57・裸婦の肖像 帝都フェザーンの片隅にはさまざまなバーがある。 場末のバーの一軒に『裸婦の肖像』という店があった。 店には美人の姉妹がいる。 二人とも髪が黒く長く瞳の色もグリーンで・・・・・・どこかしら 魔女を思わせる妖しげな美しさを持っている。 妹はどこか上品で落ちぶれきってはいない。 孤高の美しさがある。 姉と名乗る女性は色香のただよう肢体と顔つきをしており これもまた高級な猫のようにしなやかでまたしたたかそうで あった。 名前は姉がリザといい妹はサンドラと名乗ったが 偽名であるであろうことは客でもわかる。 場末にありながらも『裸婦の肖像』は下品な客はとっとと追い出 された。 静かに酒を楽しむ男たちの安らぎの場所。儲けなど度外視して いるところがまた男たちを惹きつける。 けれど姉妹は二人とも婉然と微笑むだけである。 時折、エルフリーデは思う。 あの赤ん坊は無事に育っているだろうか・・・・・・。 きっと無事であろう。 あの男は最後の最後まで嫌な男であったに違いないが嘘を つくような卑劣漢ではなかった。 なぜあんな男の子供を自分のような高貴の身の女が産んだ のかはわからない。幾度も夜をともにした。 黒に近いダークブラウンの髪。 金銀妖瞳の高級な猫を思わせるつめたい眸。 オスカー・フォン・ロイエンタール。 髪を黒く染めて名前をかえてもエルフリーデには忘れられ ない男の一人になっていた。 覇者に反旗を翻した誇り高き男。 死が訪れるのを愉しんでいた・・・・・・男。 産みの母に呪われた生い立ちを持つ男の子供は・・・・・・ 幸せになれるであろうか。 捨ててしまった子なのに彼女の子宮が時々うずく。 自分は何かが崩壊しているのだとエリフリーデは実感していた。 男に体を奪われたときから。 男を愛したことは一度もない。 それでも抱かれた。 そして身ごもった。 いまわの際の男は・・・・・・赤子同様に無防備だった・・・・・・。 空しさがいまでも心にうずみ火のように残る。 ドミニクはエルフリーデよりも感傷的ではなかった。 ルパート・ケッセルリンクには同情はしたがその域を脱する ことはない。 彼の父親の方が印象があるが黒狐につきあうことに彼女は 内心うんざりしていた。ただ安楽な生活が保障されていた。 それだけである。 しいて言うなら縁(えにし)の深い男だったと思う。 今こうして奇縁で運命に翻弄された女たちは『裸婦の肖像』で 時をまっていた。 時が過ぎ去るのをまっていた。 彼女らは十分男という生き物にあいていた。 男の意地の汚さや欲にさげすみを持っていた。 同時にわずかな「同情」を持っていた。 黒いドレスを着て静かに酒を飲んで。 時が過ぎ去るのをまつ。 彼女らは未来など信じていない。 信じる力はすでになく日々漫然と生きる。 生き延びる。 男たちと人生を共有したいとは思わない。 今日があればそれでよかった。 誰もこの姉妹の出自を知らない。 それでよかった・・・・・・。 by りょう |