69・サンドイッチ
「ヤン中尉殿。お食事ですよ」 21歳のヤン・ウェンリー中尉はいつもの穏やかでのんびりとしたところは微塵もなく、 「いつもどうも。ミキ。いやマクレイン大尉殿。」 「Jが心配してたわ」 「大丈夫さ」 「何を心配していたのか聞きもせずに大丈夫だというの」 「からだも大丈夫だし、作戦も大丈夫」 ミキはコンソールの上で、プロテインドリンクをすする士官候補学生時代の友人を見る。 「そっちはどう?」 ミキはバスケットからサンドイッチと魔法瓶に入れた紅茶を出してヤンの近くにおいてこたえた。 「コバルビアス准将に叱られっぱなし。私はね。Jは優秀よ。幸い民間人にも重篤患者はいないし、 「そりゃよかった。ところで、紅茶にはブランデーは入ってる?」 「ええ。勿論。たっぷりと」 「悪いねぇ、人の奥さんにここまでしてもらって」 悪いなどとつゆほども思っていないくせにとミキは笑った。 やはり自分は医師に向いていないのかなとこんな非常時にミキは思う。 しかも今のような帝国軍が来襲しているという非常時に。 「サンドイッチはいいねぇ。片手で済ませられる」 ヤンが書類を見ながら言った。 「そう。サンドイッチに、クレープ、ハンバーガー、ホットドッグ。これなら仕事しながらでも食べれるでしょ。 「ここまで優しい親切な上官はいないよ。マクレイン大尉」 彼女は自分の昇進に、実はあまり納得していない。 こうして優秀なる夫よりも先に彼女は昇進してしまった。当人の意思とはおよそ否、ずいぶん反して。
「やぁ、えーと・・・・・・ミス・グリーンヒル。どうしたんだい?」 ヤンからミス・グリーンヒルと呼ばれたヘイゼルの大きな眸を持った少女は表情を明るくして言った。 「中尉さんに今度は紅茶を持ってきたんです。珈琲は嫌いだって言ったでしょう?」 「ミス・グリーンヒル、おいくつになるの?」 「14歳です」 ミキは考えた。 14歳と21歳。・・・機が熟せばよい取り合わせかも知れないわね。 こちらの方がもしや良縁かも知れないわね。 ヤンはいまだにジェシカへの思いを持て余している。 このお嬢さんが20代になってもヤンを今のように輝く眸で見つめてくれるなら・・・・・・ ミス・グリーンヒルはヤンがすでに紅茶を飲んでいる姿に気がついた。 「私お邪魔しました」 ミス・グリーンヒルは部屋の外にでようとしたがヤンが声をかけた。 「紅茶の差し入れなら大歓迎だよ。ありがとう。ミス・グリーンヒル。紅茶は好きなんだ。 ミキはいった。 「ミス・グリーンヒルが差し入れしてくださったら私も軍医の仕事と自分の愛する夫の世話に専念できます。 ヤンは困った顔をしミス・グリーンヒルは笑顔になった。 可憐な野菊を思わせる愛らしい笑顔。 「私、簡単な料理ならできます。サンドイッチとか、クレープとか、ハンバーガーとか、ホットドッグ・・・ 「まぁ、理想的。片手で食べれるものばかりでヤン中尉にはうってつけです。ご厚意に感謝します」 「お、おい、ミキ・・・・・そんなことを頼んでいいのかい?彼女は民間人で軍人じゃないし」 「ヤン中尉、私はあなたの上官に当たります。ですからマクレイン大尉と呼んでください。それから素直に ミキはミス・グリーンヒルにウィンクして言った。 ヤンは、仕方なく照れ臭そうに困って言った。 「その、ありがとう。ミス・グリーンヒル」 髪をくしゃくしゃにして黒髪のとっぽい中尉さんは呟いた。 「フレデリカって呼んでください」 ミス・フレデリカ・グリーンヒルは飛び切りの愛らしい笑顔で答えた。 ミキが自分の職務をおえて自宅でジョンと会話しているときにミス・フレデリカ・グリーンヒルの話が出てきた。 「へぇ。14歳の女の子がヤンに懸想かい。随分、物好きなんだねぇ。 ジョンは妻の食事に満足している。戦時中であっても彼女は実に美味しいものを作ってくれる。 「ヤンはほっておけないタイプだから世話焼きの女の子にはたまらないのかも知れないわ。 ジョンはミキの作った食事をほお張り、考える。 『グリーンヒルという名前は多いと思うんだがそういえば上層部にグリーンヒル少将という方がいたと思うけれど、 「どうしたの?」 妻の問いにジョンは首を振った。なんでもないよと穏やかなやさしい笑みを彼女に向けた。 そして、この数時間後に『エル・ファシル』からの脱出行は速やかに行われ、 by りょう |