66・ミルクティー
少年2人は石のように固まった。
しばらくはキャゼルヌが何を言っているのかが理解できなかった。
やっと口火を切ったのがラップである。
それも普通の少年ならば親友が疑われて感情を吐露し憤りそうなものだが
キャゼルヌがわざわざ候補生の彼らを別室に招いたのには理由が
あると思い静かにできるだけ静かに怒りに震えた声で尋ねた。
冷たい炎のように。
「いったい何故、ジョン・マクレインが重要参考人となるのですか」
「ことわっておくが犯人ではない。重要参考人だ」
「わかりますよ。ではどうしてそうなったのか
私たちにおしえてくださいませんか」
ヤンも努めて自分を押さえて尋ねた。普段淀みなく話すキャゼルヌが
黙っていても仕方がないと思い、話しだした。
「ロウという人物は元軍人でな。Jの父親の
マクレイン少佐と知り合いだったのだな。
ロウはマクレイン少佐の下士官だった。
だがこれには疑惑があるのだ。
マクレイン少佐の死には。
これは軍でも確証がなかったので、追及できなかったことで
今でも事実は明らかではない。
当時、ロウは上官のマクレインを殺害した容疑がかかっていた」
この言葉も2人の多感な少年を黙らせるに十分であった。
彼は続けた。
「マクレイン夫人にロウが横恋慕をしたという痴情犯罪かと、
かつては騒がれそのことをマスコミにさんざん書かれて
その心痛で夫人は自殺をしたらしい。
けれどもロウがマクレイン少佐を殺害した確実な証拠はなかった。
限りなくクロに近いグレイだっただけだ。現在でも疑惑として
残っているだけだ。
記録ではJは1歳に満たないころにムライ夫妻の養子
になっているのだし夫妻がジョンにそのようなことを話すとは
とても思えない。あれはいわば醜聞だったしあのムライ夫妻は
お2人とも立派な人物だと聞いている」
「ミキのご両親でしょう」
と、ラップ。
キャゼルヌは頷いた。
「おかしなお話ではありませんか?おっしゃるにはジョンは
ロウという人物のことをしっていたわけではないのでしょう。
それにしては妙ですね。知ってもいないのにその事件と結びつけるのは。」
ヤンもやっと言葉を取り戻した。
「ところがJは知っていたのだ。ロウという人物のことを。
本人が知っているといったのだよ。Jは自分の過去を単にしりたくて
調べ始めたらしい。だがこのようなことが過去にあって衝撃でもあったし
残念だったと当人は話している。
士官学校に入学を決めたのも彼の父親が軍医でもあったし
醜聞のことを調べた上でのことだったと話している。
なんということだ。やつは過去を知っていたのだ」
少年たちは言葉がでなかった。
ヤンはかろうじてその醜聞は聞いたことがあった。
けれどもそれほど詳しくはなかった。
「そのことを証言したものだから重要参考人になってしまったのだ」
「ジョンが犯人とでもいうのですか」
ラップが怒った。
「そうではない。ジョン・マクレインは昨夜2時半以降、
ヤンと同じでひとが口論しているようなこえを学校の外で聞いたと
証言したのだ。そして憲兵が被害者のロウのホログラフを見せると
見覚えがあるといいだした。年をとって当時とご面相は若干
変わっているが自分の父親と母親を間接的に
死に追いやったかもしれない男だとわかったと
正直に証言しただけだ。隠していてもわかることだからといってな」
「それだけで重要参考人にされてしまうのですか。まるで犯人扱いですね」
ヤンが続けていった。
「私も孤児といえば孤児です。といっても父親は事故死ですし
母親はとうに病気で死んでいます。ジョン・マクレインとはやや事情が違いますが
親が死んだことで何かにすねるほど私はやさぐれてはいません。
ましてJのようないささか冗談は過ぎても人格者が親のかたきだなんて。
あいつほどの冷静で慎重な男が今さら復讐殺人をすると思われますか?
