27・きみのてのひらにキス 帝国との交渉は日々繰り替えされアッテンボローもタイラー 主席に同席したキャゼルヌも弱冠疲れの色が見えた。 元々アッテンボローは軍人だったしいくら政治的感性がある程度 水準以上であっても慣れぬ会議で当人はそれなりに疲労した。 帝国軍と前線で戦ってきて戦後正式に暫定で「外務事務官」に就任し 外交を務めてきていたがバーラト星域の産業復興に関してのさしたる 具体策があっても資金もなければ帝国からの賛同もまだえられては いない。 しかし、帳尻を合わせるために引き受けた仕事である。 投げ出すわけにはいかなかった。 一方。 交渉が長引くことを見越してミキは養女のコーネリアをフェザーンに そうそうに呼び寄せていた。エヴァンゼリン・ミッターマイヤー元帥夫人 もコーネリア・フィッツジラルドをあたたかく歓迎してくれ帝国流儀の作 法や料理などを丁寧に教示してくれていた。 「フロイライン・フィッツジラルドは品がお有りだし心根も美しいし。 ビッテンフェルト元帥の花嫁として何の問題もありません。」 クリーム色の髪とすみれ色の眸を持つ可憐な国務尚書夫人は 太鼓判をおした。 アッテンボローは招待されたホテルに疲れて帰ってきて愛妻と 食事をして風呂にはいるのが楽しみ。 疲れて彼が妻と浴室にはいると癒される。 しかしふと目につくのが彼女の背中の傷。 「いつだったか被弾したわね。もう覚えてないわ。汚い傷でしょう」 ミキは気にしたがアッテンボローは違う次元で不満であった。 というか憤りを覚えるのだった。 「可哀想に。こんなきれいな肌に傷をつけられて。」 憮然として言う夫の言葉にミキは笑うしかない。 かつては宇宙で艦隊を指揮して多くの敵を死にいたらしめた 男がいう言葉ではないと思うからだ。 けれども、 妻としては嬉しい。 「君の背中を洗っていると幸せだ」 アッテンボローはこのころになるとやや鼻歌交じりになる。 機嫌がよくなることは事実のようである。 けれども随分疲れている様子もミキにはわかった。 「会議は思わしくないの。ダーリン・ダスティ。」 小首をかしげて小さなかわいらしい顔を夫に向けてミキは言う。 「・・・・・・そうでもないけれどね。やはり難しい。政治屋は難しいな。」 アッテンボローは薄く微笑んだ。 バスタブでの至福のとき。 宇宙で一番愛する女性と素肌で触れあう幸せな時間。 彼女の華奢な少しだけ薬液で荒れた手を見る。 ミキの左手薬指にはまだ指輪がない。 これはいいことではない。 そう彼は思うようになった。 彼女はまがいもなくアッテンボローの令夫人である。 まだ彼女のご両親にも挨拶していない。 様々なことにかこつけて大事なことをなおざりにしている気持ちになる。 「ミキ」 アッテンボローは妻の左手をとり、まじまじと見つめた。 ・・・・・・見つめたところでサイズがわからない。 手のひらや指を大事に見つめてみる。 女性にリングなど贈ったことがない。 自分の姉たちやマダム・オルタンスの指よりも細いと思う。 ミキの手は子供のように小さい。 なあに。ダスティ。おかしいわ。さっきから。 愛妻に言われてアッテンボローは確かにおかしいと自分の 行動を思った。 本当だ。 これではフェチズムの男のようじゃないか。 仕方がないから照れたまま、きみのてのひらにキス。 これでごまかせたわけではないが。 早くミキとのこともきちんとすませたい気持ちで一杯になる。 ミキには立派なご両親もいる。 挨拶一つしないで彼女の好意に甘えて家に転がり込んでいる 自分は・・・・・・まだまだ未熟だとアッテンボローは密かに 反省して。 せめて指輪だけでも物資の豊かなフェザーンでかっておきたいな と思ってまた彼女の指をもてあそんだ。 大事なひとだから。 アッテンボローの大事なひとだから。 彼女に似合う指輪を探そう・・・・・・。 by りょう ■小説目次■ |