64・気づかないふり





「ビッテンフェルトにも困らせられる。いくら和平が保たれているとはいえども

ハイネセンの、しかも20歳のうら若き女性に求婚とは。ミュラーからも聞いていたが

今日は直々におれのところに相談しに来たよ。なぁエヴァ、どう思う。おれはあきれて

閉口するよ。」



帝国元帥ウォルフガング・ミッターマイヤーは自宅で幼い息子に食事を食べさせている

愛妻の言葉を待っている。フェリックスは好き嫌いがない。愛情を注がれているせいか

まだ赤ん坊でも聞き分けがよく、情緒も安定しているように思える。

・・・・・・僚友も愛情のもと成長していたならば何か違う人生を歩んでいたであろうか。

かけがえのない、彼の親友。



それにしても。

銀河帝国の国務尚書とあろう人物が平民出の専業主婦に意見を請うのである。

国務尚書となっても元帥の愛妻ぶりは衰えない。



「あなたはこの縁組に反対なのですか。ウォルフ。」

年齢を感じさせない少女のようなエヴァンゼリン・ミッターマイヤーは小鳥のさえずりのような

かわいらしい声で尋ねた。 夫の食事は終わっているので今夜はフェリックスと

自分だけの食事でよい。

そんな姿を元帥閣下は優しく眺める。相談事というかなんでも妻には言いたいのが

ウォルフガング・ミッターマイヤーという男なのである。



「簡単に賛成できないよ。ケスラーも若い花嫁を迎えたが彼女はカイザーリンに仕えていた身。

元帥夫人も勤まろうが・・・・・・。政治形態も生活習慣も違う同盟政府の元で育った20歳の

女性で果して元帥夫人としてやっていけるのかどうか悩む。相手の女性が大変じゃないかと

思うのだよ。エヴァンゼリン。そうおもうだろう。」



妻の一言が欲しいゆえに同意を求める。



「女性はだれに嫁いでも心労は尽きませんわ。あなた。」

妻はすみれ色の美しい眸で夫を見つめる。

蜂蜜色のおさまりの悪い髪の夫は尋ねる。




「・・・・・・ということはエヴァ君もおれという男と結婚して苦労したということかな。」



くすりとエヴァンぜリンは微笑んだ。ちがいますわ。あなた。




「問題はその苦労が報われるか否かです。おかげさまで私は報われています。

十分すぎる以上の幸せを感じています。あなたはお元気だし家族も増えました。

これは幸せなことです。」



幼いフェリックス・ミッターマイヤーは昼の間カイザー・アレクと遊んだので夕食を

食べさせられると父親と母親にお休みのキスをした。

優しい父に抱きかかえられて寝室へ。



「日に日に大きくなるな。子供は。それにしてもすぐ眠ってしまった。

たまに帰ってきても遊んでくれないものだな・・・・・・。おれが遅く帰るのがいけないな。」



僚友とよく飲んだ白ワインを飲みつつ。

フェリックスの成長振りにミッターマイヤーは微笑む。




「けれどもフェリックスはあなたが留守の間、似顔絵をよく描きますのよ。

あのこもあなたを愛しているんです。「ファーターに会いたい」と泣くんです。

あのこの今の父親はあなたですからね。あなたを必要としているのですわ。」

簡単な酒肴を用意したエヴァはテーブルに並べる。




チーズやソーセージ。




「そうか。絵を描くのか。・・・・・・メックリンガーに教えを乞うて、将来は芸術家に

なってもいいな。フェリックスは。いろいろと先が愉しみだな・・・・・・。むろん

フェリックスがなりたいものになればいいんだ。別にミッターマイヤーの名前を

引き継ぐことも強いてはしない。・・・・・いずれはロイエンタールのことも話すつもりだ。」


ええ。とエヴァンゼリンは微笑み頷いた。



「このまま平和が続くならばそれは名案だと思いますわ。ウォルフ。

ごらんになりたいでしょ。あなたの似顔絵ですのよ。」

エヴァは子供部屋からスケッチブックを持ってきてクレヨンで描かれた

人物らしい幼子が描く類のえを目を細めてみる。



「髪が濃い黄色なのはおれでクリーム色の髪の長い女の人はエヴァだね。

茶色の髪は・・・・・・・ハインリッヒかな。小さい子供も描いてあるな。皇帝アレク

だろうか・・・・・・。まだ小さいのにうまいじゃないか。メックリンガーに見せたいな。

やはり画家に向いているかも知れぬ。おれが赤子のときはこれほどうまく人間を

描けなかったよ。すごいな。」



熱心に子供が描いた絵を見ている夫の姿を見つめるエヴァンゼリン。

フェリックスのことになると銀河帝国の国務尚書も甘い父親に変わる。



このときミッターマイヤー家のもう1人の同居人・ハインリッヒ・ランベルツは

近く行われる演習のため宇宙艦隊司令長官アウグスト・ザ厶エル・ワーレン元帥の

旗艦『火竜(サラマンドル)』に乗り込んでいた。





スケッチブックを閉じて妻に手渡す。



「そう。平和ならな。・・・・・・ビッテンフェルトの結婚も悪くないとは思うのだ。思うのだが

一度戦端が開かれればビッテンフェルトが選んだ、コーネリア・フィッツジラルド嬢は非常に辛い

立場になる。おそらくその若さでは想像もできないほど苦境に立たされるのは彼女であろうと

