33・秘密基地




今は昔。

「折角のニュー・イヤー・イブを大尉のような色気もかわいげの欠片ない女性と

過ごさねばならないのだろう?いったいなんの悪業だか。我ながらあきれますな」




惑星カプチュランカの基地にて薔薇の騎士連隊小隊長であるワルター・フォン・シェーンコップ中尉は

不敵にいってのけた。いや、いちいち「不敵」だの「不遜」だのくっつける必要はない。彼はだいたい存在

そのもの倣岸で、泰然としている。



とミキ・マクレインは思う。




「日ごろの行いの悪さから出た結果だわ。おとなしくしてなさい」

「小うるさい大尉殿だな」



「理由をもう一度、言ってあげましょう。シェーンコップ中尉。あなたたちが惑星探査で奇妙な

ウィルスを基地に持ち帰ってきた。それだけよ。あなたのラブ・アフェアの邪魔をする気は私には

ありませんからね。医療班は保菌者を基地内で保護しないわけにはいかないの。あなたがたが

そんな不明な菌を基地内に込んだりしなければ私だって新年の休暇を取れたかもしれないわ。

あなたは、そうね・・・そうでなければ今ごろ、あなたの気に入るような美人ときっと楽しい大晦日が

過ごせたでしょう。さて、フォン・シェーンコップ中尉。これではあなたの日頃の行いについて

私が云々言いたくなるのは仕方がないのではないかしら。速やかに反論があればいいなさい。」




ミキ・マクレイン大尉はしかめつらしい対ウィルス防御服を着込んでヘルメットをかぶっている。

ヘルメットも目の辺りだけがかろうじて見えるが宇宙服や装甲服並みにいかめしい。黄色の防御服。

昔のソリビジョンさながらのコスチューム。



これでは。



これではいくらミキ・マクレインが美しくてもちっとも目の保養にならぬ。つまらぬことこの上ない。







「大尉の見事なプロポーションも拝謁できません。愉快じゃない」

シェーンコップは言った。

「あなた方には気の毒だけれど私までが感染する訳にいかないの。幸いだったのは

致死率の低いウィルスだってことね」




宇宙歴789/12/31。

特別任務で、地質調査に赴いた調査班と護衛についたシェーンコップ中尉の

率いた小隊が、基地に帰ってきた3日前つまり、12/29。



その中の26人が原因不明の発熱と嘔吐下痢の症状を訴えた。



そこで緊急に医療班が検査、結果この星特有の風土病のウィルスが何らかの接触で

感染したと判明。新種ウィルスと思われ二次感染を防ぐために発病した26人以外にも調査団と

薔薇の騎士連隊小連隊全員を特別病棟に隔離。隔離された全員の血液からウィルスが

検出された。



ゆえに、暫定的な隔離から長期隔離となったのである。



「やれやれ。厄介なことになったものだ。何とかしてくれ。M・マクレイン大尉」

「だからこうやって医療班で善処しているでしょう。えらそうに言わないで。大きな図体して

小言を言うのはおよしなさい。シェーンコップ中尉。」

「特効薬とか、ワクチンとかそういう気の利いたものはないんですか」

カスパー・リンツも保菌者である。

「ワクチンにしても血清にしても宿主を特定できなければつくれないわ。だからシェーンコップ中尉。

大きな口をたたいてないでさっさと腕を出して。血液を採るから」



階級はミキ・マクレインのほうが上なのだがシェーンコップ中尉は階級などにとらわれず気心

知れた女医には言いたい放題である。

「言っておくが宿主は俺じゃないと思うぞ。M。」

女性士官は大きな注射器に多くの血を採取してにっこりと微笑んだ。・・・・・・と思われる。

顔がよく見えないが瞳が笑っている。

「私もそう思うわ。フォン・シェーンコップ」




「命に別条がないということはわかっている。それが救いさ。死なないなら万々歳じゃないか。

誕生日おめでとう。」

Jと呼ばれる森のくまさんのような男がでてきて鼻歌を歌っている。



「誕生日?」シェーンコップはわからない。

そもそもジョン・マクレインは風変わりな男だ。わかるはずがない。常識人に見えてじつは

大胆で的確な治療をするこの男。ときどき風変わりなことを口にする。一般人ではよく

わからない。



ジョン・マクレイン大尉は隔離されてやや不機嫌なシェーンコップに話をした。

ジョン・マクレインの温厚そうな柔らかい声は医者にもってこいだとシェーンコップは思う。



だがしかし。

隔離されただけでなくしこたま血を採られたことにやや不満がある。



シェーンコップは美人は好きだ。

しかもいきのよい美人などは嫌ったことはない。しかしミキ・マクレインだけはどうも

好きになれない。これだけの美貌をもちながら惜しいことだと常々思う。




シェーンコップ中尉のように保菌者で発病していない兵士も隔離病棟・『秘密基地』

