53・残酷な夢



頭をひねるのはアレックス・キャゼルヌである。



ミンチボールやチキンバスケットを売ってもよいと許可をしたがまさか死体の販売までしているやつが

いたとは・・・・・・。



これは彼の悪趣味ですぐに機能的な「優秀な頭脳」に切り替わった。実行委員の少年が顔を真っ青に

して事務所に駆け込んできた。

少年はしどろもどろだったがすぐにキャゼルヌを呼んだ。

ことの重大さを知りキャゼルヌを筆頭に数人の事務員がそのトイレの死体を検分しすぐさま憲兵隊を呼んだ。

幸いだったのは死体を発見したのが実行委員の生徒で機転を効かし、誰もトイレに入らないように「清掃中」

の札を出しておいたこと。

彼が死体を発見して学校側に報告するまで現場は保存されていたといってもよかった。

このトイレは教室に隣接して立てられているコンクリートの個室一室だけのトイレである。

士官学校は元は粗末な建物で建て増しや改築を繰り返しており屋外にもトイレが設置されている。

コンクリート造りで機密性にかけるのでにおいがこもりやすいから普段生徒が使うことは少ない。



士官候補生ではあるが新鮮な死体にお目にかかったことは初めてらしく気の毒な少年は相当吐いたようだ。

これからは、今以上のたくさんの死体をおがむ機会があるとキャゼルヌは心で毒づいた。



これでは文化祭どころではない。

キャゼルヌは学校長、事務長、局長、そして生徒会に文化祭の緊急の中止を申し入れた。



憲兵が来るのであるからしてしかるべき行動であった。やがて、憲兵隊が到着すると士官学校は門扉を

再び閉ざした。マクレインは文化祭の緊急停止を放送した。

そして、現在学内にいるものはそのままその位置で待機するようにと、穏便な言葉を付け加えた。



それでもこれが憲兵まで登場する一大事であると知れる。

お祭りを始めようとした途端にお祭り騒ぎどころではなくなってしまったのだ。



キャゼルヌは、まず各クラス・クラブの代表か文化祭実行委員を事務所に集めトイレで死体が発見された

簡単な事情を話す。それを各クラスの学生に報告し指令を待つようにと説明し解散させた。

ヤンのクラスでいうところのラップはこのとき初めて士官学校内で死体が発見されて現在憲兵が捜査中で

あると知った。そしてまるで伝令のように三々五々に、士官候補生がクラスや、所属クラブに戻っていく。

みな1、2年生は特に顔がいささか白い。



ダスティ・アッテンボローの表現を借りれば、「肝心のお祭りが始まった途端ふいになるとはこれでは湿った花火」

ではないかというところであろうか。後日彼はこのとき自分が当事者でなかったことを随分悔やんだ。

彼はジャーナリストの父をもつ。 彼自身もジャーナリスト志望であった。



「こんなことがこの士官学校で起こるなんて」

「殺人なのか」

「わからん、憲兵隊が来て捜査しているらしいから」

「でも、私たち、このまま待機しなくちゃ行けないの」



生徒達は不安のこえを洩らしている。無理もない。

このようなことは一人が殺人とでもほのめかせば噂が広がり尾ひれがついて、被害者は帝国軍のスパイ

だっただの、反政府主義者だっただのいい加減な情報となって散乱する。




ヤン達のクラスでも、ただジャン・ロベール・ラップが「南校舎の寮に近いコンクリートのトイレで死体が

発見されたので憲兵隊が来て今、見聞しているところだから文化祭を中止して各クラス生徒は待機すること」

と伝えただけだった。



しかし、死因もわからないのにもう殺人と決めてかかっているクラスメイトがほとんどでラップなら他に

何かをしっているのではと揚げ句にクラス中の人間が彼にたかった。彼がクラスの人間に開放される

までに優に30分はかかった。


「参ったよ。おれは伝えたこと以外事実を知らないのに」

「ご愁傷さま」



とヤンがねぎらう。喫茶店を模擬店にしていてよかったなと思う点は、

こうやって教室内に待機しなければならなくなっても紅茶が飲める点だ。


「ご苦労様。ジャン・ロベール。ねぇやっぱりJはこっちに帰ってこれないの」

「彼は大変だよ。学年代表だから事務所にずっと詰めている。まぁ多分今憲兵が初動捜査をしているから

現場の保存のためにおれたちは教室に待機しなくてはいけないのだと思う。文化祭に来た外部の人間は

とんだとばっちりだな」