ナンセンスです」
「それでも参考人であることには変わりがない。
今マクレインが犯罪に関与していなかったかどうかを
憲兵が調べていることだ」
僅かにキャゼルヌも苛立っている様子である。
彼にしてもマクレインはかわいい後輩である。
彼が筋がよく好人物だけに衝撃も大きかったのだ。
「マクレインのアリバイを調べているとでも」
ヤンが尋ねた。
「そうだ。マクレインとラップが一緒に寮に帰ったのはおれも知っている」
「寮の入り口までは一緒でしたよ」
と、ラップ。相当肚に据えかねているらしい。
声は小さいがいらだちは隠せない。
「入り口まで?お前さん達、同じ部屋だろう」
キャゼルヌが問う。
「それがJがまだ用があるといって玄関ホールでわかれたんです。
その後、おれは部屋でヤンと少し話をしました。
すぐ寝てしまったしちょっと今朝は起きるのが遅くて」
「つまり、ラップはジョンが部屋に帰ったとは確実に言い切れないと
いうところだな」
とキャゼルヌ。
ヤンが言う。
「それは、わかりませんよ。つまりこうです。
ジョン・マクレインは知っての通り折り目正しい性格です。
持ち物、服装、部屋の隅々に至るまで普段から整理整頓を
きちんとしますからね。だから私がやつのベッドを見ても
綺麗にシーツを畳んであれば帰ってきていないとも
逆に帰ってこなかったとも証言できません」
なるほどと、頷くキャゼルヌとラップ。
「で、次長、マクレインは何と言っているんです」
ラップが言った。
「短いが睡眠をとったといってる。部屋でな」
「でしょう。筋は通っていますよね。それにしても私やマクレイン、
うちのクラスのルイスまでも2時半ごろ人の話し声を聞いています。
とすれば門番や警備員もその騒動を見たり聞いたりしたものが
いないとは思えません。腑に落ちませんね」
「そうですよ。ジョンが犯人だとするならば士官学校の寮から
抜け出して外でロウを殺しわざわざ学内のトイレに運んだことになる。
あんなコンクリートの狭いトイレに。Jははっきりいえば非力です。
こんなことは無茶です」
少年たちは口をそろえてともの無実を証明しようとした。
「そうだ。無茶だ。だから犯人ではない。しかし憲兵としては
そうは見ない。決定的な目撃証言をつかまぬかぎり。真犯人を挙げぬまでは、
ジョン・マクレインも重要参考人として扱う方針でいる」
「横暴だ!人権問題ですよ!次長」
ラップがとうとう怒鳴った。キャゼルヌは憔悴していた。
「わかっている。何も憲兵はマクレインだけが重要参考人とは
いっていない。目撃証言を集め彼の無実を証明するためにも
真犯人を懸命にさがしている状態なのだ。
動機としてもヤンのいう通り弱いしロウの現在の人物関係の
もつれからの犯行とも捜査は進んでいる。
ともかく捜査は確実に進んでいる。あいつはじきに開放される。
もう少しまってくれ。おれだってあのJがやったことだとは思わん。
しかし憲兵隊という組織は調べ上げない限りはまず参考人を
簡単には解放しない」
2人の少年の脳裏には
憲兵に尋問を受けているマクレインとともにこのことをミキが知れば
どれだけ彼女が苦しむかがよぎった。
ラップがこのことをミキが知ったらと呟いた。
キャゼルヌは沈黙した。
事務所を出た二人は途方に暮れてしまった。
ミキになんと話せばよいのだろうか。
彼女は明るく快活な少女だがJを思う気持ちは端から見てもいじらしく、
健気なのだ。
その彼女にジョン・マクレインが重要参考人として
現在取り調べられているなどとはなせばどれだけ苦しみ悲しむだろう。
彼らではその傷は癒せそうもない。
「ヤン」
「なんだい」
「今日の話はいずれ学内に漏れてしまうだろうと思うんだ。どうだ」
「そうだな。そう思うよ」
「それならばせめておれたちからこの話を切り出したほうが
ミキにとってよいのではないだろうか。俺たちがしっていて
黙っていれば彼女はもっと傷つく」
そうだろうとヤンは同意した。
しかし可哀想だと思う。
何と言って慰めればよいのかヤンにはまるでわからない。
ラップとてそうなのだ。
それでも、友人としてここまで話を聞いておきながら
