい笑顔。





「私、簡単な料理ならできます。サンドイッチとか、クレープとか、ハンバーガーとか、ホットドッグ・・・

・・・それでもよければ紅茶と一緒にここへお持ちします」

「まぁ、理想的。片手で食べれるものばかりでヤン中尉にはうってつけです。ご厚意に感謝します」





「お、おい、ミキ・・・・・そんなことを頼んでいいのかい?彼女は民間人で軍人じゃないし」

「ヤン中尉、私はあなたの上官に当たります。ですからマクレイン大尉と呼んでください。それから素直に

・・・・・・ミス・グリーンヒルにお礼を言いなさい」



ミキはミス・グリーンヒルにウィンクして言った。

ヤンは、仕方なく照れ臭そうに困って言った。




「その、ありがとう。ミス・グリーンヒル」






髪をくしゃくしゃにして黒髪のとっぽい中尉さんは呟いた。


「フレデリカって呼んでください」

ミス・フレデリカ・グリーンヒルは飛び切りの愛らしい笑顔で答えた。




ミキが自分の職務をおえて自宅でジョンと会話しているときにミス・フレデリカ・グリーンヒルの話が出てきた。

「へぇ。14歳の女の子がヤンに懸想かい。随分、物好きなんだねぇ。

それとも先物取引にさといのかな。結構なことだ。たなぼたっていうんだろうね。しかし14歳じゃしばらく

相手のお嬢さんの成長を待たないといけないな。そういう気立てのいい女の子がヤンにはぴったりなはず。

そしてそういうしっかりもののかわいい女の子はヤンのような母性をくすぐる男がかわいいんだろう。」



ジョンは妻の食事に満足している。戦時中であっても彼女は実に美味しいものを作ってくれる。

一緒の家で育ってきている故か味に不服を抱いたことはない。夫は妻を大事に思う。妻も自分をとても

大事にしてくれていることをよく彼は自覚していた。



「ヤンはほっておけないタイプだから世話焼きの女の子にはたまらないのかも知れないわ。

Jのいうとおり母性をくすぐられるのよね」

ジョンはミキの作った食事をほお張り、考える。



『グリーンヒルという名前は多いと思うんだがそういえば上層部にグリーンヒル少将という方がいたと思うけれど、

まさか令嬢ではないだろう・・・。だとしたら、いささかでき過ぎだし・・・』

「どうしたの?」

妻の問いにジョンは首を振った。なんでもないよと穏やかなやさしい笑みを彼女に向けた。






そして、この数時間後に『エル・ファシル』からの脱出行は速やかに行われ、

ヤンが統率、指揮するもとで、民間人は、無事、保護されて、

『エル・ファシルの英雄』が銀河に誕生する。





by りょう

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