偶然も重なれば、必然。
その日、久々の休日の午後を持て余し夕方になってやっと夜食の材料を買いに出かけた
青年外交官と
これまた滅多にない休日に一気に家事をこなしてこの先一週間の食事の材料の買い物に
でかけた女医が
同じ街のストアで出会うのは、さほど不思議ではない。
そして旧知の話題におよび、人懐こく面倒見の良い女医が
青年外交官を自宅の夕食に招くのもちっとも彼女にとっては驚くべきことではない。
なぜなら、彼女は彼の友人知己に今までさんざんご馳走してきたのだから。
だが青年外交官のほうは、緊張。
そんな心をできるだけ隠して・・・・・・。
「では、お言葉に甘えます。ドクター。」
と言うのがやっとであった。恋に聡くないアッテンボロー青年外交官殿である。
「今日やっと掃除ができたんです。お恥ずかしい話ですけど。おかけになって
待ってください。お酒は召し上がるならそのキャビネットのものをご自由に。
薔薇の騎士連隊の連中は遠慮なく飲みますよ。閣下も遠慮する義理はありません。
私はかまわないで台所仕事をしますから。」
女医は仕事の時とはがらりと違う朗らかさで青年外交官をリビングのソファに座らせ、
さっさと珈琲を入れて出し、(それはかなり美味い珈琲であった)自分はキッチンの冷蔵庫に
買った食材をしまい込む。勿論酒のグラスも氷もすぐに出した。
今日の彼女はノースリーブのトップとジーンズ。
小柄だが、腰が高い位置にありしかも女性らしいライン。
じつに素晴らしいスタイルの持ち主であることを改めて青年外交官を驚かせた。
正直な感想、綺麗な身体をしてるなと彼は思ったがちょっと不埒なので
よこしまな感情を頭から追いだそうと彼は一生懸命であった。
あんまり彼女を見ないでおこうと思うけれど、きれいなものは惹きつけられる。
美人としか言いようがない。
「お肉の詰め物とパスタ。それとインゲンのサラダ。パンは家で焼いたものなんですけれど・・・・・・。
で、赤ワイン。閣下、お食事の用意ができましたよ。」
女医は楽しそうに言う。
青年外交官は、自分の先輩であり秘書でもあるアレックス・キャゼルヌが
前にいったことを思い出した。
この女医は料理が上手であると。
テーブルには魔法のように料理がセッティングされており招かれるまま
彼は食卓についた。
「すごいですね。手間がかかっていそうな料理で・・・・・・私のような独り身の男は、
こんな夕食レストランかキャゼルヌ宅じゃないと食べれませんよ。」
正直にアッテンボローは言うけれど、女医は微笑むだけ。
「ありがとうございます。でもちゃんと味を確認してから褒めていただいたほうが
嬉しいです。閣下。召し上がってください。」
彼は料理を行儀良く食べてはじめて彼本来の笑みで、美味しいといった。
彼女も笑った。
彼女の肩にかかる柔らかそうな髪。黒くて艶がある。そして大きな黒い眸。
かわいらしい顔が微笑む。どうしても年上に思えないかわいらしさで目のやり場に
困る青年外交官殿である。
・・・・・・さっきから気になるのが・・・・・・胸を飾るプラチナのネックレスの
ペンダントトップ。
あれは結婚指輪だろう。
彼は思った。
二つの結婚指輪。ひとつは彼女のもの。
もうひとつは戦死したというご主人のものだろう、そう青年外交官は思った。
視線に気づいて女医は言った。
「これ、普段は人目に触れないようにしているんです。いつまでも7年前に亡くなった
ひとの遺品を身につけているなんて過去を引きずっているようでしょう。
それに外科執刀もしますからマリッジリングを指にしていてもすぐに外さないと
いけないんです。こうしてチェーンにかけておけば外してもなくしにくいし。
Jもいきている間はこうして首にかけてくれていたんです・・・・・・。
でもこれって過去を引きずっているって見えますよね。ちょっと違うんですけれど。」
彼女の笑顔はとても、まぶしい。魅力的だ。
でも、青年外交官は、やはりこの女性を好きになっては良くない、そう判じた。
美しくて優しく、生活能力もある文句はない女性・・・・・・いやそれ以上に
惹かれるものはあるが今でもなくなった夫を思っている女性に手を出しては
いけない気がした。
死んだ人にかなわない。
なぜならそのひとは美しい思い出に変わっているから・・・・・・である。
今ならまだ、友人の知人。
それでいいじゃないか。ダスティ・アッテンボロー。