ミキに何も言わないのは彼女がもっと気の毒に
思われた。
少年たちは気持ちを奮い立たせてミキを校内の
人気のない裏庭のベンチによびだした。
彼女ははじめは唇が白くなるほど、驚きはしたものの
最期までだまって2人の話を聞いた。
話が終わってもしばらくは彼女は押し黙り表情を変えなかった。
かえって泣いてくれたほうがよかったのかもしれない。
こんなに静かに蒼白になったまま呆然としている彼女を見るのは、
2人とも辛かった。
突然、彼女は立ち上がり2人の少年に言った。
「私、事務所に行くわ」
その声は震えたところもなく毅然としていた。
少年たちの方が泡を食った。
「Jは隠しているのよ。きっと私のことがあるからなんだわ。
私とJは夕べ2時半に会っていたの」
「な、なんだって」
「恥ずかしいけれど・・・。ここ最近文化祭で忙しくて
私、Jと会えないのが辛かった。
だから、警備の巡回のすきを縫って2人でいろいろ話を
していたの。朝の4時半まで。
私が男子寮の近くまで行ったわ。
女生徒が男子寮まで忍び込んだから
私が停学になるとでも思ってあのひと黙ってるんだと思うの。
なんてばかな人」
3人は急いでそのことをキャゼルヌに告げた。
それをすぐに憲兵に話してジョン・マクレインに問いただすと
しぶしぶそれを認めた。
「何故それをいわなかったのだ」
ミルベールが詰問した。
「彼女のことを表に出したくなかったからです。恩ある彼女に
迷惑がかかることもさけたかったのです」
「Jのばかっ!しらないっ」
「君のことをもちださなくても嫌疑がはれると
思っていたんだよ。君が夜中に男子寮近辺に来ていた
ことがしれれば君が停学になると思ったしね・・・・・・」
「ミキ、許してやれよ。殺人の容疑をかけられそうになっても
Jは君のことを憲兵に売らなかったんだから」
はれて自由の身となったジョンを囲んで
いつものメンバーで集まっている。
ラップが気を利かせていった。
「水臭いじゃない。恩ある彼女だなんて。
私が停学になってもたいしたことじゃないじゃないの。
バカよ」
ジョンは憲兵に尋問されていたわりには元気そうだった。
彼は強靱な精神力の持ち主であった。
「全く、やってくれるね。逢引がお前さんのぬれぎぬを
救ってくれるとは。もつべきものはけなげな花嫁だな」
ヤンはうらやましそうに呟いた。
「お前さん達に冷やかされるのがわかっていた。
だから黙っていたわけでもないが、憲兵が筋道を立てて
調べればぼくが犯人でありえないという結論にたどり着くと
思っていた。込み入った殺人ではないと思うし憲兵だって
能無しじゃないだろう。ミキを表には出したくなかったよ。
出さずにすむとにらんでいたんだけれど・・・無理だったな」
「憲兵はそんなにお前が買いかぶるほど利口なのだろうか」
考えてラップがいった。
「ああ。確かに親父達の事件では無力に近かったね。
けれども今回は死亡推定時間が実は大きくずれていたことが途中で
わかった。簡単な話だ。解剖でわかったんだ。
遺体がドライアイスで冷やされた痕跡が見つかったのさ。
そうなると、死亡推定時刻は時間から、2、3時間程度まで
短くなってしまう。つまりロウが死んだ時刻は夜中0時から、1時。
殺人と判明しているらしいんだけれどね。けれどもぼくにはその頃は
十分にアリバイがある」
「それはそうだ。その時間ならお前は事務所で生徒会の面々と
会議中だったのだから。おれも文化祭実行委員として
同席している。なるほど。ドライアイスは偽装工作」
「それは犯人が知っているだろう。ただ解剖すると絞殺特有の
舌骨骨折がなかった。首の辺りの骨なのだが絞め殺されれば
その骨はたいていが折れてしまう。それが無事だった。
そして絞殺が偽装とわかったのはロウが窒息した原因が
一酸化炭素中毒だったからなのだ。
絞め殺されたのではないってこと。
そして体内からは微量の睡眠誘導剤が検出された。
おそらくはロウは睡眠薬を飲まされて眠っている間に
ドライアイスのある場所で一酸化炭素中毒死させられたのだろう。
ぼくはそう思っているよ。何せロウはその手のきたない仕事仲間が
