63・新しい世界



惑星・カプチュランカ。宇宙歴793年。帝国歴484年。

地下資源の豊富なこの星で帝国軍と同盟軍は幾多にわたる接触と戦闘を繰り返していた。

資源は戦争において重要な要素である。



ここでも一騎打ちの白兵戦が繰り広げられている。



彼女は後方勤務。しかい戦場に怪我人が出れば前線部隊に出動する。医者は怪我人や病人がいる

ところにこそ必要であり戦場であってもそれは例外ではなかった。指揮官が昏倒すれば代わりに人間

がいないとなると軍医は指揮もとらねばならない。26歳の彼女とて同じことである。

後方勤務ではあるが軍医には指揮能力や統率力も求められる。




彼は帝国軍中佐であった。

貴族勢力が圧倒的に強い当時の銀河帝国軍において並外れて優秀な男であった。

25歳で中佐。平民の息子でありながら彼はなんのコネクションも持たずに現在の

地位を手に入れた。実力だけで。

盟友のオスカー・フォン・ロイエンタールは彼よりひとつ年長でそして彼も貴族。

とはいえどもそれがどうという問題はなかった。ロイエンタールは貴族だから優秀なの

ではない。優秀だったから若くして中佐になっているのだ。

・・・・・それよりも。



目の前の敵をどうするか?