(薔薇の騎士連隊小隊長による命名)に他の兵士と隔離されて、すでに3日たっている。




「このまま新年を迎えるなんて情けない」

シェーンコップ中尉が言うと、

「私も涙が出そうよ。ほんと。医者って大変。早く軍医なんてやめたい気持ち。」

「じゃあうちの連隊に特別に入隊してその膂力を生かせば・・・・・・。」

ミキの言葉にシェーンコップは誘いをかけてみる。

「絶対だめ。うちの父は怒ると恐いんだから。軍医以外の軍務になどついたら叱られるわ。」

「そんないい素質を持っているのに。だいたいリー・アイファンの娘ってだけで特別じゃないか。

よく空戦部隊に行けといわれなかったな。伝説の史上最多女性撃墜王の娘だろ。医者としてより

はるかに空戦、陸戦でお前さんはやっていけるはずだ。」

初陣の戦いをシェーンコップは知っているから彼女の戦力が医療に使われるのは惜しい気が

する。医者に変わりはいる。けれど自分と並びうる戦いの才能の持ち主はそういない。


「うちの父は堅苦しい司令部勤務。秩序を乱すことが嫌いなの。」

ミキは自分の父親の顔を思い出した。「うちの父は小うるさいのよ。」



姉弟げんかだな・・・。リンツは思う。

狭い基地内で小競り合いはやめてくださいといつもこの二人のたわいもないもめ事を抑えるのは、

リンツ少尉。ジョン・マクレインはそんな2人を気にもかけずに仕事にご精励。




「ドクター・J・マクレイン大尉。我々は、このまま新年を明かすんでしょうか?」

シェーンコップ中尉は亭主の方に病気のことを尋ねた。

「この星にはそもそもウィルスが繁殖しにくいんだ。温度が低い氷の星だからね。なのに君たちは

何かからかウィルスを持って帰ってきた。宿主の特定に手間取ってしまっているんだよ。

このウィルス自体、致死率は低い。けれども免疫低下している兵士や女性士官に感染して

しまったら。残念だけれど新年はここで迎えることになると思うよ。中尉・・・・・・。僕らと一緒にね。」




やれやれ、とシェーンコップ。

「仕方がない。腰を据えるとしようか。『秘密基地』で新年・・・興ざめだ」

「本当、どなたのおかげなのかしら」

「そんなに喜ばなくていいぞ。M」

「・・・・・・殴るわよ。平手じゃないほうで。」

「暴力は好きじゃないな。」

「あんたとはいつか決着をつけなくちゃいけないわね。ワルター・フォン・シェーンコップ。」


「いいぞ。トマホークでもナイフでも射撃でも。決着をつけようじゃないか。」



「妬かないんですか?ミキ先生とうちの中尉殿は仲がよすぎますよ」

カスパー・リンツ准尉は言った。

「妬く必要はないよ。」


ジョンは点滴パックをもみながらすばやく取り替えている。

「余裕ですね。夫婦の仲がよろしいことで。」

「いや、そういうのではないな・・・・・・。」



ほうとシェーンコップは淡い金褐色の髪をしたやや小太りの温和な人物を見た。

彼はかなり優秀な軍医であったがさらに磨きがかかっている。ジョン・マクレイン大尉は

優秀な軍医だった。どんなときも楽観的でいうことにジョークがあった。しかし薄っぺらな

人間ではない。とにかく頭が切れる。単細胞なミキがこの男を心から愛しているのは

はたが見てもよくわかる。



そして美貌のミキ・マクレインがほかの男に目もくれないのはジョン・マクレインの安定した

情緒、性質によるものであると周囲は納得する。若いが権威主義でもなくリベラルな人物。




「では、どういうことで?ミキ・マクレイン大尉はあなた以外の男になびかない

確信をお持ちですか。」


シェーンコップは面白くなさそうに意地悪く言ってみた。閉じ込められて

不機嫌なのである。




違うよ。中尉。

「僕が彼女を好きな気持ちは変わらないということさ。中尉。それで生きてるうちは十分だろ」




こうも穏やかに愛情を語られるとシェーンコップは口をヘの字にしてしまう。



自称・若く情熱とロマンの固まりである25歳の彼は年少のジョン・マクレインのこの落ち着きに

感心させられることが多い。よい男ぶりをしているわけではないジョン・マクレインだが数多くの

ロマンスの花を咲かせているワルター・フォン・シェーンコップを黙らせてしまう不可侵な説得力を持つ。



下卑な見方をすればジョン・マクレインは女を知らないでミキと結婚して浮気ひとつしない。

それほどもてたとも思えない。そして今後も、妻を裏切ることはない。

なんと珍しい男だろうとシェーンコップは思う。



「中尉も結婚してみればわかるかもしれないよ。誰か一人の女性と結婚生活を送ってみるのも

なかなか波乱万丈でいいよ。うちは毎日・・・・・・騒がしいんだ。彼女は静かじゃないからね。

黙らせるのは難しいよ。それもまた愉快なりさ。」