そう彼は心でつぶやいた。
「ご主人は、確か第6次イゼルローン要塞攻略戦で戦死されたと伺っています。」
目の前の女性は小さな身体に似付かわしいおう盛な食欲で、自分が作った
夕食を楽しんでいた。
「ええ。あのひとと私、同じ艦に乗っていたんですけれど彼はこの星に戻って死にました。
祖国であのひとを見送ることができたので私は悔やんでいません・・・・・・。」
彼女は毅然と。だが穏やかにいった。
「そうですか・・・・・・。」
女医は黙っていた。何も言う必要はない。
『駆逐艦エルムIII号』で、夫は中破したブロックから怪我をした戦闘員を批難させるべく
患者を輸送している最中に、二次災害で爆風で飛ばされ脳を破損したこと。
そして、それが後に彼を死に至らせたこと。
そして、その駆逐艦『エルムIII号』には艦長の名前にダスティ・アッテンボロー少佐という
名前があったことを。
夫を亡くしたときのことは今でも鮮明に覚えている。
2人には子供はなかった。
2人とも、子供は望んでいたが調べると夫の精子が圧倒的に少ないことで
自然受精が不可能であることを結婚7年にして知った。
ミキは子供がどうしてもほしければ養子をもらってもいいではないかと
夫を責めることなどしなかった。
夫も、はじめはいつもの快活な彼に戻るまでに時間がかかったが
第6次イゼルローン要塞攻略戦が終わったら養子をもらう申請をしようと妻に言った。
優しい微笑みでいっていた。
『ヤン・ウェンリーのところのユリアン少年に負けないような
かわいい子供を養子に迎えよう。紅茶をうまく入れれるように
僕が師範代になる。君は料理は上手だけれど紅茶の味は・・・・・・。』
妻をからかいながらも夫がまじめだったのは、わかる。
だから彼女は夫の死後、父方の遠縁で孤児になってしまった少女を
養女に迎えている。
コーネリア・フィッツジラルド。
今では彼女も20歳になり看護士としてミキの病院で働いている。
養女といってもほんの子供の時にミキは養育しているが看護学校の寮に入っていたうえ
今はちかくに家を借りて暮らしている。
コーネリアが独り暮らしをすると言い出したのはユリアンたちが結婚をすると聞いてからだった。
三人は年齢が近かったしユリアンとは幼なじみのようなものである。
「先生、みんな前を向いて歩いているんですよ。先生だって新しい恋人の1人や2人は作らないと。
そのためには私、独り暮らしをはじめたいんです。貯金も貯まったし。」
コーネリアは身持ちの悪い少女ではないし20歳の社会で働いている女性ならば
一人で独立して暮らしたいというのは不思議なことでもない。
2人で暮らしているとついミキが家事など全てしてしまうのでコーネリアは、料理が苦手であった。
これは確かに良いことではないと近くというのを条件にして良い物件があったので
今は独り暮らしをしている。
そんな話を女医は青年外交官に話すと彼は面白そうに聞いていた。
「じゃあスールの盲腸の時のプラチナブロンドの看護士はドクターの娘さんなんですか。」
「ええ。トラバース法関係なく私の戸籍にはいっているんです。でももう彼女は立派な成人
ですけれどね。ユリアンとは少し仲がいいんですよ。同い年ですから。」
本当に自分以外のヤン幕僚はみなドクターを知っていて、
自分一人がこの女性の存在を知らなかったのだとアッテンボローは
ちょっと残念な気持ちになる。
しかし、たとえ過去に出会えていたとしても、自分の片思いで終わっていただろうと考える。
彼女の胸元を飾る、二つの結婚指輪。
自分は今まで独身でいきていこうとなんとなく吹聴してきた。
そして恋愛も煩わしいとも思っていた。
ただ、恋愛感情というものは自分が思いもよらない程、根が深いときがある。
恋をしても愛情を注いでも彼女はきっと夫を忘れることはない。
わかっていてそれでも彼女とまた会えないだろうか今日のような偶然が
起こらないだろうかと青年外交官はひそかに待っている。
これは恋だろうなぁ。
アッテンボローは認めざるをえなかった。
美味しい料理と、楽しい会話。
自分はいつ、彼女に振り返ってもらえるだろうか。
自信のない恋愛に珍しく堕ちてしまった彼であった。
偶然を必然にかえるうまい方法はないかと、彼は今後悩むことになる。
by りょう
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