思うのだよ。エヴァ。それは忍びないことだ。」



ミッターマイヤーが悩むのはその点だった。

彼は人間を大事にする美徳を持っている。



軍務尚書であるミュラーがさきのオーベルシュタインのような合理的ではあるが

卑劣な手段に出るとは思わない。



だが同盟との一本の細い糸に若き女性がなってしまうことがどうにも

ミッターマイヤーには厳しいことのような気持ちがするのである。





「ウォルフ。あなた。」




エヴァンぜリンは今年は忙しい。夫のセーター、フェリックスのケープ、ハインリッヒの

セーターと編むものがいっぱいである。

けれど大事な家族だからエヴァには喜びに思えた。



「私、以前にも申しましたわね。私はあなたが偉くなるとおもって結婚を承諾したわけでは

ありませんよと。そのお嬢さんもそうなのではないでしょうか。」

淡い金髪の巻き毛が美しい妻がいった。



「私はあなたのお母様に引き取られてあなたの元で育ってきましたわ。

あなたが軍人になるということだけでもしも、と思いあなたの無事を眠らないで

祈りを捧げた夜も少なくありません。

それはあなたが軍人として任務についたときからです。そして今でもそうです。

あなたを心配しない日はないのですよ。

軍人と結婚するということはそういうことです。それは20歳の女性であれば

わかることだと思いますしわからなければならないことでもあります。」



やわらかい微笑を浮かべているがエヴァの言うことは真実である。



「それはそうだろうけれども・・・・・・。果してビッテンフェルトが選んだ女性が

それだけの覚悟をもって結婚に望もうとしているのかおれにはわからないな。」



それはそうですわと、エヴァンゼリン。



「ただウォルフ。ビッテンフェルト元帥はなんといいますか・・・・・・周りの人に恵まれる徳を

持ってらっしゃるように私は思います。元帥自身もひとを見る目をお持ちだとも。そんな元帥が

選んだ女性ですから私は大丈夫だと思われます。それほど気になるのであればウォルフ、

お会いになってみればいかがですの。そのフロイラインに。」



ミッターマイヤーは頭をかいていった。



「そんなに簡単にいかないよ。・・・・・・そこが頭痛の種なんだ。」

エヴァンゼリンは優しく微笑んだ。






実はこのエヴァンゼリン・ミッターマイヤーは気づかないふりをしていることがある。



夫にも内緒にしていること。

後ろめたい話ではないがまだ夫には話さないほうがよかろうと思う。

ビッテンフェルト元帥の結婚でも彼女の夫は途方に暮れている。





エヴァンゼリンは知っている。

ミュラー元帥がひそやかに慕っている女性の存在を。



しかもこちらの恋のほうが速やかにことが進まないであろう。

いや、進むことはないかもしれない。






ミュラー元帥の思い人はフレデリカ・グリーンヒル・ヤン未亡人であるからである。

以前会談で夫に同席してミュラー元帥の所作でそれを感じた。

エヴァンゼリンは鈍い女性ではない。

こちらの成行きの方がゆくゆく夫の頭を悩ませるに違いない。






だから彼女は知らないふりをする。 今は気づかないふりをする。






おそらくこのことをしっているのは聡明なる皇紀と、とうのヤン未亡人ではないであろうか。



聞けば会談終了後ヤン未亡人は一民間人として仕事を持ち、普通に暮らしているらしい。

その方がよいだろうとエヴァも思う。最愛の夫を亡くした女性には時間が必要だ。



「フロイライン・フィッツジラルドも戦争孤児だそうだ。養親は自由惑星同盟で医者をしている

女性らしい。名前を失念したが彼女も夫を戦争でなくしている・・・・・・。」



そのような背景があって・・・・・・。




「そのような背景があって果してその養親の女性もこの縁組に難色をしましはしないだろうか。

するのではないだろうか。」



いずれにせよとエヴァ。

夫のグレーの眸を見て。

「フロイライン・フィッツジラルドとはあなた、いずれお会いになるとよろしいと

思いますよ。ウォルフ。」



「ふむ。そういうことになるだろうか。いやなるだろうな。フロイライン・フィッツジラルドは

あちらのアッテンボロー首席外交官の知己のお嬢さんらしい。彼を通して会って

みることになるだろう・・・・・・。」








優しき妻は夫は、白ワインを味わいながらかけがえのない僚友であったオスカー・フォン・ロイエンタール

という男を思い出しながら心の中で相談しているのかもしれないと感じた。



「なにごとも、あなたのよろしいように。ウォルフ。あなたのなさることはおおむね間違いは

ありませんわ。あなたは人の思いも立場も大事になさる方。愛情も。ですから私あなたが

今でも好きですわ。」



妻の微笑みで苦労性になってしまった帝国国務尚書はすっかり安心するのだ・・・・・・。




by りょう

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