59・唇から愛
かの佳人、ミキ・マクレインの誕生日を 迎えるに当たってダスティ・アッテンボローも
うすらぼんやりと指をくわえて過ごしていたわけではない。
彼は自他とも認める恋愛音痴であった。そして女医のバースデーは思わせぶりな大晦日。
12月31日。
以前弾みでデートを申し込んだもののお互い忙しくてなかなか会う時間もなく。
肝心の彼女のバースデーに二人で過ごす申し込みをもう一度したかったが、今度はいつもの
快活な青年外交官の面影はなくてもじもじと33歳の青年が困った事態になっている。
あの時彼女が誕生日を一緒に過ごすと頷いてくれたのは今にして思うとただの社交辞令句では
なかったかと。
そんなシャイな心が邪魔をしていざ麗しの女医に出会ってもなかなかその一言がいえない。
本当に恋愛の初心者アッテンボローである。
士官候補生時代ガールフレンドはいた。
キスもしたしその先も終わっている。軍人時代ヤン艦隊にはいるまでに付き合った女性もいる。
けれどイゼルローンに彼が赴任すれば終わった関係。
一見シャープそうに見えてもこの青年
「あなたのバースデーを二人で祝いましょう」
その一言がいえぬままである。
彼女のバースデーは12月31日。
恋人同士がもしくは仲のよい夫婦がともに過ごすニュー・イヤー・イブ。年末の慌ただしさと
あいまって青年外交官は本当に彼女とデートができるのか時間をどう捻出するかさて、実際には
何かプレゼントを贈るべきだがそれには何がよいものかとも考えあぐねていた。
それを考える前にミキ・マクレインにもう一度、彼女のバースデイを一緒に二人きりで
過ごせないかと申し込むべきなのだが恋愛に臆病なアッテンボローは援軍が今回はまったくないため
一人もんもんと・・・・・・。
イエスといってもらえるのかノーといわれるのか。
もう立派な成人男性でありながら悩んで行動できないのが、恋。
そのうち外交官閣下も女医の方も12月は仕事に忙殺されバースデーだの浮ついたことも
いえない状況になっていた。ろくろく解決しないまま12月31日ミキと会う約束だけは
取り付けた。12月29日にやっと。
「あら。約束してましたよね。」と逆に女医は不思議そうに電話口でアッテンボローに聞き返した
ものであった。「は、はい。約束の確認です。」と苦しい言い訳をアッテンボローはした。
さて。今度は今度で。恋する男は、忙しい。
アッテンボローはコンピュータで料理の美味しい店を検索しつつああでもない、こうでもないと
頭を悩ませ。しかし12月29日からニュー・イヤー・イブの予約をとることはどだい、無理である。
どこも押さえられなかった。
ちょっとかっこうが悪い。
いくらなんでも、小学生のお約束でもあるまいに。余計、キャゼルヌにはいえない。
さらに女性に何を誕生日に贈るべきか散々悩みぬく。ともかく、デートの約束だけは
取り付けられた。
しかしながら後は秘書であるキャゼルヌに予算予算と追い立てられ会議、会議とアッテンボロー
は日々過ごしてしまった。キャゼルヌは二人が交際するのを喜ぶくせに年末の予算については
別人のようにうるさかった。仕方がない。金銭の算段が政治を動かす面は大きいしハイネセンには
経済が必要だ。経済を促すのにも、金が要る。やはり帝国に援助を受けることは必至なのだろうか。
自治というものの難しさに日夜頭を痛めていた。
そんな状態が年末続き。
だから肝心の当日青年外交官は悩んだ。店はどこも予約でいっぱい。
何せ新年を迎えるのだ。
辛気臭い普段、辛気臭いオールド・イヤーを払拭するためのニュー・イヤー。
みな街の中心の時計台の新年の鐘のカウントダウンを待っていてここぞと思うようなスポットなど
もはや彼には残されていなかった。
「まいったな」
仕方がなく青年外交官は女医に降伏宣言を出した。情けないが仕方ない。
「そんなこと気になさらなくてもよかったのに。」
「いやしかし大事なあなたの誕生日だし。プレゼントも 一応、用意しているんです」
12月31日。
医者に大晦日も新年もない。
彼女は約束の時間までには仕事は終えるといっていた。 しかし肝心の会う場所がない。
そのことも電話でアッテンボローはいった。
「そうでしょうね。大晦日ですもの。 私もお約束していながらぎりぎりまでは患者にかかりそう
なんです。ごめんなさい。閣下」
「いや、あなたの仕事は大事ですから」
アッテンボローの真面目な様子がビジフォンのモニタでわかる。
「私、閣下に会えるならどこでもいいんです。だから仕事を終えたら また電話します」
ん?