ラップとミキが話をしている。彼女はラップにねぎらいの珈琲を注いできた。



「進展があればまたあなたも事務所に行くのね」

「多分ね。ありがとう珈琲。一息ついたよ」

彼女から珈琲を受け取り、美味しそうに飲む。

「現場保存にはどれくらいの時間がかかるだろう。予想がつかないな」

と、ヤンがつぶやく。

「よくわからないけれど午後まではきっと私たちここに待機ね」



ミキはジェシカがくる前でよかったとほっとしている。携帯ビジフォンで事件が発生したと電子メールを

送っておいた。彼女からも父親が学校に向かい、文化祭が中止になったことを知らされたとメールを

もらっている。



このとき憲兵隊の隊長としてグリーンヒル大佐があたった。現場には大佐を筆頭に多くの憲兵達がトイレの

現場を保存し何らかの遺留品や手がかりになるようなものをさがしていた。同時に文化祭に参加してきた

外部の人間達は連絡先と名前を記入させて、いったん帰した。



「どういうことだろうか。グリーンヒル大佐」

シトレ校長が質問しにきた。グリーンヒル大佐は居を正して敬礼した。なににつけ誠実で実直な40代になった

ばかりくらいの壮年である。良識派で、思慮深い人物といわれている。妻子をこの当時惑星エル・ファシルに

残し、一時的に憲兵隊隊長を勤めている。



いうまでもなくフレデリカ・グリーンヒル・ヤン夫人の父君にあたる。



「はい。現状としましてはこれは自然死とは言えません。遺体の頚部に索条痕がありますし、防御創もあります。

ネクタイのようなもので背後から締め上げ別の場所からここに運んできたものだと思われます。詳しいことは

解剖を待たねばなりませんが」



遺体の男性の首に紫色の痣がある。

担架に乗せられこれから解剖される男性は44、5歳くらいで落着いたライトグレーのスーツをきている。

しかし、彼自身はネクタイをしておらず衣服は上等であるが乱れている。肥満型の一見柔和そうな顔立ちを

した男。彼はストレッチャーに移され、国防軍立病院へ運ばれていった。



「現場の発見当時の写真です。このトイレは校舎とは少しはなれたところに設置してあり寮の近くです。

この付近では展示も模擬店もありませんでした。遺体はこのトイレの手洗いにうつぶせで転がって

おりました。」



グリーンヒル大佐の話だと遺体は死後4から6時間内であろうという。



「士官学校ではここ数日今日から開催される予定であった文化祭の準備で夜通しの作業も多かったようです。

キャゼルヌ大尉そうだったね。君がこの行事で学生を監督していたと聴いている」



グリーンヒル大佐に促されキャゼルヌがシトレ中将に説明した。

「はい。この一週間は夜9時までの作業は許しておりました。ただ2日前からは準備が整わないので、

一昨日は零時まで。昨日はクラスによっては零時を過ぎても作業が終わらなかったところもありました。

それに関しては学校側でも私を筆頭に事務員の士官が巡回して戸締まりなどを取り締まりました。

最終的に昨夜に関しては深夜2時には全教室、模擬店、講堂や特殊教室の戸締まりを完了しています。

これは警備員が確認しております。学生もこの時間までは一部を除いて寮に帰しました。入寮時刻はここに

ある通りです。この写しを大佐に提出しております」



シトレが物憂げに尋ねた。

「ふむ。一部の生徒を除いてというのは」

「生徒会の人間9名と、文化祭実行委員の学生、26名の合わせて35名が事務所の上にある会議室で

約10分ほどのミーティング。解散してすぐに寮に帰りました。それで大体深夜2時30分くらいにみな寮に

帰っていると確認もされています。それとは別に南門と北門に上級生が三人ずつ警備員とは別に門番の

当番をしています」

「すると41人か。随分多いな」

「はい。各クラスの代表が集まっておりましたから。模擬店を出店する大きなクラブの代表もです。専攻

過程の人間も合わせるとそのくらいの数になります」

キャゼルヌがその名簿を提出した。

「きみがいうなら間違いあるまい。キャゼルヌ事務次長」



シドニ・シトレは実に見識深い、同盟軍ではのちの重鎮である。

「これからの捜査はどうなるのかね?グリーンヒル大佐」

「はい、現在目撃証言を収集中です。しかし深夜のことでもありますし士官学校のまわりというのは

