24・万有引力





ユリアンとカリンがカイザー崩御の後、フェザーンで残個艦隊と合流した時にはすでに、

ハイネセンへ帰ったら二人は同じ屋根の下で暮らすことを約束したらしい。




つまりユリアン・ミンツはカーテローゼ・フォン・クロイツェルに求婚していたのだ。

これはめでたい。







宇宙歴、802年。晴れた9月10日。





結婚式はカリンの父親のワルター・フォン・シェーンコップの喪があけて

つつましく行われた。花嫁は若く美しい。

まだ18歳の乙女である。

『薄く紅茶をいれた色』といわれる彼女の長い髪を綺麗に巻き毛にして、

ごくシンプルなベールが白い生花とともに飾られている。




ウェディングドレスはノースリーブで身体にそったデザイン。

過分に凝ったデザインではない。







若さと美しい肢体がなければ映えないが彼女はその両方をかねそろえている。

カリンのように華やかで美しい女性には華美な装飾は似合わない。








一方、二十歳になった花婿も白いタキシードを着て花嫁のブーケとそろいの

ブートニアを胸元に飾っている。




彼らの挙式は復興しかけている街のレストランの庭を使ったささやかなもので、

集った人間も二人にとって大事な人物ばかり。

そんな和やかな温かい雰囲気となった。






ダスティ・アッテンボローはこのとき32歳。同盟政府代表の外交官という立場になっていた。

ユリアンとフレデリカは早々にイゼルローン共和政府の解散とともに民間人になったが

アッテンボローは相変わらず政(まつりごと)に精を出していた。





しかも、外交官首席秘書官がアレックス・キャゼルヌそのひと。

まったくもって逆転したおかしなコンビになってしまった。

彼らも正装してこの喜ばしい席に並んでいたのだが・・・






『あれ?』


アッテンボローは心の中で呟いた。懐かしい面々の中に彼が知らない女性がいる。




勿論、ユリアンやカリンの知り合いを自分が全て網羅しているわけではないから知らない人間も数人いる。



「おい。独身男がなにぼけっと突っ立っているんだ?みっともない」



相変わらず言葉にオブラートもかかっていないしデリカシーのかけらもない

キャゼルヌが後輩に声をかけた。



「あの女性、今、ユリアンとカリンに挨拶している黒髪の小柄な女性を先輩、ご存知ですか?」

「興味があるか?あるなら紹介してやってもいいぞ。今なら無料で紹介してやる」



アッテンボローは言葉の悪い先輩の方を見向きもせず言った。

つまり佳人から目を離せないままでいる。

悪くない傾向だ。

キャゼルヌは思う。




「むろん興味はありますよ。美人ですからね」





ふんと、鼻をならしたキャゼルヌ。愉快気に。得意げに。




「先輩はご存知なんですね?」

32歳にもなってあまりにこちら方面に鈍感な年少の上司の真面目な顔を見て、

キャゼルヌはため息をついた。




「しってるも何も。ほれみろ」

キャゼルヌの愛娘、シャルロット・フィリスと彼女の妹のマリー・ルイーズが

かの女性に楽しげに話しかけている。マダム・オルタンスも談笑している様子。






なるほど、彼女はキャゼルヌ家と交際がある女性なのかと納得する。



「いったいどなたですか?私は、見覚えがありません。

一度でもあれだけの美人を見ればさしもの自分も忘れはしないと思うのですがね」





悪魔的な微笑みをアッテンボローに向けてキャゼルヌは後輩であり

上司の腕をつかんで華やかな席の中心へ彼を連れていった。







「おいミキ。これがお前さんを振った男、ダスティ・アッテンボローだ」


アッテンボローをミキという女性に引きあわせるとキャゼルヌは下のお娘マリーを抱え上げる。

シャルロット・フィリスは13歳。少し難しいお年ごろで父親が近づくとぷいと

母親の方に行ってしまった。デリカシーはない割りにそんなことに少しセンチメンタルな

キャゼルヌは次女の茶褐色の髪をなでる。




近くで見ると小柄で実に綺麗な女性だとアッテンボロー思った。

肩を少し越した黒髪は綺麗なウェーブがかかっており艶やかである。

けさきだけ今日のために巻いたようでいつもはきっとほとんどストレートなんだろう。

眸の色も漆黒で彼女の活気が満ちあふれているのか、きらきら輝く。

幼い顔立ちで年齢が分からないがまさかユリアンより下ではないだろう。

明らかにE式。




年齢がわからない。




「はじめまして。ミスター・アッテンボロー。私、ミキ・マクレインです」




出された手は、小さくちょっと荒れている。淡い黄色のシフォンのスカーフと

ドレスがまた彼女の顔色に似合っている。







・・・などと、考えていたものだからアッテンボローは握手に気がつくまで、

3秒、かかった。




「いや、これは、こちらこそどうぞよろしく。ミス・マクレイン」

「ミセスです」



彼女の手の力はアッテンボローが思った以上に強かった。

声はすんでいてでも落着いたトーンなので耳に障らない。

ユリアンと、カリンが同時に吹きだすまでアッテンボローは彼女の手を握ったままで

慌てて手を引っ込めた。少なくとも7秒間は彼女の手を離さなかった。







「し、失礼しました。マクレイン夫人」

手を離したと同時に彼は少し残念だった。






既婚者か。


彼はオリビエ・ポプランやシェーンコップとは違い倫理観の強い性質の人間であるから

ミセスに恋をしたところで、それはかなわぬ思いであり・・・









はぁ?