何か耳障りのよい言葉を聞いた気がするアッテンボロー。
女医は電話を切って、仕事に戻った。
これが夕方である。
実はプレゼントといってもあまり気が利いているとはいえない。 花束、赤い薔薇の花束と彼女の
好きな銘柄のシャンパン。 装飾品を贈りたいところではあったが彼女が恐縮するだろうと
今回はやめた。
何せ自分は恋人ではない。 指輪だのネックレスだのは特別な男から女性はもらいたいはずだと
アッテンボローは思っていた。 そして約束の時間。 午後7時。
「ごめんなさい、閣下。やはりこの騒ぎで、怪我人が出てしまって。 まだ抜けられそうも
ないんです。何だか、待っていただくなんて、悪いです。お時間を取らせては申し訳ないし
今回は・・・・・・。」
いや!
「いや、待ちます。待ちますから、存分に仕事をしてきてください」
アッテンボローは自宅で残念なようなしかし時間稼ぎができたような気持ちでその電話を
受け取った。 一人街を散策する。
戦争の傷痕が、徐々に消えていく。わずかずつでも 復興していくのだなと新年を迎える皆の
ほころんだ温かな笑顔を見ているとわずかに嬉しくなる。 レストランもカフェもバーも恋人同士、
友人同士、家族で溢れている。
午後10時迄探してみたがこれという店はなくて公園で温かい珈琲を売店で買って飲んで
いると着信。
「その公園だったら3分でいけます」
ミキはその言葉通り午後10時8分に、やっと アッテンボローと合流した。
「約束の時間よりも随分オーバーしてすみません」 ミキは平謝りし、
「あなたのバースデーに店のひとつも確保できなくて、 すみません」とアッテンボローは謝った。
公園の売店で、フィッシュアンドチップスを買いベンチを見つけて並んでぱくり。
売店で買った珈琲にミキが持ってきた小瓶の中のブランデーを 注いで暖をとった。
この当時の2人は言葉遣いは他人行儀ではあったが、 お互いの家に行き来もし三次元チェスなど
酒を挟んでさすくらいの仲にはなっていた。
恐ろしく彼女は三次元チェスが・・・・・・まずいのでアッテンボローが手加減する。
すると手加減をするなと彼女は笑いながら怒る。彼女は勝気なのだ。そこでどうすればチェスで勝てる
ようになるかを「アッテンボロー提督」が女医に教え、ミキはうむむと真剣に講義を賜る。その様子は
学生のごとくである。
そして彼女が料理を作ってなかよくたべて、またチェスの繰り返しである。けれど間に交わされる
会話を愉しんでいる二人、であった。懐かしい話題や生活や仕事の話を交わす。
周りの人間にお互い看過されているから波長が合う。楽しく会話が進む。そしてそこがアッテンボローの
家ならば彼が車で送る。酒を飲んでいても自動モードにして送り届ける。ミキの家ならば酔い覚ましと
称して歩いて帰る。二人の家の距離は数ブロックしかかわらないのである。
少なくとも親しい間柄ではあった。
寒空のもと。ベンチで仕事の話や最近のお互いの思っていたことを心いくまで話し込んだ。
実は、このベンチでさえも確保が難しかった。
この公園は街の小高いところに位置していて新年に打ち上げられる花火もここでならよく見えると
評判だった。 だから2人は寒かろうが案外適当な場所にいたのである。
恋人未満にふさわしい場所。
ミキは早速もらったシャンペンを空けてアッテンボローと 祝杯をあげた。
新年のお祝いでなく ミキ・マクレインの35歳のバースデーを祝って。
