58・セックスと純潔 「やっぱり赤かぁ・・・・・・」 イレーネ・コーネフは事務所の毛布にくるまりながら今回のアッテン ボロー暗殺計画阻止の経費を器用に小型端末で計算して終止決算 をだした。 赤字だ。 「わかっちゃいたのよね。この仕事をオリビエから持ちかけられたとき から。持ち出しになるだろうなということはわかってはいたのよ。 ハイネセンはなんせ自治を認められてはいるものの実質は敗戦国で 借金地獄だもん。ミスター・キャゼルヌもよくがんばってお金の算段を つけた方だと思う。・・・・・・しかしたりない。これは厳然たる事実だわ」 長い独り言を呟いてイレーネは自分の思考をまとめているようである。 まったく商売の下手な使えない相棒オリビエ・ポプランを恨む。 「オリビエに商売は向いてない。おじさまは旨く使えば少しは役に 立つといっていたけれど・・・・・・一体あの男をどう使えば金が はいるんだろう。今後の課題だわ。ああ。経済は難しい。」 ユリアンがきいたらおそらく腰を抜かすであろう。 ここフェザーンではかのオリビエ・ポプランでさえ金もうけに使えないか とわずか17歳の少女が頭を悩ましているのである。 「結局のところハイネセンにもなにか産業が必要なんじゃないかしら。 今までのように軍需ではなくて・・・・・・そうねぇ・・・・・・何がいいのかしら。」 可愛いイレーネが頭を悩ましているときにポプランはひまだといって 彼女に絡んできた。 「オリビエ。イゼルローンって太陽熱で自家栽培ができるシステムがあった わよね。野菜だの、畜産物だの作れるって兄から聞いた覚えがあるんだけど」 「そんなつまらんことはよく知ってるな。」 撃墜王殿はややご機嫌斜め。 そんなことはイレーネには関係ない。 「・・・・・・ロマンス以外は使えない男よね。オリビエって。」 32歳のポプランに17歳のイレーネ。 負けておりません。 「それがどうかしたのか」 ポプランは口を尖らせて言う。 「ハイネセンにある衛星で宇宙栽培できないかと思って。イゼルローンで できるならハイネセンでもできそうなんだけれどなと思ったの。・・・・・・明日 閣下に進言してみようかな。ハイネセンから金を搾り取るには産業が必要 だと思っているの。」 ・・・・・・。 「おまえさんは金もうけのことになるとやりてばばあだな」 事務所の椅子に座ってポプランは少女のすさまじい金銭欲に ある意味敬服した。 「赤字の原因を作っている人間からいわれたくないわ。ポプランさん。 今回の仕事これだけ赤なんだから。どうするつもり。」 と小型端末をポプランに見せた。 ポプランは複雑な顔をする。 美少女の悩みではないなと。 ポプランはこのいきのいい女性は好きだ。 といって見境なく手出しはしない。 特にイレーネ・コーネフ。 彼女とは仲のよかった僚友の兄妹で彼女が一番僚友に似ているせいも あってフランクに・・・・・・でも尊重して距離を保っている。 このオリビエ・ポプランさんがイレーネほどの美形を押し倒しも していないなんて。 これを純愛と呼ぶのではないだろうかと撃墜王殿は考えた。 そんな色気とは100万光年離れた位置にいるくだんの美少女は ソファで毛布に丸まってぶつぶつ呟いた。 「あー。ねよねよ。いくら計算したって金が増えるでなし。あたしは 寝るからオリビエは事務所をでていくときここの鍵締めていってね。 それからいらない電気も消していってちょうだい。じゃあ。おやすみ」 彼女なら、カリン以上のよいパイロットになれただろうな。 「はいはい。どうせおれは貧乏神でございます。ちゃんとしていく から安心して寝ろ」 言われるまでもなくもうすっかり眠りに落ちているイレーネ。 そういう呼吸すら亡き僚友を思わせる。 あいつも人の話を無視して眠る奴だった。 好きとも言えないまま、このままいくんだろうなと。 それもよしかと、ポプラン。 セックスで繋がらなくても、 なにかが通じればそれでいいかと。 宇宙のありとあらゆる美人とベッドで愉しむというのがポプランの ライフ・ワークであったけれど不可侵な女性も悲しいかな存在する。 イレーネ・コーネフに手を出してしまうと・・・・・・考えるだに 恐ろしい。 彼女のいとけない寝顔を眺めつつつい微笑むオリビエ・ポプラン。 彼女は不可侵。 しかしルールは破るためにもあるんだよなあと眠るイレーネを残して すべての電源を切って部屋をあとにした。 女は眠っているときは天使。 けれど起きているときは見事な小悪魔に変身する。 解決できぬジレンマを抱えながらもポプランは今夜は野獣にならないで 紳士的に独り寝を決め込んだ。 by りょう |