37・見えないもの

とある一室にて。



「閣下を狙撃した犯人の検挙は簡単だったんですが、腑に

落ちないことがありましてね。犯人が自殺しました」




麦わらを脱色したような髪を持つ現警察隊顧問カスパー・リンツ

がアレックス・キャゼルヌとオリビエ・ポプランに言った。










「つまりあのとき本当にダスティ・アッテンボローを殺そうと思えば

できたのですよ。死なばもろとも、という覚悟があの男にあれば

閣下を狙撃するのでなく閣下の車に自分の車に爆弾を積んで玉砕で

確実ではありませんか。現に閣下は狙撃されましたがなんとか

後遺症も残らないで後数日で退院できるでしょう・・・・・・」




オリビエ・ポプランはきらりと緑の瞳を揺らめかして言った。

「確かにその方法で来られちゃいくらおれが宇宙で一番優秀な

ボディガードでも厄介だな。好みの方法じゃない」


口調は冗談にみちていたが彼は真剣だった。

キャゼルヌはリンツに尋ねた。


「結局、何が言いたい?リンツ?遠慮なく言え」



じゃあと現時点で防御指揮官として陣頭に立つリンツは忌憚なく話す

という。


「『ダスティ・アッテンボローは政権を狙っている』と言う噂がまん延

しているとご存知でしたか。キャゼルヌ秘書官」


「ああ、噂は耳にしている。本人が聞けばうんざりするようなデマゴーグ

だがな。まさかそれが」

キャゼルヌは眉をひそめた。







「あのひとは33歳。人望もあり帝国軍の覚えもめでたい。政界進出を

もくろんでいると考えられても仕方がないでしょう。本人にそんな野心が

ないことは昔の仲間は知っていますが残念ながら閣下の周りは昔からの

知己ばかりというわけにはいきませんからね。本当に閣下を排除する

動きがあるならば今後はますます大がかりな手に出てくるはずです。

太古の昔、JFK暗殺のリー・ハーベイ・オズワルドを連想しましたよ。

オズワルドは実行犯だとその当時の政府に逮捕されていますが実際のところ

ケネディを殺したのはマフィア説もあればときの諜報機関という説もあります。

それと同じで閣下を狙撃した男も何らかの組織のいわばスケイプ・ゴート

ってところですね・・・・・・」




「生け贄の羊か。では、犯人は、他にいると?」

キャゼルヌもリンツが言うことは十分予測していた。

黒幕はいる、と。






アッテンボローはヤン艦隊で懐刀(ふところがたな)的な存在でもあったし、

いまだ同盟軍が存在していれば彼はまちがいなく30代で元帥閣下という

階級を手に入れたに違いない人物である。



明敏さは有名であったしイゼルローン共和政府の・・・・・・つまり現同盟

政府の苗床の黒幕であったことで彼の政治進出は大きな関心をひいて

いたのは事実である。










しかし当のアッテンボローはヤンを支持していた通りで『軍人が政治に

介入するのはよしとしない』と決めていた。

外交官という職務も辞退したかったのだがこの数年だけは帝国軍との

交渉人、ネゴシエイターとして現政府が彼の実績を必要としたのである。



アッテンボロー自身は野に下がってジャーナリズムの仕事に就く

のが3年後の構想であった。

3年あれば、後の人材にバトンを託すことができるだろうと彼は踏んで

いるのである。







「そんな閣下をよろしく思わないってのは、何か陰謀を感じるな」

それはお前の願望じゃないのか?と、キャゼルヌはポプランの言葉に

対して言った。


「見えない何かが蠢動しているかも知れませんよ。あながち脅しじゃ

ありません。キャゼルヌ秘書官」


リンツが言った。






アッテンボローが政権を握ったとしてそれに反対する勢力とは・・・・・・。

これに対しては誰もが口をつぐんだ。







誰だ?



地球教はもはや存在しない。

帝国は問題にならない。

なぜならば圧倒的武力を誇る帝国がアッテンボローごとき

眉ひとつ上げる必要はない。






となると同じ同盟政府内の派閥によるものなのか・・・・・・。

迂闊なことは言えない。



キャゼルヌはひとつひとつ考えた。

タイラー首席はまずアッテンボローを排除するなど夢にも思わない

はずである。

彼はトリューニヒトとは違う。

むしろタイラー自身も権力を好まないのはキャゼルヌがよくしっている。






さて、どの勢力だ?


誰がアッテンボローを排除すれば利益を得る?






「目に見えないもの・・・・・・か。確かに厄介だぞ。撃墜王」

キャゼルヌはポプランに頼んだ。頼むしかできない。

「穢い仕事は慣れてますからね。任されましょう。おっと地獄の

シェーンコップの親父の言葉がうつっちまった。ともかく・・・・・・」







暗躍しているのは、何だ?

見えないものが忍び寄っている。



by りょう

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