26・流れる糸



シャルロット・フィリス・キャゼルヌ嬢は難しいお年ごろ。

と皆が言うのを当人は面白く思っていなかった。

彼女は自分はそれほど神経質ではないと思っていたし思春期の普通の女の子と

同列にされるのは実に退屈でつまらないことだと思っていた。



それにユリアン・ミンツがカーテローゼ・フォン・クロイツェルと結婚したから、

シャルロットは父親を恨んでいるのではないですかなどとアッテンボローなどはいう。

多分冗談だと思うがあまり面白い冗談とは思わないシャルロットである。





そしてそれは大きな見当違いだとシャルロットはいつかはっきり言いたかった。

ユリアンは確かに父親がいずれ大きくなったらシャルロットを花嫁にと言っていたが

彼女はユリアンを兄としてしかとらえたことはない。



いつまでもユリアンおにいちゃま、なのだ。

勝手に大人たちは言っていたがシャルロットはカリンを姉のように思っているし、

事実女の子同士仲も良いのだから、あまり妙なことはこれ以上言わないでほしいと

父親とアッテンボローに厳重に釘を刺しておきたいところであった。





特にアッテンボローさんは先生とさっさと結婚すればいいのに、と言い返したい

気持ちもあった。お互いに惹かれているはずなのに変だわ。なんだか恥ずかしがっちゃって。

などとシャルロットは格好を気にする大人にちょっとだけ辟易していた。



最近のシャルロットは父親との距離をとっているとこれまたまことしやかに囁かれる。



前にカリンが言っていた。

「回りは言いたいように言うのよ。好きに言わせなさい。気にしちゃ

いられないわよ。シャルロット・フィリス。」

彼女の薄青紫の眸は綺麗だった。



まさに、彼女の言う通りである。









本当のことを言えばシャルロット・フィリスにとって宇宙で男性とは、

ただ一人。アレックス・キャゼルヌ。





つまり父親以外に存在しないのであった。



父は、娘から見てもハンサムだし頭もいい。

デリカシーに欠けるが面倒見が良いしやさしい。





つまり、シャルロット・フィリス令嬢の恋愛の対象は他でもない

アレックス・キャゼルヌなのである。

でも13にもなっていまだに父親が好きという自分が恥ずかしいので、

それを悟られたくないゆえに父親との距離をいつもよりも余分にとってしまう。

父親以外の男など彼女にはなんの魅力もなかった。

本当はまだまだ甘えたいけれど。

本当はまだまだ独り占めしたいけれど。

13歳だから、もう大人にならないとと彼女は思っているのであった。



「女の子は大なり、小なりそういうものですよ。」

賢母、オルタンスはこの秘密をしっている唯一の人物であった。



だからこそシャルロットを心配していなかった。

父親が好きな娘。なんと麗しい光景だろう。とうの父親はさみしい気持ちを

抱える日々であるが。







そんなシャルロット・フィリスにほんとうの異変が訪れたのは・・・・・・



クラスメイトにメイヤーという少年がいる。



ウィル・メイヤーは、アレックス・キャセルヌと同じ髪の色を持っていた。





だからといってそれだけでシャルロットの心はひかれなかった。

父親の髪の色は良くある色だし何よりも彼女が父親を愛してやまないのは

秀才官僚と言われつつも全くそのようないやみがないところである。



自分の後輩に喜んで使われ、けれどもどこまでも面倒見の良い人間くさい父親の人格が

彼女は大好きであった。

ウィル少年はどちらかというと大人しすぎる。

頭はいいかも知れないがあまり友人がいない。



『パパと比べることなんてできやしないわ。』

レディ・シャルロット13歳。





やはり、難しいお年ごろである。







あの時もし2人がヤン・ウェンリーの話をしなければ・・・・・・。

2人はいつまでもシンクロしていくことはなかったであろう。



友人にはなれたかも知れないがシャルロット・フィリス・メイヤー夫人にはならなかったで

あろうと推される。





もっともこれは、遠い未来のお話である。








何故2人でヤンの話になったのか。




そもそも何故2人きりで話す機会があったのかこれは省く。



シャルロット・フィリスは今まで髪を二つに分けてリボンでくくっていたが

いかにも少女趣味が過ぎるので今はカリンを見本にして巻き毛を伸ばしている。



これをまた父親は寂しそうな顔をして見つめるのだ。






「ねえ。ウィル・メイヤー。あなたどうしていつも黙っているの。あなたって自分が

馬鹿にされても怒らないただの意気地がないひとみたいよ。折角頭が良くできているのに

馬鹿にされることはないじゃないの。すこしは言い返せばいいのに。」



