68・じゃんけん



アッテンボローは苦痛の表情で彼の腕の中にいる恋人を

助けるために必死になって叫んだ。




「誰か!怪我人だ!医者を、医者を呼んでくれ!」

喧噪の中彼の声はかき消されそうであったがやがてその

悲痛な声に答える声がした。













「・・・・・・医者なら、ここにいるわよ」

腕の中のミキ・マクレインはまだ頭を押さえてあいたたと

呟いた。

さすがのアッテンボローもこの台詞には仰天して二の句が

告げなかった。



彼女は無事だった。




アッテンボローはただ彼女の体を支えるのみ。

どこか怪我はないかと心配げにあちこち点検する。

そのうちドクター・ケヴィン・スペンスがやってきた。アグネスを

つれて。

ドクター・スペンスはミキの同僚の医師である。

そして彼女の体を今度は医者がチェックしはじめた。




「バイタルは正常だな。ミキ、頭を打っただろう。何か言っ

てご覧」


「ケヴィン。レイチェルが少しお酒を控えなさいって伝え

てって」







正常だな。とドクターは言った。

するとポプランも二人のところへ駆け付けてきた。

ミス・イレーネも一緒である。







「ひやっとさせられましたよ。ドクターこの特別製の帽子。

小さい銃器で良かった。この会場の銃器の持ち込みの点

検はかなり念入りにしましたからね。でも第一装甲は見事

にやぶられています。コートの方も。装甲をあつくしておいて

正解でしたね」







装甲だって。

みればミキの帽子もコートも内側は陸戦部隊が使っていた

ような材質のものになっている。そして彼女が身につけてい

た衣服も簡易の装甲服でありボディーは三重装甲になって

いると言う。

これではアッテンボローが腕に抱くには重いわけである。













「やっぱり頭を狙ってくると思ったのよね。特別にヘルメット

使用の帽子を作っておいて良かったわ。それでも少し頭に

きてるけど。これくらいフライングボールで頭を潰されるより

なんてことはないわ。で、ポプラン提督。獲物は捕まえたの」




もちろん、とポプラン。

「今、リンツがひっくくってますよ。ジョージ・M・アーバスノット

と言う男をアッテンボロー閣下は知っておられますか」


「あ、アーバスノットって。もとはうちの親父の補佐をしていた

男で最近政財界に進出してきたあの、アーバスノットが・・・・・・」




アッテンボローは頓狂な声をあげた。

無理もない。

そのアーバスノットと言う男はまだアッテンボローよりも二歳

ほど年少でジャーナリズムから政治へ転身してきた男であり

アッテンボローは何かとこの男と懇意にしていた。



もともとジャーナリストだったアーバスノットの意見は実際的

で政治感覚の優れた男であると彼は評価していたのである。

戦争中は平和活動の若きリーダーでもあったと聞く。




「その、ミスター・アーバスノットがポスト・ダスティ・アッテン

ボローを狙っていたと言うわけです」




何故おれが奴に恨まれなければならないと、アッテン

ボローは言ったが、まあまあとポプラン。

いつの時代でもでる釘は打たれるものですといった。










「さきにドクター・マクレインの介抱をされてはいかがですか。

今回あなたの最大の護衛役を彼女が勤めてくださったんです

からね。おれが雇った連中よりも早くあなたに銃口が向けら

れるのを察知して被弾してまであなたをかばってくださったん

です。一生頭が上がらなくなりましたね。」


ポプランは言った。



「お前が雇った連中なんて、ソリビジョンの役者じゃないか」

アッテンボローが抗議するとエース殿はこれだからと肩を

すくめた。




「あの連中は訓練を受けた元軍人です。白兵上がりです。まあ

今ゆっくりわけはあなたのドクターにお聞きなさい」










なんてこった。



ミキはストレッチャーにのせられて準備されてあった治療室

へと運ばれた。

彼女は無事であり打撲傷をおっただけであった。

それでも付き添い続けたアッテンボローは心配でもあり怒り

もあり複雑な気持ちであった。













「気分はどう?ハニー」

病室でアッテンボローはさっきからミキの枕元から離れない。

彼にしてみればいくら自分の命を守ってくれたと言ってもミキが

この世にいなければ彼にとっては何の意味もない。

彼は少し怒った口調でこう言った。







「ミキ、こうなったら結婚しよう。ノーとは言わせない。そして

もし今後おれが命を狙われたとしても君もおれの令夫人と

して護衛をつけてもらうんだ。君が護衛をするんじゃない。

こんな危ないこと二度としないでくれ。一生のお願いだ。おれと

結婚してくれ」




ミキはノーとは言わなかった。

「生命維持のためだけの結婚なの?」



彼女はくすくすと笑った。

けれども彼女の恋人が困った顔をしているのを見て冗談は

止めてきちんと答えを言わないといけないなと考えた。










「私、あなたをどうしても守りたかった。もしあなたを守る

ことができたら私、あなたにプロポーズしようって思っていた。

先をこされてしまったわね。はい。あなたと結婚します。

イエス・マイロード。」




横になっているミキの額を撫でながらアッテンボローは

安堵した。


一つはもう彼女を危険にさらさないと言うことに。

そしてもう一つは彼女という彼にとってはかけがえのない

伴侶を得たことに。










「危ないことはもうしないでおくれよ。奥さん。愛してるよ」

わかってるわと彼女は優しく彼の頭を抱きかかえた。



