42・カルネデアスの板
アッテンボローとミキはやはり同じ空気を持っていた。
むかしばなしも多くしたが、お互いの仕事の話や恋愛事情(これはアッテンボロー姑息に自分の
気持ちを表さないように必死である)
さまざな話をときにミキの手料理を食べながらときに2人で酒を飲みながら、語りあう。
彼女は酒で崩れたりする女性ではなかったし、自分の量を心得ている。
しかしいまだに彼らは、『閣下』『ドクター』と呼び合うにとどまる。
これではシャルロット以下であるとキャゼルヌなどは思うのである。
その日2人は大型の新しいショッピングモールを探索していた。
2人とも忙しい人種だしデートは何故か食料品の買いだしになることも多い。
「先生」
懐かしい声に振り向いてミキはいった。
「リンツ。おひさしぶり。珍しいわね。買い物でもきたの。」
相変らずひどいひとだと肩をそびやかす。
「個展をね、ここのモールの一画でしているんです。招待状出したでしょうに。
薄情ですね。ってアッテンボロー提督・・・・・・とご一緒だったので。」
端正な顔立ちの、もと薔薇の騎士連隊第14代連隊長のカスパー・リンツが驚いていった。
あの、ミキ・マクレインが男連れ?しかもあの、ダスティ・アッテンボロー?
彼は噴き出すのを堪えた。
「というか戦友なのにおれには挨拶なしかよ?久しぶりだな。個展か。すごいじゃないか」
三人は建物のホールにはいって話をした。
「昔の仲間に絵を見られるのは恥ずかしいじゃないですか。まだヒヨコですからね。この分野では」
麦わらを脱色したような髪をもつ、カスパー・リンツはアッテンボローに言い訳した。
「じゃぁ、今から見に行きましょう」
ミキがにっこりとほほえんで言う。
「忘れてたくせに都合がいいですねぇ。先生?冷たい人だな。」
「昔の仲間ってドクターには招待状ありで、おれたちにはなしか?お前こそ冷たいやつだ。」
エントランスの人込みで背の高い2人に挟まれて背の低いミキはともかく
今から絵を見せてもらいましょうといい中央のエレベーターのほうへ視線を向けた
その時。
動くなという声と銃声。そしてどよめき。
人込みの中央には3人の男が覆面をして一人の老人を人質にしている。
3人は軍用拳銃をもちその銃口のひとつは確実に小太りの老女の頭に突きつけられている。
残りは他をけん制しているようだ。
「閣下、警察に連絡を。リンツ、いくわよ」
やれやれ、とリンツ。
彼ら薔薇の騎士連隊がミキ・マクレインを敬愛するのはこの即戦力である。
変わらないものだと彼は思った。
「では提督、ちょっと運動をしてきますよ」
そうリンツに言われてアッテンボローは何故、ドクター・ミキ・マクレインが渦中に
飛び込んだのか謎であったし気がかりだったが通報をすることも忘れなかった。
通報を終えて人の山をかき分け犯人達の見える位置をアッテンボローは何とか確保する。
「人質の交代?」
犯人グループの一人がヒステリックに怒鳴った。
「そうです。そのご夫人では交渉成立して逃走というときにあなたがたの動きに
ついていけるでしょうか?私は医者です。そして健康で武器のひとつも持ちません。
私なら逃走のときに人質として有効だと思うのです。どうですか?」
彼女は犯人たちと交渉をしている。彼は、腕に抱えている人質の老女と、
小柄な医者の身体を見比べた。
リンツなどはペテンだと笑いを堪えている。
「しかし何故人質になりたがる?死ぬかも知れないぞ?」
「私は医者です。目の前に救える命があるなら救いたい。それだけです。
それともあなたがたはそのご夫人を連れて逃走なさいますか?