ジョンは作業の手を休めず淡々と微笑んでいった。多分微笑んでいるはず。

ヘルメットでよくわからない。

「小官のがらではありませんな。愛妻家役はあなたに一任しましょう」

ミキ・マクレインは稀有の女性で、それはジョン・マクレインという稀有の男を伴侶としたからで

あるといえる。



いくらミキ・マクレインがいい女だとしても



彼女だけで人生を終えるにはもったいない気持ちがする。

と、25歳のシェーンコップは考える。

それにJに魅力のかけらもなければミキを寝取る気にもなるがJはつまらない男ではない。

これだけ機知に富み徳のある人間もいまい。



新年まで、後30分。


この後ジョンは上官に呼ばれた。



「宿主が特定できればいいのだが。こんな氷の惑星でも生きることができて人体にも進入できる

厄介なウィルスか。物騒だよ。ラボにいってくる。ハッピー・ハロウィンだ。」



意味不明の言葉を残してジョン・マクレインは隔離病棟の患者をミキにまかせて

研究室に出向いた。

「大体、いつも騒ぎの元はあなた達なのよ」


ミキは、シェーンコップに言った。



「折角の22歳の誕生日を邪魔してってところですかな。M・マクレイン大尉。あなたとしては

愉快じゃないでしょうな」

「あら。知ってたの?フォン・シェーンコップ」

「伊達に色事に通じているわけじゃないんでね」

「さすがに色男は違うのね。おみそれしたわ。そうよ。花の22歳。こんな格好でやさぐれた

男たちに囲まれて。幸せな限り」

ミキは小さく笑った。



ま、ミキ・マクレインはジョン・マクレインにとってはかなりよい女だろう。美人で才気あふれ料理の

腕もよく夫をこよなく大事にしている。

お互い幸運だったわけだとシェーンコップは思う。




「誕生日が秘密基地、とはお気の毒ですな。うるわしの大尉殿」

「慰めていただかなくて結構よ。ハンサムな中尉さん」



シェーンコップとミキのやり取りにリンツが呟いた。



「そうか・・・12/31が先生の誕生日なんですね」


「そうだ。気を利かして今後は何かプレゼントでも用意しておくんだな。女を喜ばせたいなら

記念日は忘れてはいかん」


シェーンコップが言うと、リンツは考えた。



「プレゼントにウィルスを。語呂が悪い」


そうリンツはぼそっと言った。

「ウィルスの抗体さえ見つかればあなた達をこの『秘密基地』から開放できると思うわ。

元気だし。発症の様子もないしね。めでたい新年が迎えられるでしょう。少なくとも戦闘中

ではないわけだし。まだ、平和よ」


点滴の装置を他の衛生兵とともに準備しているミキは言った。

ともかく脱水状態だけは防がないといけない。シェーンコップなどは頑丈だからいいが

調査班の兵士は熱を出し食べ物を受け付けないものもいる。



栄養点滴を手配する。



無論、『薔薇の騎士連隊』の連中はもりもり通常食を食べている。

「まぁ、そう考えるがよかろうな」


シェーンコップは、同意した。



これでいい。

殺し合いをしながら、年を越すのは喜ばしくない。

そこにジョン・マクレイン大尉が研究室から戻ってきた。



「宿主が見つかって今ワクチンを培養している。ミキもラボで手伝ってくれないか。愛してるよ奥さん。

ハッピーバースデー。」

ジョンは防御服のヘルメット越しにミキに頭突きを食らわせている。キスのつもりらしい。

「いたい。J。」

「愛情は時に痛みがあるもの。さて、ばんばんワクチンを作るぞ。今夜は夜通しだ。

つくってつくってつくりまくるんだ。」



ミキが返事をしようとしたときに、新年の時を告げる鐘の音が聞えた。

勿論、放送であるが。




ハッピー・ニュー・イヤー。



薔薇の騎士連隊小隊を初めとする発症していなかった兵士達がワクチン投与12時間後

『秘密基地』を後にする。調査団が持ち帰った鉱物に付着した惑星の土にウィルスは

繁殖していた。永久凍土と思われているこの惑星でまったく思いもよらなかったが

鉱物を地面深くから掘り出した際に繁殖していた模様。




「だから土いじりは嫌いなんだ。俺は長生きをするつもりだが年を取ったとしてもにわいじり

なんぞ真っ平ごめんだ」

シェーンコップは言った。



「まだまだ人類は何も知らない赤子のごときだよ。本当に危険レベルの低いものでよかった。

君また命拾いをしたね。」

ジョン・マクレインは防御服を脱いでいつもの制服の美しい彼の妻と新たな新年を迎えるべく

兵舎へかえっていった。




今は昔。 幸せだったころの、 懐かしい新年。

もう帰らない、思い出の、なつかしき新年。



by りょう


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