わたしたち。

「私達っていつも病室で何かいいことがあるようね。あなた

がはじめて私を好きだって言ってくれたのも病室でプロポ

ーズもそうだわ。こうなるとたまには病室も悪くないわね」




彼女は下手な冗談で笑ったし、彼もやっと心から笑った。









ところで、とアッテンボロー。

「いつからおれはポプランに騙されていたわけだ。あの夜

みんなで集まった晩かな」


ええ、と彼の婚約者は言った。

でもどうして。






「君はポプランが嘘をついていると何故わかったんだ」



「ポプランさんの作戦がまず敵をあざむくにはまず味方から

という戦法だったみたい。ソリビジョン役者志望といって彼が

つれて来た男達は私が見れば十分訓練を積んできた傭兵だっ

てすぐわかった。それも同盟ではなく帝国軍の軍人上がりの

特徴を持っていた。そうなるとポプランさんはあなたが狙われ

ているのではなく主席が狙われているといっているのにおか

しいでしょう。プロの白兵をつれてきたのよ。見せかけじゃない

本物の陸戦のプロ。ここからおかしいでしょう。あんまりふざけて

私を口説いてからかうから問いただしてみればあの男達はポプ

ランさんのお友達のベルンハルト・フォン・シュナイダーという

ひとが訓練した立派なエージェントだったの」




・・・・・・あのシュナイダーまで絡んでいたのかとアッテン

ボローは呆れた。




「本当のことを知っていたのは私とポプランさんとイレーネ

さんとリンツとヘル・シュナイダー。この5人が今回の『ポプラン

提督の作戦』の首謀者になるわ。これ以上船頭が増えてしま

っては仕事がしずらかったの。あなたは本当に危なかったん

だから。キャゼルヌ先輩が文句をいっていた爆弾にしたって

アーバスノットのシンパがつけたものだしダミーだとあなた方が

思っていた狙撃は全て本物でその都度ポプランさんとイレーネ

さんが対処してくれてたの。アーバスノットはあれで組織力を

持っているから四六時中誰かがあなたのそばにいてあなたを

守っていた・・・・・・ってことなのよ。」




まいったなあとアッテンボロー。









「情報をかく乱させるのにあなた達の仲間だったバグダッシュと

いう人も手伝ってくれたらしいわ。『タイラー主席が命を狙われて

いる』『いや、実はアッテンボローが危ない』と二種類。混乱した

情報の中でポプランさんは本当に狙われている人間があなただ

と知って狙っている人間はアーバスノットだということを知ったみ

たい。本当はねポプランさんがはじめにタイラー主席の事務所に

『負け犬』ってひどい落書きしたんですって。それでリンツも動揺

したけれど彼は陸戦のプロだし味方につけようということになっ

たの。それでタイラー主席に護衛をつけたと言ったけれど実は

そちらがダミー。主力部隊はあなたの護衛とアーバスノットの犯行

の裏づけに回っていたということ・・・・・・。」




「・・・・・・今度はおれがあいたたただよ。まんまと騙された」

楽しそうに仕事をしていたポプランの顔が目に浮かぶ。



「でも最後に今日おれの護衛を何故ミキが引き受けたんだ。

これだけのエキスパートが揃いも揃っていたんだ。助けて

もらってこんなことを言うのは申し訳ないが何故君が危ない

目に・・・・・・・生きた心地がしなかったよ.」




じゃんけん。

は。



またもアッテンボローは頓狂な声をあげた。






「じゃんけんで私が勝ったの。みんなあなたのボディガード

がしたいっていうし。それで何で勝負しようかってことになって

ポプランさんがじゃんけんで決めようって。あら、どうしたの。

ダスティ、気分でも悪いのかしら。急にへたり込んじゃって。」













・・・・・・。

すっかり脱力して、アッテンボローは床に座り込んだ。












けれどもこれはミキの嘘。

本当は彼女が何があっても彼を守りたかったのだ。



もう愛する人を失うのは彼女は嫌であった。

その悲しみとその定めからやっと這い上がるチャンスが

来たのだと彼女は運命に果敢に挑戦した。Jは救うことができ

なかった。アッテンボローまで失うことはできない。




そして、彼女は勝った。

最愛の男を彼女は手に入れた。



その最愛の男はまたも困ったかおして彼女の顔を覗き

込んでいる。










You never no dear.How much I love you?



あなたは私がどれだけあなたを愛しているか、知らない。

あなたは私の太陽なのよ。ダスティ・アッテンボロー。

彼女は大事な婚約者にキスをした。



「もうだいじなひとを失いたくなかったの。あなたがいない世界、

そんなもの私にはいらないのよ。ダスティ・アッテンボロー。」

優しく彼女は彼の翡翠色の髪を優しく撫でた。



「おれも同じ気持ちなんだよ。結婚してくれるね。ミキ・マク

レイン。」

ええ。

あなたが。



「あなたが私の側で生きていてくれるなら、もう一度あなたと

これからを生きていきたい。・・・・・・一人にしないで。」

ミキのほほに優しく指を沿わせてアッテンボローは頷いた。

約束しよう。






約束しよう。


一人で生きてきたもの同士、これからは一緒に生きて

いこうと。

指を絡ませて二人きりの約束を交わした。





もう一つ。

「もう絶対危ないことをするのは赦さないよ。ミキ。」

それに対してミキは微笑んで・・・・・・こくんと頷いた。




りょう

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