47・青空教室




彼女は、夫がふと笑みをこぼしたのに気がついた。

彼女の夫は温和な性質であったし、実に優しげに微笑む人間であるので

・・・・・・。



笑顔が特別珍しいのではない。

ユリアン・ミンツがくすっと笑った。

やさしい日差しの降り注ぐ二人の家のリビングルームで。



カーテローゼは洗濯物をたたみながら彼女の夫にその笑みの意味をきいた。


というのは夫がそういう笑みを浮かべるのは愉快な楽しい思い出を思いだした

ときが多い。



カリンは彼に現在と未来を生きてほしいとも思う。

しかしながらユリアンは彼の師父であるヤン・ウェンリーが亡くなったとき過去を

振り返る時間がなかった。




彼はあの時代十分、未来のために生きた。懸命に生き抜いた。



そして現在。

彼の時間は彼女と共有している。

彼の思い出は宝箱の中にあるだけでユリアン達は現在を生きている。




「ちょっと思い出したんだ」

「なぁに」

カリンはユリアンの思い出話を聞くのが嫌いではなかった。



多くは勿論ヤンと過ごした思い出が多いがユリアンは多くに人々に囲まれて

育ってきていて、カリンも知っている人の楽しく懐かしい逸話が聞けるので

ある。








「ポプラン中佐の『青空教室』だよ」



懐かしい、陽気で瀟洒なエース。

話はこうである。









「おい、ユリアン。おれは大概教練本だの教科書だのが嫌いだし今でも嫌いだ。

実際、敵を落とすのにも女を落とすのにも役に立たないからな。もっぱらおれは

お前さんにも教科書通りのことなんぞ教えたことはない。 ま、『オリビエ・ポプラン

の青空教室』、これが何と言っても役に立つ。そうだろう」


・・・・・・とりあえず、おっしゃる通りだとは思います、と聡い青年のユリアンは

答えた。

「だがな、そんな粗忽な教練本もまんざら悪いだけじゃない」

でしょうね、とユリアンはお師匠さまを軽んじないように相づちを打った。



撃墜王殿は活気あふれる緑の眸で話を続ける。実に快活で生のエナジーを感じ

させられる。青年はそんなポプラン中佐が大好きであった。







「空戦隊の歴史の教科書はひとつまともなことを書いてるんだぜ」

ユリアンはそうなんですかと尋ねる。いささか芸がないけれど反論する材料も

ない。



「おれは今もってそのページだけは切り抜いてる。 歴史上でもっとも尊敬に値

する人物がのってるんだぜ。みたいか」


と少年が答える前にレディ・キラーは懐からその切り抜きをご丁寧に取り出した。






「知ってるか。ユリアンよ。この勇ましき美人を。リー・アイファン。同盟きっての

女性スパルタニアンの撃墜王(エース)『サイレンの魔女』だ。パイロットスーツ

越しでもサイズがわかる。87・56・85。しかもこのオリエンタルな顔立ち。くぅ。彼女

がこの時代、この若さならまちがいなくお相手したい。これだけの美女でしかも

やり手ときたものだ。な、教科書もたまにはまともな写真を載せてる。彼女はな

噂によるとどうもよくない男に引っ掛かって残念ながら結婚して引退している。

全く遺憾だと思わんか。こういう美人が結婚なんて、はっきり言ってつまらないこと

この上ない」




2人の背後でせき払いが聞こえた。

ムライ参謀長。




このとき2人はただ単に風紀上好ましくない会話をしていたとみなされたから

我らが参謀長がせき払いをしたのだと思っていた。



だが今ユリアンは思いだしておかしがっている。










リー・アイファン・ムライ。

現在、ムライ令夫人。

参謀長のせき払いはもっともであった。




カリンは笑ってあの彼の明るい褐色の髪を思いだした。



フェザーンで別れて・・・・・・今ごろ宇宙海賊(スペース・パイレーツ)にでも

なっているのだろうか。果たして何をしているのやら。けれど。



きっと彼は元気で今の女性を口説いているに違いない。ユリアンもカリンも

そう思っていた。二人にとって大事な大事な友人であり、兄であるポプランと

いう男。




いつか会いたいねと2人は顔を見合わせて微笑んだ。

by りょう

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