いたからね。ぼくの取り締まりの間に解剖所見が判明したんだ。
だからミキがわざわざ出てこなくてもぼくは重要参考人から
はずされることはわかっていた。簡単明瞭な話じゃないか。」
「さすが、医学部志望。見事だね」
と、ヤンとラップは笑ったがミキはご機嫌斜めである。
「小憎らしい人ね」
彼女は席を立ってその場を去ってしまった。
「ミキは停学なんて覚悟の上で
お前を助けようとしたんだぞ。
少しは優しい言葉をかけてあげないとかわいそうだよ。
J」
ヤンがいった。
でも、ジョン・マクレインがミキを表に出したくなかったのは
せめてもの彼女への誠意であり愛情だととらえた。
「そうだな。追いかけて、なぐさめてやるべきだ」
2人の佳き友人がマクレインにいった。
彼は自分の髪をかいてのっそりと身体を動かした。
そして彼女の後を追っていった。
「まったく。女心のわからないやつだ」
したり顔でキャゼルヌが残った少年2人に話しかけた。
「まるで女心を熟知されているような口ぶりですね」
そういうヤンを彼はこづいた。
「余計なことばかり口にしおって」
キャゼルヌは2人に珈琲と紅茶をご馳走した。
軍のお下がりではない上等な珈琲とシロン葉の紅茶。
「結局私どもが聞いたひとの口論のような物音はなんだったのでしょうか」
当たり前の疑問をヤンはキャゼルヌに聞いた。
「門番が夜中の2時前に不審なトラックが走り去るのを見たらしい。
すぐ移動してしまったので、特に気にも止まらなかったといっている。
このトラックの中でドライアイスの凶行が行われていたとすれば、
トイレの遺体の死亡推定時刻と照合はする。ヤン達が聞いたのは
これも門番の話だが3人か4人の人影がその時間士官学校の塀の外で
5分ほど話をしていたという。それが犯人なのかただの酔漢なのかを
今度は憲兵も調べないといけないわけだ」
でも、とラップ。
「何故士官学校の校舎のトイレに死体を放置したかですよ。
車があるならもっと発見されにくいところに運べたでしょう」
「それがわからないから苦労しているわけだ。
文化祭を狙った犯行ともいえなくはなさそうだし。
この三日間は招待状さえあれば誰でもここにはいれるのだからな」
ふむ。
ヤン・ウェンリーは考えてみた。
士官候補生のお祭りごときが死体遺棄現場にふさわしいか。
何らかの殺人事件が起こったとき一番得をする人物が犯人である。
この場合はそれは誰なのだろう。
僅かな可能性がかすかに彼の頭をよぎった。
けれどもまだ根拠もないし第一、一士官候補生の自分が
調べなくとも怖らく憲兵隊が洗い出すだろうと期待していた。
ただ彼が考えたことはそう考えると筋道が通りもっとも自然に
思えるのである。
「ごめん。ミキ。僕が悪かった。」
「ひどい。私と会っていたことをいえばすぐに開放されていたのに
水臭いにもほどがあるじゃない。私たちずっと一緒だったのよ」
ミキは滅多に泣かない。
けれどもジョンの前だと安心もして甘えてしまうこともあり
張りつめていた緊張の糸が途切れた。
涙が止まらない。
「ミキ、君はいつでもぼくが大変な目に合うとそうやって泣いてくれる。
ぼくはそれがうれしいんだよ。泣いている君はかわいそうだけれど
この世にこれだけぼくを心配してくれる人がいるのかって思うと
嬉しいんだ。だから君はぼくにとって大切な人なんだ。
ね、涙を拭いて。笑っておくれ。かわいい顔が台なしになってしまう」
彼女は、涙に濡れた頬を拭いてそっと微笑んでみた。
「君は雨上がりの虹みたいに綺麗だね」
ジョンは微笑んでそういった。
正直両親が亡くなった経緯を知ったときの衝撃は
すさまじいものがあった。
父は殺されたかもしれない。
母は、世間に追い込まれてこの世を去った。
このような醜聞、呪われた運命をもつ自分の全てを知って
養子に迎えてくれた養父母にいたく感謝した。
そして少しばかり遅くに産まれたこの少女にも。
身体の弱かった幼年期の彼を心配そうに見つめる大きな黒い瞳。
風邪を引いて寝込みでもしたら泣いてそばを離れようとはしなかった
このいじらしい少女。
彼女だけはどんなことをしてでも幸せになって欲しいと