人目がありませんので難航するやもしれませんが必ずや犯人逮捕を致します。被害者の身元判明も

捜査中です」

「うむ、そうだな。まさかこんな場所で殺人事件が起こるとはな。是非とも全力を尽くしてくれたまえ。

グリーンヒル大佐」

大佐は敬礼した。そして、キャゼルヌを呼んだ。

「現場付近に立ち入れないように憲兵を配置しておく。まさかとは思うが学生の中で犯行を目撃してる

ものがいるやもしれぬ。これから各教室を回って憲兵が目撃証言をえたいと思うがどうだ」

「異存はありません」

「につき、きみが憲兵に同行してくれはしまいか。憲兵だけだと学生につまらぬ不安を抱かせてしまうやも

しれない。それに憲兵にはいえなくとも君や学校側に証言できるものがいるかもしれない。頼む。

昨夜の門番、生徒会役員、事務局員、警備員にはこちらから直接不審者を見ていないか確認をとる」

「了解しました」



キャゼルヌはもっともな判断だと同意した。






キャゼルヌに同行する憲兵隊員は士官学校時代の同期生であった。

レトー・ミルベール大尉。

「お前も大変な目に出くわしてしまったな。キャゼルヌ」

「こんなことは士官学校以来のことかも知れんなぁ。まわる教室は多いぞ。ミルベール」

「それは我々の仕事だからな。仕方ないさ。ではさっそく始めるか」

レトー・ミルベール大尉は、アレクサンド・ミルベール中将の息子でキャゼルヌとは旧知の仲だ。クリーム色の

髪にスミレ色の目をしている。彼がまた好男子であった。4歳年下の妹がいるがこの当時は彼女は首都

ハイネセン近郊の都市の女学校の寮に入っていた。キャゼルヌは彼女の存在は知っていたが名前も

顔もこの当時は知らない。



彼女はオルタンス・ミルベールという。



「なぁ、ミルベールよ。本当の殺害現場の見当はついているのかね?発見された場所が南校舎の男子

寮側のトイレだ。あの時間だし目撃証言がでるもんかね」

同窓の気安さで二人は話をした。

「ここの学校は地図で見るとおれたちがいたころと変わりはないようだな。多少改装はしてあるが、男子寮と

女子寮は校舎で南と北にわかれている。あの遺体が死後六時間として犯行が行われたのは深夜3時前後と

いうことになる。学生は寝ていただろうね」

「そうだな。試験前でもないのに徹夜をするほど酔狂な学生はおらんだろう」



キャゼルヌの口調がアイロニーに満ちていてもミルベールはキャゼルヌがこの事件を深刻にとらえていない

とは思わない。大体がこの調子の男なのだ。



「あの遺体にはほんの僅かに引きずった跡があるがどうも南側から学校に侵入している形跡がある。となると、

何かの目撃証言がえられるとしたら南校舎側の男子寮ということになる。遺体はあの通り肥満体だ。

担ぐには骨が折れる。まぁ複数犯ならば運搬は可能だがこの学校の警備員が3時から学校中を巡回警備

している。その時に南門・北門の門番がなにかを見ていると都合が良いがな。つまりは校舎の中に車両を

入れないかぎり北校舎がわから南側に遺体を運搬するのは難しいということだ。警備員が2時間おきに

巡回している士官学校で車両を入れての運搬は考えにくいというのがこちらの考えだ」

「なるほど。それは合点が行く話だな」と、キャゼルヌ。



「そうだ。ミルベール。各教室の学生に一々全てを話すわけでもないのならこれから事件の目撃証言を

聞き込みに行くことを放送であらかじめ伝えておいてはどうだろう。まずいだろうか」

「そうだな。おれの一存では決められないから今隊長に伺いを立てておくよ。ちょっと待っていてくれ」



ミルベールは腰が軽い。よく働くいい男だ。グリーンヒル大佐に駆け寄り概略を話すと踵を返して

キャゼルヌにオッケイの合図を出した。



「じゃぁ、そうしよう。その方が合理的だ」 二人は事務所のアナウンス室に入っていった。



『候補生諸君。事務局次長のキャゼルヌ大尉だ。静粛に聴いて欲しい。今朝、我が校で男性の死体が

発見された。現在憲兵隊が目撃証言を求めている。私と憲兵隊員がこれから各クラス、講座を巡回する。

事件に関する情報を求めに行くので速やかに協力されたい。賢明なる、国防軍立士官学校候補生である

諸君。けして騒ぎ立てぬように。巡回が終わり次第候補生諸君の待機を解くむねの放送をおってする。

以上』



ややいかめしい放送がなされた。