2人とも酒が好きなので酒を飲むのに理由は必要ない。口実がなくても酒が飲めればいい。
「お誕生日、おめでとう。ドクター」
ミキは35歳なんてまいったとこぼしていたが、アッテンボローは彼女がたとえ年老いても
おそらく美しい年齢を重ねていく女性だと賛辞ではなく真面目にいった。そう。きっと彼女はかわいい
おばあちゃんになる。そんな遠い未来までアッテンボローは思い浮かべた。
目の前のミキはやはり年齢不詳でとても自分より年上と思えないあどけない表情でシャンペンを
飲んでいる。・・・・・・かわいいひとだとつい思ってしまう。
新年へのカウントダウン。
さまざまなことがアッテンボローの頭によぎる。
彼女とであったのは9月。
秋の晴れやかな空と、花嫁以上にアッテンボローの心を動かしたのは彼女。初めて握った手は
少し荒れていてでも小さくて柔らかかった。小柄な彼女は横に並ぶと頭ひとつアッテンボローよりも低い。
座ってもたっても頭ひとつ彼女は低い。
その小さな体で過酷な仕事をこなしていると思うと、またひかれる。
確かに彼女と過去の話をするのは楽しい。けれど・・・
今後はできれば、未来の話もしてみたい。彼女との未来。
新年の鐘が鳴ったときには古来となりの異性にキスをしてもよいという習慣がある。
そうヤンにきいた記憶がある。・・・いや空戦隊のレディ・キラーか?それとも『薔薇の騎士連隊』
13代連隊長だったか。
新年が明けたら2人の関係はどうなるだろうか? 少しは自分がこの女性の大事なひとに
昇格することができるのであろうかとアッテンボローはカウントダウンの最中に隣の
女性を見つめた。彼女は街の夜景を見つめて時を刻んでいる。
いつも思う。
大きな瞳だなぁ。
何をいつも見つめているのだろうと。
黒い大きな瞳を持つ、となりの美貌の彼女。
鐘が鳴り響き花火が色鮮やかに打ち上げられる。
一生分の勇気を出してアッテンボローはミキの小さな淡い薔薇色のほほにキスをした。
・・・・・・人生でこれほどの勇気がいったことはない。
「今年も、よろしく。ドクター」
照れたアッテンボローはそういうのがやっとであった。
カイザーとの戦いでさえこれほど緊張したことはない。
ガイエスブルグがワープしたとき以上にアッテンボローの胸は心拍数が、高いはず。
そして、ミキは・・・・・・
「こちらこそ、よろしくお願いします。閣下」
そういうとアッテンボローの唇に、そっと接吻た。
次々と打ち上げられる花火の光のまばゆさと、鳴り響く新年の鐘。 あちこちで、歓呼の声。
ハッピー・ニュー・イヤー。
柔らかくて、少し甘い彼女の唇。これはさっきのシャンパンの味なのか彼女の味なのか。
アッテンボローの眸に映ったものは唇を離してにっこりと微笑む、ミキ・マクレイン。
いたずらっぽい笑みでもなく。やさしいかわいらしい微笑。
「あ、あの。」アッテンボローは何かしゃべろうとするけれど言葉にならない。いま、キスしたんだよな。
マウス・トゥ・マウスのキスだよな。頬でなく、額でもなく唇のキスだったよな・・・・・・。
そこにお約束。ミキの携帯に着信。
「ごめんなさい。閣下、やはり祭りに怪我人は付き物のようで・・・・・・」
女医を迎えに来た車は瞬く間にやってきて彼女はこの埋め合わせは今度といって車上のひととなった。
アッテンボローは、取り残されたものの・・・
気まぐれであったとしても今夜の出来事は一生忘れられないと一人呆然と公園にいた。
そんな新年。
・・・・・・さてどうなることやら。
by りょう
■小説目次■
|