46・何事も言葉で暴く必要はない




街のレストランにて。 青年外交官は席を立って乾杯の音頭をとった。

「リンツの次はスールだな。ミス・アンダースンとの結婚に乾杯」



スーン・スールは頭をかいた。 彼の結婚のお相手は元統合作戦本部付けの通信オペレーター少尉

マリア・アンダースン嬢。 元はスール自身長き間統合作戦本部付けの文官であった。 彼女ともこの当時

からのつきあいだったらしい。



だがカイザー・ラインハルト出兵時に宇宙司令官アレクサンドル・ビュコック元帥の副官に就任し

その令でイゼルローン要塞に赴任している。 あの時世である。ミス・アンダースンとは今生の別れと

思われた。




もう二度と生きてであうことはないと二人は覚悟した。



現にスールはヤン・ウェンリー暗殺事件の渦中にいて唯一の生存者であった。

死線をさまよった彼はどんな思いを抱えて生き抜こうとしたのであろう。人徳にも優れた才のある

上官に死に遅れた自分と嘆いていた時代もあった。彼にとって生きることはふがいないことでしかなく

2人の上官に死に別れて悲嘆にくれる彼をアッテンボローやキャゼルヌ、ユリアンが力づけ彼は今

有能な事務官になった。




そしてハイネセンヘ還ったときに生きているミス・アンダースンと再会して夫婦になることを誓った。

ミス・アンダースンはスールの心の傷を包み込んだ。

二人は、再びであえたことを本当に心から幸せに思っている。



すばらしい。

生きてこそ。生きてこそ、スールは心の安らぎをえることができた。



「こうしてみると、誰もがドラマの主人公のようだな。 生きていてよかった。いやめでたい」

キャゼルヌが祝福した。 ラオや職場の友人達も口々にスールを祝い、冷やかした。



結婚式は3ヶ月後だという。リンツの挙式の数週間後であった。この結婚式にも、皆参加して仲間の門出を

祝うことになっている。今夜はその前祝いである。 スールの隣には、ミス・アンダースンが寄り添っている。

彼女は現在の外交官事務所の女性事務員の一人である。



会食が和やかに済むと、青年外交官は、彼の年長の秘書に


「おい、ちょっとつきあえ」と、呼び出され行きつけのバーに足を運んだ。



「なんですか?呼出されるほど、なんか悪いことしましたっけ」

「すっとぼけるんじゃない。ユリアン、リンツ、スール。 それぞれ、前向きに第二の人生を歩もうとしている。

で、お前さんはどうなんだ」


「限りなく前向きに生きてるじゃないですか?」

「ああ一人でな」

「ええ。一人で。なにか悪いですか?」



あのな、とキャゼルヌ。

「ミキ・マクレインと昔の思い出話をさせるために、おれたちは引合わせたんじゃないぞ。お前達、仲はいい

らしいが、いったい結婚だとかそういう話は出ないのか?もう知りあって、3ヶ月は経つだろう」


「でませんよ」

「でも、頻繁にあっているらしいじゃないか」

「それはね。そうですけれど」

「身を固めようとか思わないのか」



あのね、とアッテンボロー。



「おれたちは友人なんです。恋愛とかそういうのが入る余地があるのか、おれがしりたいですよ」

「お前、ミキが好きじゃないのか?」

「私は好きですよ」

「なら、告白しろ」

「いやです」

「なんでいやなんだ?」

「いまの友人関係が壊れるのがいやなんです」

「・・・・・・お前は、ティーンエイジャーか?」



キャゼルヌは呆れた。 本当にシャルロットのほうがまだ進歩的に思える。

最近よくクラスメイトの少年・・・ウィル・メイヤーというおとなしいが利発な少年を連れてくる。

シャルロットに言わせるとなんとまあ周囲から二人は公認のカップルと言われているとか。

近頃の子供はませている。幸いまだキスもしていない仲なのでキャゼルヌは一安心である。

悪い少年ではない。

むしろキャゼルヌの話をよく聞くなかなかいい少年であるが・・・。

シャルロットにはまだ早すぎるのではないかとキャゼルヌはオルタンスに言う。



つまり、公認するには早いといいたいわけだ。まだ十代で色恋沙汰は早いといいたい父親である。




けれどオルタンスはメイヤー少年をひいきする。



勉強もよくできて、本もよく読み、穏やかな気質で実に素直な少年だから、シャルロットのような

おしゃまな娘にはとてもよい縁組だと恐ろしいことを言う。



父親にとって恐ろしいことを。



あなたは。



「あなたはユリアンにシャルロットを嫁に出すといって、本当はそんな気持ちはなかったのでしょう。

ヤンさんをからかう口実に、しゃれでユリアンの嫁にシャルロットをなどと、楽しんでおっしゃっていた

んですよ。ユリアンが年上だから安心していらしたんです。きっとユリアンがもっと歳の近い女性を選ぶに

違いないって思っていたのですわ。ところが、ウィルはシャルロットと同い年だから、本当に嫁に出す