要するに軍人候補生なのだから殺人事件で度を見失うようなことはみっともないからやめてくれということを

いっているのだなと、ヤンは思った。客用に用意していた茶菓子を早々にクラスのものは手を出していた。

彼も紅茶とビスケットを一枚かじっていた。



そういえば・・・・・・


ヤンはラップの耳を引っ張り小声で聴いた。

「夕べ夜、お前さんが帰ってきたとき騒ぎ声を聴かなかったか」

「おれが帰ってきたときか?」

2人は小さな声で話した。

こんなことがまわりにもれ聞えるとさっきのような黒山の人だかりにもなりかねない。

ラップはこりている。

「いや。おれは夕べは随分疲れてしまっていたから。お前さんとひとことふたことと交わしたあとすぐ寝てしまった

んだ。まさかお前何か聴いたのか」

と、ラップに聴かれたがヤンは自分が聞いた物音、人の声は夢だったのかもしれないとも考えるようになった。

「聞いたような聞かなかったような。いささか自信がない」

ヤンはつぶやいた。

これは憲兵に言うよりも前にキャゼルヌに直接いったほうがいいかもしれないと彼は思った。

記憶が確かでないので確実な証拠とも思えないためだ。事実であったとしても事件とはなんの関係もない

ただの酔漢かもしれない。



「きたぞきたぞ」



クラスの一人がささやいた。憲兵とキャゼルヌの来訪を告げているのだろう。



にしてもまだ15、6歳の少年少女の集まりとはいっても子供っぽいものもいる。キャゼルヌの放送は意味が

あったのだろうかとヤンはつくづく思う。候補生たちはさっきまで騒いでいたくせに急に猫をかぶり座席に

着いた。とはいえ教室は文化祭の喫茶店の飾り付けをしているものだから座席の関係上、数人は起立した

ままであった。



「諸君、せっかくの文化祭だが仕方がない。放送した通り憲兵隊員のミルベール大尉に情報を持っている

ものは知らせて欲しい。このばでいえないものはあとで私にでも申し出て欲しい。何か情報はあるかな」



キャゼルヌは辛抱強い。

これを全クラスにふれまわっているのだから。ヤンにはとてもできない芸当だ。

彼は昨夜のことをいうかどうか迷った。確かなことでもないが万が一手がかりになるやも知れない情報だ。

しかしやはりこの場で言い出すのははばかられた。殺害時刻が絞られているならば有効な情報かどうかも

わかるがそこまでは一般の学生には知らせられないのであろう。



「昨夜とおっしゃいましたが、時間帯は何時ごろでしょうか」



一人のクラスメイトが尋ねた。ヤンはしめたと思った。

「君は何か心当たりがあるのかね?名前を教えてくれるかな」

ミルベール大尉が尋ねた。

「フランツ・ルイスといいます。ぼく、いえ小官は昨夜2時30分ごろに学校の外で人が騒いでいるのを耳に

しています。それだけです」


ヤンと、ラップは顔を見合わせた。

「君はそんな時間に何をしていたのだね」キャゼルヌが努めて優しい声で尋ねた。



「小官は眠れなかったのです。そのう、今日のことが気掛かりで興奮していたのかもしれません。落着か

なくて、本を読んでいたのです」



文化祭の喫茶店がそれほど人を興奮させるものかはわからぬがこれは先のヤンの証言と同じである。



「人が騒いでいたのだね?なにをはなしていたかわかるかな」ミルベールが聞いた。

「それがその話の中身までは聞えませんでした。酔っ払いの喧嘩かなと思っただけなんです」



そうか、ではやはりあれは夢ではなかったのだ。

ヤンも何かをいおうとすると、キャゼルヌとミルベールは詳しくはなしを聞かせて欲しいのでルイス候補生に、

一緒に事務所に来るようにいって立ち去ってしまった。



「どうして黙っていたのだ?ヤン」

ラップがチョンとヤンをつついた。

「挙手が間に合わなかったのだ」



本当である。

ラップは呆れた。
「お前さんらしい話だ」

「あとで、次長に話をしに行くさ」

ヤンは小声で言った。

「ちょっと、ヤン、どういうこと」

ミキがそれを小耳に挟んでいた。

「君は耳がいいんだな。レーダーのようだ」

「話をそらさないの」

彼女も小さな声になった。幸いクラスでは、先のルイスの証言にざわめいていた。

「あなたも聞いたの」

「うん。寝とぼけていたのかと思っていたのだが時間的にはあっている」

ミキは僅かに考えてヤンとラップの二人にしか聞えないようにいった。