ジョンは常々思っていた。
それは、自殺に追い込まれた
悲しい母親の影響もないではないかもしれない・・・
父が軍医でなければロウのような卑劣漢と
かかわりはなかったかもしれない・・・
ふと、ジョンは考えた。
様々なパズルのピースが頭のなかではめ込まれていく。
最期のピースは・・・・・・
「ミキ、ヤン達のところへ戻るよ」
「どうしたの?急に」
「後一つ、ピースがそろえば事件が
解決するかもしれないのさ」
彼女は彼に手を引かれキツネにつままれたような
顔をしている。
せめて涙顔をなおしたかったが、事件が解決すると
ジョンはいっている。彼女は彼に手を引かれるまま
二人はもといた事務所の小部屋に入っていった。
「よかった。キャゼルヌ次長までいらっしゃる」
「どうした。二人して。仲良くお手手をつないでいるところをみると
仲直りはできたようだな。若いもんはこうでなくちゃいかんぞ。
ヤン。実に爽やかじゃないか」
「私はそんなに爽やかではありませんか」
「爽やかさから軽く一万光年は離れているな」
キャゼルヌは冗談を言える余裕が少し出てきた。
「次長、冗談はさておきもしかするとこの事件の
真相がわかるかもしれない考えがぼくに浮かんだのです」
と、ジョンが息を切らしながらもいった。
「まさか、J・・・。私もそれを考えていたところなのだ。
・・・・・・自信はないが」
さすがヤンだなとマクレインは言った。
「ロウの死亡の際の保険金を調べるように憲兵の方に
おっしゃってみてくださいませんか」
マクレインはそういってヤンを見た。
そしてヤンは一つ小生意気なウィンクをした。
「いったいどういうことなのだ?2人して顔を見合わせて。
おれにもわかるように説明してくれないか?」
ジャン・ロベールがいった。
キャゼルヌもミキもぽかんとしている。
「ぼくは士官学校に行く前から自分の出自がしりたくて
調べられる範囲でしらベてみました。その時にロウの存在を
知ったのです。では現在ロウはどうしているかとこれも調べてみました。
彼は流通の仕事をしていました。聞こえは良いですが闇物資をさばく
商人になっていたわけです。個人経営だということも経済状態も
調べられなかったことがこの士官学校の資料室のコンピューターには
膨大なデータがあリます。ロウの経済状態はこの数年で著しく悪化した
こともわかりました」
彼は続けた。
「ロウは高利貸に金を借りて金策に走っていましたが、
どうにも首が回らなくなってしまいました。彼への取り立ては
想像できます。ヤン、君は前にいっていたね。犯罪が起こるところ
それによって一番得をするものが犯人だと」
「全く」
と、ヤンは同意した。
「考えてもみてください。4、5人の人間が肥満体の男の死体を
警備の厳しい士官学校のトイレに放置するのと、
ロウと共謀者の二人で士官学校のトイレに3、4キロの
ドライアイスを抱えて忍び込むのとどちらが
目に付きにくいと思われます?」
「すると何か?共謀者ということはロウは自殺とでも
いいたいわけか?ドライアイスってのはどこから出てくるんだ?」
キャゼルヌが尋ねた。
「自殺か一時身を隠せと因果を含めた・・・・・・。
ロウの保険金を受け取る人間による狡猾な殺人と
いいたいのではないか?J」
「そういうことだよ。ヤン。君はわかっているのだね」
「ドライアイスを使った殺人は過去に本で読んでるよ。
まだ人類が地球にいたころの小説だけれど」
「どういうことかおしえてくれないか?二人だけで話していないで」
ラップはじれた。
「あのコンクリートのトイレの狭いスペースで
ドライアイス・・・一酸化炭素中毒死の可能性はあるわ。
つまり窒息死・・・」
「そう、ミキのいう通り。
金策がにっちもさっちも行かなくなったロウは闇金融業者に
かなり悪質に取り立てを受けたと思われる。
そこでロウは考えた。
自殺する。もしくは自分が死んだことにすればよいと。
彼には内縁の妻の存在がいる。彼女も元軍医でね。
調べればほこりがたつよ。現在はなんと憲兵隊勤務の解剖医でも
あったわけだ。関係は明るみに出さないように隠していた。
