60・長い夜 マダム・キャゼルヌは『ポプラン提督の作戦』に少し手を加えた。 ユリアン夫妻とフレデリカをキャゼルヌ宅で逗留させたのである。 「フレデリカさんもユリアンとカリンもうちにしばらく滞在すればいいん です。部屋の数はあるのだしその方がいいと思うんですの。つまりね。 ヤンさん流に言うと各個撃破されないように群れているのだって向こうに 思わせる効果があると思いません?それにねそうすれば我が家には イレーネさんだけじゃなく強い味方が2人も加わるでしょう。あなた。」 なるほど、と亭主。 ちなみに強い味方の内訳は1人は勿論ユリアンでもう1人はヤン夫人 だそうだ。フレデリカ・G・ヤンはブラスターの使い手でもある。 マダム・オルタンスの言うことには間違いがない。 にしても、と亭主。 「ポプランはやや物騒な男だ。仕事はちゃんとやり遂げるだろうが 何だかアッテンボローへの小細工がまともすぎておれは恐ろしいよ。 よかれとおもってあいつをアッテンボローの警護に付けたのだが かえって騒ぎが大きくなってしまっているような気がする。シェーン コップでも生きていてくれればすこしはましだったのだろうか。」 そう妻に愚痴る夫にオルタンスは言った。 「あの方もおそらく同じような作戦に出るのではないかしらね。およそ ポプランさんにしてもシェーンコップさんにしてもお祭りが好きで酔狂な かたがたですもの。大きな違いがあるとも思えませんわ。大丈夫ですよ。 あなたのような制服組ではできないことをポプランさんは請け負って くださっているんですもの。帳尻はきちんとつけてくださいますよ。」 絶句する夫。 オルタンスがブランディのたっぷりはいった紅茶を珍しく入れた。 「ポプランさんはいわばプロですわ。あの過酷な実戦で生き抜いた 人ですからね。あなた方官僚組はそれこそ祭りごとに集中なさったら いかがですか。もうじき、フェザーンヘ赴くのでしょう。そのために あなたもアッテンボローさんも生きているのですからしゃんとなさって くださいね。私たち・・・・・・」 私たち生き残った人間がそれぞれの使命を果たしていくことが亡く なったひとたちへの手向けになるのですからね。 そうマダム・キャゼルヌは付け加えた。 生きている人間が幸せになることで逝ってしまった人々を弔うことが できるのだと。 オルタンスはそういいおえて仕事の邪魔をしないように夫の書斎をあと にした。 春の訪れがすこしずつ、感じられる。 アッテンボローが狙われていないとしてもあの独身主義者で女性に縁が ないと思われていた奴にミキという恋人ができた。結婚に関しては二人とも 成人している大人であるから二人のスタンスに任せておこうとキャゼルヌは 多少歯がゆくても口出ししないことにしていた。なんにせよあの二人の 同棲は結婚が前提であると思われるから外野がこれ以上口を挟むすじでは なさそうだ。まずはめでたい。 今生きている自分たちがなんのために生きていくのか・・・・・・。 時折キャゼルヌは思い出したように紅茶を飲む。 珈琲党の彼はいつもはそれなのに今夜は紅茶を飲む。 勿論、ブランディはたっぷりと。 あのポプランがしくじることはないだろう。いみじくも空戦隊のエリートパイロット だった男である。しかも最多撃墜王。ブリュンヒルトの死闘でも生き残った強者で 運のある奴だ。 やや派手すぎるカムフラージュの爆弾や脅迫状にはこの際目もつむろう。 アッテンボローが無事なら問題はないしタイラー首席も今失うわけには いかない。それらの仕事はプロであるリンツやポプランに任せるとしよう。 そうキャゼルヌは紅茶を飲み干してティーカップに今度はたっぷりとブランディ を注いだ。 そして彼はこの長い夜に自分の仕事に没頭した。 アレックス・キャゼルヌはなんだかんだ言ってオルタンス・キャゼルヌの 一言で安心もし仕事にも励めるのである。 恐妻家といわれてもこの夫妻のこれが愛の形であった。 by りょう |