羽目になるのではないかと冷や汗をかいているのでしょ。でも、私はウィルのような男の子をシャルロットが

選んだのを安心しています。ウィルはシャルロットを悲しませるようなことをしない少年ですもの。

このままウィルとお付き合いしてシャルロットが落ち着けば私は素敵だと思っていますよ。あんなやさしくて、

頭のよい息子ができればいいじゃありませんの」



こんな調子だ。


すぐに帰宅したい気持ちになれないキャゼルヌである。



「私たちはいま現在、いいつき合いができてるんです。多分。おれはドクターが好きですけれどいま性急に

ことを急いだところでいい結果が出るとは思いません」




「なんだ?楽観主義のアッテンボローらしくないな」

「ライバルの存在が大きすぎますよ」

アッテンボローは、ウィスキーのロックをおかわりした。

「ライバル?まさかJ・マクレインのことを言っているのか?」

キャゼルヌは尋ねた。

「それもあります」

アッテンボローは言った。

「死者には勝てませんからね」



それともう一つ。

「それと、彼女の仕事です」

「医者と外交官が結婚してはいけないのか?」

「彼女は言ってましたよ。『私はJと死別してから 医師という仕事と結婚した』ってね」



考えてもみてくださいと、アッテンボロー。

「彼女は軍医を辞めてから、どれだけの患者と対峙していると思います?ハイネセンはクーデターと

帝国軍の来襲、反乱、レジスタンスの繰り返しで、戦場以上の地獄絵巻だったと。その中を彼女は奔走

していたんですよ。まともな物資もないまま。政府も軍も彼女に協力してくれはしなかった。彼女の戦争は

まだ、終わっていないんです・・・・・・力になりたいとは思います。だからこそ彼女の邪魔はできません。」




戦後のいま、ミキ・マクレインはただの女医ではなかった。 いわば共和政府の医療の核(コア)であった。



「そういう女性がわざわざ結婚を選ぶでしょうかね。おれには聞く勇気もないです。・・・・・・彼女は我々以上に

世の中で必要な人材です。いま彼女にあえるだけでも俺は・・・・・・いいと思います。結婚という形式にこだわる

理由がないんです。」




クーデターでミキは親友・ジェシカ・エドワーズを失い、そして多くの民間人の死に様を見た。

『オーベルシュタインの草刈り』では、実父が瀕死の重傷を負った。

それゆえにいま彼女は助けられる命を救うのに自分の命を使っている。



3杯目のウィスキーを注文したアッテンボローにキャゼルヌが言った。




「彼女の生き方は、立派だと思う。思うさ。だがなアッテンボロー。お前にしろミキにしろひとりの人間だ。

おたがい愛情を持っているかも知れないのにこのままでいいというのは少し悲しい話じゃないか」




そうかも知れない。



けれども、急ぎたくない。 アッテンボローは思う。



自分がミキ・マクレインに恋慕以上の感情を抱きはじめていることも十分彼は自覚していたしいずれは

彼女を支えられるような人間でありたいとも思っている。



ただいまはまだ時期が早いように思われてならないのだ。



それはアッテンボローが恋愛に対しておくてでもあることも関係していたが全ての答えを今すぐ出すのに

2人とも若くなかった。

そして抱えているものも大きかった。




やれやれとキャゼルヌはしぶしぶ納得した。


縁というものは考えあぐねたところでどうにかなるものではない。シャルロットはユリアンを兄以上に

見た覚えもなく今はウィル少年と父親の書斎で本ばかり読んでいるとか。

シャルロットは愚かな娘ではないが読書よりもおしゃれをすることが好きな少女だったのに。

ボーイフレンドと哲学書や政治経済の本を読んでいるという。なんてこった。

ユリアンとカリンはであった当初の険悪な空気はどこへやらで、執筆を続けるユリアンをあのシェーンコップの

娘がいとおしく見つめているとか。



ヤンにめあわせたフレデリカだけはキャゼルヌがにんまりするほどよい縁組だったと思っている。

ミキとアッテンボローも悪い線はいっていないはずだと思ったが。




それでも、今後もこの2人の縁組を当分見守っていこうと思っていた。




キャゼルヌにはジョン・マクレインという男が今後もミキが未亡人でいることを望んだとは思えなかった。

仕事と結婚した人生だけに身を投じてほしいと望んでいないように 思えるのである。



それはキャゼルヌが、ジョンという男を知っているからだ。ジョンはミキが幸せでいることを、常に望んでいた。



ミキ次第だな。

年長の秘書は、3杯目のロックを飲み干した。そして年少の上司を促して帰路についた。



by りょう

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