恋・・・・・・。





ただ、彼女が美しいというだけでそんな単純な理由だけで

彼は惹きつけられたのだろうかと焦った。







引力?





「まぁ、ミセスといってもお前さんの場合は未亡人。32にもなって女一人も作らないで、

仕事ばかりしているアッテンボローの話し相手にでもなってくれないか?ミキ。

過去にお前に不義理をした男ではあるが、な」


と、キャゼルヌが口を挟む。





「ちょっと、さっきからひどい言われようですが。私はミセス・マクレインとは初対面ですよ?

振るだの振られるだのの次元ではないでしょう」



アッテンボローが抗議した。

はたで見ているユリアンなどは事情を全て以前彼のなき養父、

ヤン・ウェンリーから聞いているので愉快なことこの上ない。

そして、カリンもその話をとうに夫から聞いている。




「外交官どのは、ミキ先生とのデートをすっぽかしたことがお有りなんですよ」


花婿は式を終えて緊張が解けてきたのか裾の長いウェディングドレスで

あまり身動きが取れない新妻のためにオードブルをとってきて、

食べさせながら新郎のユリアンは言った。






なんなんだ?としらぬはアッテンボローだけである。

そのような記憶は彼自身全くなかった。これほどの佳人とのデートをすっぽかすほど、

間抜けなことをした覚えは彼にはなかった。



「もう、いいじゃないですか。私はあの時ヤン・ウェンリー、ジャン・ロベール、

それにジェシカにすっかりご馳走になりました。美味しいものを

たらふく人様の財布でいただいたんですもの。いい思い出です」




和やかな歓談のひとときに彼女の携帯に着信が入ったようで、

ミンツ夫妻に失礼を告げて足早にその場を去っていった。





風の様な足取りで。さわやかな春の風のように。

夏にきらめく陽光のように。








「やれやれ。あいつも相変わらずだな。仕事人間はどうやらアッテンボローだけ

じゃないようだ。とはいえどあいつのような医者もハイネセンでは少ないし。

この様子では当分は独身を通すのかも知れない。やれやれ」



キャゼルヌは呟いた。アッテンボローがまだよく分からない顔をしている。

青年とも言える彼は上司に説明を促した。補足説明を。




「あれはいつだったけな。そうだ。たしか、ユリアンがヤンの被保護者になった年だ。

ヤンが珍しくためしにお前さんとミキを引きあわせてみてはといったんだ。

がらにもなくな」


アッテンボローが頓狂な声を上げたのでキャゼルヌは小さく、

馬鹿者といった。



「いい大人が」

そして言葉をついだ。

「ヤンとミキは士官学校の同期生であの男が意識しないですむはじめての

女友達があいつだ。お前さんは2年遅れて入学している。もうその頃には彼女は

医学部専攻でテルヌーゼンから離れた学舎でカリキュラムを受けていたっけ」




またもや後輩は驚く。




どう見てもヤン夫人くらいだと彼女の年齢を踏んでいたのだ。




「ま、聞けよ。アッテンボロー。ミキは27で亭主を亡くしている。

いいやつほど早く死ぬんだな。いい亭主だったよ。そのあとあまりにミキが

以来仕事の鬼みたいになってしまって。ヤン達が心配したんだ。

で、お前なら話し相手にいいのじゃないかってな。それで適当な店をおれが教えて

・・・ま、もちろんうちの女房が教えてくれた店だがラップがミキを誘って、

ヤンがお前さんを誘ったんだ。そうすると当日になってお前は仕事が入って、

急にキャンセルしたんだとさ。・・・忘れたか?」






・・・・・・



そんな話があったかも思い出せないしいろいろと聞きたいことはいっぱいあったが

2つ、アッテンボローはおおいに、驚いている。




1つは、ミキ・マクレイン夫人が彼自身よりも2歳年長であること。

あのルックスで?





冗談じゃない。







そして、もう一つ。


ミキ・マクレイン夫人に恐ろしいほど急激なスピードで

自分が惹かれているという事実か錯覚にかなり戸惑う。




恋とは、万有引力のようなものなのかも知れない。





知らぬまに惹かれ

堕ちる。






by りょう


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