これでは小オルタンスというより、小カリンである。





「でも、何を言い返すことがあると思う。シャルロット・フィリス・キャゼルヌ。

僕は確かに意気地はないし力だってないし運動神経も鈍いし喧嘩も弱いし・・・・・・。

好きじゃないんだ。争うことは好きじゃないんだよ。」



メイヤー少年は声は小さいが穏やかな優しい声を持っている。



彼は祖父、父親ともに続いた軍人の家庭で厳しい祖母に育てられて成長していると聞く。

今では祖母もからだが弱くなって彼が料理や家事をしているらしい。

祖母も穏やかな性格になっているようで2人は仲良く暮らしているそうだ。





「そりゃあ。喧嘩は良くないけれど。言われっぱなしでは格好悪いわ。

少しは毒舌も振るうべきよ。」

彼女の父親は毒舌家でありそれは周知で、しかも有名だ。



ウィル・メイヤーは、眼鏡を中指で上げてふと思い出したことを呟いた。





「えーと。君のお父さんはヤン・ウェンリー元帥の親友だったよね。

シャルロット・フィリス・キャゼルヌ。」




どうしていきなりあのヤンおじちゃまが出てくるのだろうとシャルロットはもどかしく思って

青空を見上げた。



2人は公園のベンチに腰をかけて、アイスクリームを食べながら話をしている。



「僕、子供のころ一度だけ英雄と言われたヤン元帥と空港であったことがあるんだ。」





チョコミントアイスクリームが大好き。






シャルロットはメイヤー少年を見て不思議に思った。

この年ごろにしては綺麗でチャーミングなシャルロット・フィリスを前に少年は少し、はにかむ。





「僕の父と祖父は戦争へいって死んでる。祖母はそれを悲しみもしたけれど

誇りにもしていた。僕が7つで空港にいたヤン・ウェンリー元帥をみつけたとき

祖母はいさんでかけよって僕を立派な軍人にしたいと言ったんだ。

恥ずかしくて僕は祖母の後ろに隠れちゃったんだ・・・・・・。」



ウィル・メイヤーは、その時の情景を思い出していた。

その顔はいつもの、冴えないウィル・メイヤーではなかった。



「ヤン元帥は何と言ったと思う?シャルロット・フィリス・キャゼルヌ。」

「わからないわ。ねえ、シャルロットでいいわ。私もあなたをウィルと呼ぶから。」



ウィル少年は笑顔で青空を見上げて言った。





「『ウィル坊やが成人する頃は平和な時代になっている。だから無理に軍人にする

必要はなくなる』って。僕、あの人が好きだったな・・・・・・。優しいひとだね。それしか

ヤン元帥のことは知らないけれどいいひとだなって思った。」





そして・・・・・・。





「そして君のお父さん達が作ってくれた平和な時代を大事にしたいと思ってるよ。

とても、大事な時代だと思う。・・・・・・シャルロット。」





ウィル少年はやがて政治、哲学、倫理、経済全てを僅か18歳で博士号を取得し、

後の同盟政府の25歳の若き首席ウィル・メイヤーとなる。

彼の政治感覚と発想、行動は後世の歴史家だけでなく、

当時の民衆に勿論大きな支持を受けた。



人道主義を重んじ民主政治の器をユリアンらが作ったとするならば、

それをまさしく完成させた人物として、歴史上に名を残すことになる。





そしてその夫人になるのがシャルロット・フィリスであった。





彼女は聡明な少女であったのでウィル少年の平和の行動への躍動を、

このときに感じていたし、父や懐かしい人々と同じ呼吸をしていることも

見逃さなかった。大まかなラインではあったけれどアウトラインを捉えていた。

少女時代の思いでは楽しいこと、そして悲しいことがあったけれど・・・・・・。

父たちの大きな愛情で守られていたことを、13歳のシャルロットは感知した。





だから18歳でメイヤー青年からプロポーズを受けてすぐ彼女はそれを受けた。

彼はそれほど世渡りがうまくもなければ、人付き合いも上手ではない。

けれどヤンおじちゃまと同じ空気を感じる。

父と同じ空気を感じる。

だから、イエスと彼女は美しく微笑み言ったのだ。



母、オルタンスはこの縁組を喜んだ。

父、アレックスは花嫁の父らしくいつまでも愚痴愚痴と文句をいいつつ、

娘婿と酒を酌み交わすことになっていく。





流れる糸のように、ヤン・ウェンリーの思いは細くとも未来へ繋がっていく。

そしてこれから未来へと、また繋がってゆく・・・・・・。




「一番出世する男性を選んだのは、シャルロット・フィリスだったのね。

賢明なるシャルロット。」

カーテローゼ・ミンツ夫人は微笑んでいった。



by りょう



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