「今朝、Jも同じことをいっていたわ。朝食の差し入れをしたときに聞いたの・・・・・・」

「そうなのかい?」

ヤンが尋ねた。

「Jとは一緒に帰ってきたんだがちょっと用がまだあるって部屋におれと同じ時間に帰ったわけじゃないんだ。

とするとこれだけの人間が聞いていれば南門の当番生がもしかすると見ているかもしれないな。どうだろ」

ささやくように3人で話しているとまたキャゼルヌの声が聞こえた。

放送である。




『候補生諸君。協力に感謝する。巡回は終わった。この放送をもって待機をとくが事件現場には憲兵隊員が

待機している。みだりに調査の邪魔をするような行動は慎んでくれることを懇願するものである。

文化祭は順延することとなる。今日は半日休日とするが明日からは通常授業となるので半日休日とはいえども

本日の外出は控えて欲しい。以上である』





「Jからメールよ。生徒会関係の人間は今日は事務所から出られないみたい」

ミキの携帯テレビ電話(ビジフォン)に3人で昼食をとっているときメール着信したようだ。

「かわいそう。ちゃんと食事、とっているのかしら」

「何も容疑者じゃないんだから、食事は食堂から届いているさ。多分文化祭のこともからんでいるので

でれないんだよ。きっと」

ヤンがいたわるようにいった。

ミキのこういう優しさが女の子らしいと思う。ラップもそうらしい。

「じゃあ、午後からおれも呼びだされるかもしれないな。文化祭実行委員だから」

「かもしれないな。どうせ私はあとで事務所に行くからミキが心配してたといってあげるよ」

「ありがとう、ヤン」

彼女は微笑んだ。やっと昼食のサンドイッチを口に運んだ。3人は食事を終えていつものようにお茶を

飲んでいた。食堂内は今朝の事件の話題で持ち切りであった。



「Jも聞いたといったね?ミキ」

食事が終わってからラップはこの話題に入った。

「ええそうよ。ルイスがいったことと同じだったと思うけれど」

「そうか同じ物音を聞いたんだな。それにしてもどうして学校のトイレなぞに」

ラップがこれともなしに呟いた。

「現場に死体を置いておけなかったからか現場がトイレなんだろうね」ヤンがいった。



それにたいしてラップが尋ねた。

「問題はそれなんだ。たとえばこれが殺人なら現場に死体を放置するほうが楽なはずだ。なのにわざわざ

こんな士官学校に運んできたメリットがまずわからない。猫や犬の死骸をほりこむのならいたずらとも

とれるが人間の死体なんて悪趣味極まると思わないか?ヤン」

「いずれにせよ、憲兵隊に任せるしかなかろう。私たちがいたずらに推理しても仕方がないさ」

確かにそうだとラップもミキも頷いた。

興味本位で憲兵の捜査を邪魔してはいけない。

役割というものはこういうときにあってしかるべきなのだと少なくともこの3人はこの時点では分別をもって

はなしていた。

ヤンと、ラップが午後、事務所に赴くまでは。



「お前さんも聞いていたのか。だったら何故、あの時いわなかったんだ」

事務所でキャゼルヌと話すと当然の言葉が返ってきた。

「次長達に発言しようと挙手する前に次長たちが退場されたのです」

「おやま。随分とろくさいやつだな。お前さんは。呆れるよ」

「すみませんね」

「うむ、まぁ・・・・・・ちょっとこっちに腰かけろや。ヤン。ラップも」

キャゼルヌは二人を事務所の隅のいくつかある部屋の中で小さな応接室に案内した。

「私たちは軟禁されるんですか」

ヤンが冗談を言う。

「ばかもの。冗談を言っている場合でもないのだ。お前さんらは口が堅いだろうな」

「どうしたんですか?いやに念を押しますね。おまけにこんな部屋に招き入れて」

ラップも気配がおかしいというような顔をした。



キャゼルヌの表情は、冗談ではすまないような雰囲気が漂っていた。

「私は口が重いですよ。で、どうしたのです。ただならない様子じゃありませんか」

ヤンも促した。



「ある意味ただならないことなのだ。実は被害者の身元がわかった。あの男はウラジミール・ロウという男でな。

フェザーンの商人だ。商人ということになっているが・・・・・・」

二人はキャゼルヌの苦悩の表情を読み取りだまって彼の次の言葉をまった。

彼も二人の少年も固唾を呑んだ。



「今、重要参考人にジョン・マクレインの名前があがっているのだ」



by りょう

■小説目次■