彼はそれを考えた。

隙がない。

なぜだ。どうみてもあれは戦闘員ではない。装甲服を着ているのではない。あれは気密服だろう。

しかしブラスターの腕は類い稀な使い手のようだ。踏み込めば今度こそ本当に撃ち殺される。

さっきはすんでのところで足を滑らせた。そのおかげで生きている。まともにたっていたら確実に

愛妻を未亡人にするところであった。

しかしあの人物を越えなければ。



ええい1人相手におれとしたことが何を手間取っている。




彼は、じりじりと間合いをつめようとする・・・・・・。



彼女は敵の装甲服の男はただ者ではないと直感した。



なぜ、さっきの射撃が命中しなかった?彼女は狙った的を外したことなどなかった。

なんという反射神経。

そしてなんという強運の持ち主・・・・・・ 間合いをつめようとしている。今度は外さない。

さっきは足を滑らせたのであろう。ここの土壌は滑りやすい。その運の強さは並ではない。

あの反射神経でトマホークではじかれればこちらは不利だ。

敵の男の顔面を撃ち抜くしかない。



またもや、医者の身でありながら、人を殺すのか・・・・・・。



「私は帝国軍中佐ウォルフガング・ミッターマイヤーだ。卿は敵ながらに敬服に値する射撃の

腕を持っていると見える。名を聞いておきたいところだ」




彼は流暢な叛乱軍語で言った。



「私はミキ・マクレイン大尉です。それ以上近づくと、私は確実にあなたを殺します。

ヘル・ミッターマイヤー」


ブラスターの照準を絞りながら彼女は帝国語で言った。



女か?なんということだ。

小さい身体をしているとおもったら。




「卿の射撃の腕はたしかなようだ。反乱軍では女性士官も前線で戦うのか。恐れ入った。

しかもこんな強者がいようとはな」




「私は軍医です。怪我人が出ればできる限りそこへはせ参じます。あなたが私の仕事を阻もう

というのならばあなたを殺さねばなりません」


「医者が人間を殺す、か。いやな時代にお互い生まれあわせたものだな・・・・・・。」



ミッターマイヤーはトマホークを握り替え確実に女性士官の銃を落とすべく間合いを詰めようとする。

ミキは今度こそ、いや彼女は射撃をはずしたことがないからこそミッターマイヤーを恐れた。

相手の硬質ガラスに照準を合わせた。

今度こそははずさない。引き金を絞るとすれば次にあの男が動いたそのときだ。



あとコンマ数秒遅ければ確実にどちらかが命を落としていたであろう。

声が聞こえた。




「ミキ・マクレイン!」

「ミッターマイヤー!」



互いに援軍が来たのだ。 ミッターマイヤーにはロイエンタール。

ミキにはシェーンコップ。

そしてそれぞれが率いる兵士達。これをしおにミキは背後の患者を片手で抱えて逃走した。




あれほど、恐ろしい思いを彼女はしたことがなかった。

あれほど、恐ろしい女を彼はしらなかった。




「どうなさいましたか。国務尚書?」

通信中ミッターマイヤーは過去の出来事を思い出していた。時折夢にまで見るあの過去。

氷の惑星での若かった時代の危機。あまりになまなましく思い出して手に汗がにじんでいた。

俺としたことが情けないことよとウォルフガング・ミッターマイヤー帝国主席元帥は表情を崩さぬ

まま通信での会談を続けた。

らちもない。

ミッターマイヤーともあろう男がと自分を叱咤した。



「いや、ヘル・アッテンボロー。そのフラウ・ミキ・マクレインという女性がフロイライン・

コーネリア・フィッツジラルドの保護者ということですね・・・・・・。婚姻に難色を示すのも

無理な話ではありますまい。実に良識ある回答です。そちらが困惑するのはもっともな

ことである。フラウ・マクレインは未亡人と聞くがやはり戦争で。」




画面のアッテンボローは少しけげんな顔で銀河帝国国務尚書の表情を見ていた。



「ええ。・・・・・・7年前に。もともとは彼女も軍人でしたが今では当時の経験を生かして仕事を

しています。つまり医者ですね。彼女は軍医でしたから。ビッテンフェルト元帥の人となりを

とやかく言うわけではないのです。とうのコーネリアは若いですし、その保護者である

マクレイン夫人が確実な答えを出しかねるのも仕方がないことなのです。」



運命とは残酷でしかし希有なものであり人知の及ばぬものであるとミッターマイヤーは考える。



今彼が生あるのもあのとき盟友が救出に赴いてくれたおかげであり 彼女に生あるのもまさに同じこと

である。 かつて戦ったしかも艦隊戦ではなく陸戦の一騎打ちで戦った人間といざ会うとするならば。




そして唯一、彼が心底怖れた兵士と会うならば。



自分は平気でいられるのであろうかとミッターマイヤーとあろう人物でさえ悩むのである。

かの恐ろしき名手とこんな形で出会うことになろうとは。



「ですがマクレイン夫人は相手が帝国元帥だからという理由だけで結婚には反対できないとも

いってます。本人同士はもう心は決めているようです。・・・・・・なかなか難しい話をビッテンフェルト

元帥も出してくれます。一個人の結婚ですが帝国元帥ともなれば・・・・・・しかも過去のいきさつを

鑑みれば政治に発展する話でこちらとしても答えを出せぬままです。フィッツジラルド嬢は

20才ながら見識や分別があるのでめったな行動を取りません。それは救いでした。」


「たしかに。けれど赤ん坊でもできてしまっていればまとまったかもしれない縁組ですな。

・・・・・・少し不謹慎だったかもしれない。埒のないことを申し上げた。」

ミッターマイヤーは非礼をわび、アッテンボローはいや、それもそうでしょうねという。



「・・・・・・時代が変わったということでしょうな。」

アッテンボローは呟いた。

そう。時代は変わっていく。 いつまでも過去を振り返ってもせんがない。



新しい世界。

ミッターマイヤーは覚悟した。

「ヘル・アッテンボロー。わが皇紀にお尋ねをしようと思います。こと政治に関すればなき

陛下以上の智謀の持ち主の皇紀であらせられます。その沙汰をまたあなたにご報告いたしましょう。

まとまればこれもよきことです。吉事には違いないですから。」



ええ。とアッテンボローも同意した。

「悪く考えればきりがありません。吉事であるには違いないのです。平和さえ継続する意志があり

実行する意欲があるのであれば。マクレイン夫人もそこはわかっておいでです。いたずらに不安

になっていたのはしばらくで近日は実際のところどう事を起こせばよいものかに心を砕いておいで

です。なきラインハルト皇帝陛下とヒルデガルド摂政皇后が民主共和の自治を約束してくださり

いまがあります。その時代を永らえるために小生なども働いております。ヤン・ウェンリーが遺した

ものを根たやさぬために・・・・・・。」




アッテンボローのひとを魅了するひととなりをミッターマイヤーは感じ取っていた。

「わが皇紀も慶事とお喜び遊ばすと存じ上げる。・・・・・・あまり思案に暮れると

アッテンボロー主席外交官殿は年を食いますよ。皇紀にご裁量いただき改めて

帝国元帥に恥じぬ婚姻の申し込みを後日させましょう。ひとたびこの話は私に

預けてください。」



ミッターマイヤーの言葉にアッテンボローは頷いた。

「よろしくお願いいたします。」



新しい時代。そして新しい世界。

くしくもこの縁談が平和をより強固にするものであってほしいと二人は思い、通信を終えた。




by りょう



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