もし途中夫人が亡くなればあなた方は強盗罪から第1級殺人罪で手配されます。
それでよいならこれ以上は言いません」
三人は相談して、女医が人質に替わることを認めた。
イッツ・ショウ・タイム。
何故、薔薇の騎士連隊の第13代連隊長がミキ・マクレインを女性として
扱わなかったのかこのときはじめてアッテンボローはわかった。
人質の老婦人が小柄な(明らかにこれに騙されている)女医が両手を上げて、
近寄り彼女が人質になると無事民間人に保護された。
リンツが多くのやじ馬から犠牲が出ないように誘導している。
それを確認すると彼女の独り舞台が始まる。
彼女をとらえている腕を逆手にかえして見事な背負い投げをし、故意にもう一人の
犯人の方に投げ飛ばす。
大の男が宙に浮かんで、沈む。
これで2丁の拳銃は今のところ封じ込めることができる。
三人目が拳銃を構えた瞬間にミキはすばやく体勢を低くしてその男の足を払った。
そこで男は転び3つめの銃を制した。
彼女はその拳銃をころんだ男の手首を思いきり踏みつけてひとつの拳銃を確保した。
先に処理した2人のうちの一人が拳銃を構えたときにはミキの拳銃のほうが先に発砲され、
男の拳銃をはじき飛ばした。
手首を踏まれた男が彼女を羽交い締めしようとしたが彼女はその前にその腕をつかんで、
みぞおちに強烈なブローをお見舞いする。
更にその腕を握りかえし彼女の細い右手一本で、男を一人ひねりあげて地面にたたきつけた。
「あ。骨を砕いちゃった。」
しかしそういいおえる前に彼女は背後の気配を察知し振り向きもしないまま、
彼女を狙う銃をまたも確保した彼女の拳銃で、撃ち抜いた。
そして最後の一人が飛び掛かってきたところ延髄を回し蹴りして
三人の強盗未遂犯を捕まえたのである。
「相変わらず気持ちの良い戦いっぷりですね先生。ほれぼれします」
かえって過剰防衛されたような犯人達をリンツがひとりずつ男たちが持っていたロープや
ベルトで捕縛していく。
「何よ。手伝いもしないで。シェーンコップもあなたもちっとも女性に優しくない。」
ミキは、文句をいった。
「いや、先生のおやつをとってはいけないと思いまして」
「別に好きでやっているんじゃないわよ」
「わかります。脊髄反射というやつですね」
リンツは悪びれずに言う。
「危なくなったら手助けでもしようと思いましたが100年の恋もさめるような見事な格闘ぶりに
感嘆していたんです」
言いたいようにいってくれちゃってとミキはアッテンボローに視線を移して、
やっと少し顔を赤らめた。
アッテンボローがミキの言う通りに早くに通報したので警察がモールに
なだれ込んできて犯人を逮捕していく。
「あのとき」
え?とミキが聞き返した。
「いやあのときどうして後ろからの発砲がわかったんですか?
ドクターは振り向くまもなくしとめている」
「音、です。私すごく耳がよいらしくて・・・・・・。」
ミキはアッテンボローの顔を見た。
怒っているような、困っているような顔をしている・・・・・・。
「どうして、危ないまねをなさるんですか。カルネデアスの板でもあるまいに。
あなたは自分を犠牲にしてまで人を助けようとなさっているのですか?万が一、
・・・・・・何かあったら危ないではないですか」
後ろで2人の会話を聞いているリンツは、ほうとひとつ感心している。。
「カルネデアスの板って・・・・・・私は全員助けるつもりです。私自分を殺すのも
人を殺すのもいやです。これ以上・・・・・・。」
カルネデアスの板。
海で遭難したとき一枚の板を2人でつかまる。
しかし2人では、重くて浮力が足りずに沈んでしまう。
だからこの場合その板を自ら手放すことも他人から奪い取っても
罪にはならないという古代の地球での逸話である。
「・・・・・・ともかく、あまり危ないことはしないでください。」
アッテンボローは困ったようにしかし、言った。
そして自分で言っていて何を言っているのだろうと思う。
何の権限があって偉そうにいっているのだ?と彼は自嘲した。
「・・・・・・わかりました」
うつむいてしょげたように女医がぽつんといった。
こんなことをいわれたのは何年ぶりだろう。
抑圧でもなく彼女の命をおもんばかっての言葉。
素直に彼女の心に刺さった。
リンツは2人を見ていてさて、華燭の典はいつであろうかと想像した。
何せ、あのミキ・マクレインが男に頭を下げている。
生きていると面白いことに遭遇するものだ。
あのミキ・マクレインと独身主義をきどったもと青年提督がお互い、
てれてうつむいている。
面白い光景じゃないか。
100年の恋もさめない奇特な男がここにいるようだし。
そうリンツなどは思うのであった。
by りょう
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