ロウは身持ちが悪いし彼女の勤務先に悪い醜聞が入るとも限らない。
だから内縁関係であったわけだ。
もしも保険金をロウにかけていれば殺人に偽装して
保険金がおりるうえウラジミール・ロウの名前で
金融会社の連中に取り立てを受けることもなくなる。
そこで内縁の妻との間で協議が進められていたとすれば。
妻がもしも保険金受取人であればロウを抹殺する千載一遇の
機会をえたことになる。ロウは死んだふりをするつもりだったのかも
しれないしはじめから自殺するつもりだったのかもしれない。
けれどもともかくロウの妻が睡眠薬を夫に飲ませる。
人間を仮死状態にすることは実際軍医の経験があれば
できる。・・・なんて軍医志願の僕などが言っても
説得力があるだろう。
内縁の妻がロウを戸籍上の死に見せかけるとでも
夫に話せば・・・もう金輪際とりたてはなし。
深夜警備の目をかいくぐって2人が学内に侵入する。
ちなみに、普通の人体で、一酸化炭素中毒による窒息を起こさせるには
多くとも4キロ程度のドライアイスで十分なのだ。
薬を服用したロウは眠る。眠ったところを見計らって相棒、つまり妻が紙袋に
包んできた4キロ程度のドライアイスをロウの頭の方に置く。
睡眠薬を飲ませる。薬は「人体を仮死状態にできるもの」だといえば
ロウは飲む。睡眠薬の効果は十分。あとは相棒・妻次第」
キャゼルヌとラップが顔を見合わせた。恐ろしい話である。
「さっそく、憲兵隊に確認をとってくるよ」
キャゼルヌは応接室から立ち去った。
「そのへんのからくりはみえたんだ。ドライアイス云々の話が出て。
そんな殺人があったことも知っていたから。しかし内縁の妻のことまでは
まさか元軍医だとは思わなかったよ。ただやはり何故死体遺棄現場を
士官学校のトイレにしたのか私には、ちょっとわからないんだ。
どうだろうJ?」
残った少年少女たちはそれぞれの飲物を口にして
その場に佇んでいた。
「それには何となく思い当たるふしがないでもない」
と、ジョン。
「当番や管轄というものがあるじゃないか。憲兵隊の解剖医にも」
「そうか、その内妻が執刀を担当する当番日であったなら
ロウの遺体は、彼女次第か」
ヤンが頷いた。
「そうか。内縁の妻が憲兵隊の解剖医だとさっきいっていたな」
ラップがいう。
「これも調べるうちにわかったことさ。表向きはロウは
父の下士官で彼女は父と同じ軍医だった。
ロウとこの二人の線はつながっていないようで、
ぼくから見ればつながっていたし調べれば二人が同棲している
こともわかった・・・
でも今のは推理に過ぎないよ。ヤン。君もそう思うだろ」
マクレインは言った。
「憲兵隊が保険金受け取り人の線を洗っていれば
そろそろ判明するはずだがな」
紅茶をすすりヤンはつぶやく。
キャゼルヌが落着いた様子で部屋に戻ってきた。
「さっき、やっと内妻が全て告白したらしい。ロウには偽装自殺を
ほのめかして彼を殺したそうだ。マクレインがいったことと一致する。
何故士官学校のトイレを殺害現場に仕掛けたのかもわかったよ。
内妻は憲兵隊の解剖医で管轄は士官学校周辺の地区、
執刀当番がロウ殺害翌日だったからだった。マクレイン、まさかお前しっていて
隠していたわけじゃないだろうな」
ジョン・マクレインも、ミキにお代りの紅茶を注いでもらい、
ゆっくりと味わった。
彼も生粋の紅茶派である。
シロン葉のミルクティー。
「やれ、やれ。めでたく解決だな。
マクレインと、ヤンはむしろ探偵に向いていそうだな」
ラップが微笑んだ。
「平時ならそれも悪くないけれど戦争中だからそれは無理だ。
いやでも軍人にならないといけないし。そういう連中がここにいる
わけでしょ。僕はともかくヤンには探偵も向いてるだろうね。
僕はあまりに医学に精通している。」
マクレインが今度は不器用なウィンクをヤンに贈った。
「わたしは歴史学者になりたい。」
ミキは気を利かして、ヤンにもお代わりの紅茶を入れた。
2人の茶道楽の少年は、美味しい紅茶を心行くまで愉しんだ。
by りょう
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