22・皆無 『海鳥号』は太陽風の磁場に捕らえられこのままでは太陽の 中に吸い込まれてしまう。 「まさかどうにもならないとか言わないよな。イレーネちゃん。」 ポプランがちゃかしながらもまじめにいった。 「冗談は顔だけにして。私だってこの若さで死にたかないわ。 今太陽風の磁力の計算してるところ。航路の計算のやり直し。 でも一応みんな体をシートに固定して。今のままでは立ってら れなくなっちゃう」 イレーネ・コーネフが操作卓(コンソール)を巧みにあやつって いる。しかしアッテンボローの見るところ余りよい状況では無さ そうであった。 「レディ・コーネフ。なんならこの船をおれに任せて見ないか。」 「閣下にですか。」 彼女ははじめ自分の船に執着をもったが目の前の元同盟軍 最年少提督のアッテンボローにまかすことにした。 多分これが懸命な対処と信じて。 「船のことはこれでも専門だから少しはましな状況にもって いけるだろう。さて航路修正のデータを作るぞ。そのデータを 船に転送する作業はもちろんイレーネにまかす」 アッテンボローは『海鳥号』の当初の航路データを的確かつ 素早く計算しなおしてそれをイレーネに入力させた。 「閣下。こんな軌道で運行できるのですか・・・・・・無茶ですよ」 イレーネが驚いて顔を上げアッテンボローに抗議した。 そこをポプランがたしなめた。 「心配するな。イレーネ。この御仁は色事に関しては野暮天だが 同盟政府がいまだ健在ならば元帥閣下だ。それに提督としては まずまず優秀な方だ。お任せしようぜ。元帥になり損なった中将 閣下。」 一言よけいだがアッテンボローとて元帥に固執していない。 別に中将という役職もほしくてもらった訳じゃない。 「そりゃどうもありがとよ。ポプラン。嬉しい一言泣けるよ。」 アッテンボローは不敵な笑みを漏らして言った。 「この船のハーケンは前方に2つ、後方に2つ。側面にも3つずつ。 アンカーも使えば・・・・・・まあなんとかなるだろう。7つの小惑星 (アステロイド)をこの船の周りに巡らす。この船の重量のまま ではフェザーン回廊ギリギリのコースなんて通れる確率はまず 皆無だろう」 回廊の外には危険宙域が広がっていた。 この狭い回廊内で『海鳥号』は木の葉のようにもみくちゃにされて しまいそうになっていた。 アッテンボローなりの勝算があった。 「なるほど。ハーケンとアンカーでこの船自体の重量を重くする のね。ダスティ。」 彼の妻になったばかりのミキがアッテンボローの後ろで言った。 「そういうこと。一個艦隊にもならないが、ないよりましだ」 水をえた魚だわ。 そうミキは思った。 このひとは宇宙の海を翔(かけ)てきた。 彼女は自分の夫の背中を頼もし気に眺めていた。この宇宙では 彼は自由なのだと安心してミキは黙って夫を見つめた。 そしてこの困難はアッテンボローなら乗り切ると確信した。 7つの小惑星を装備して。 『海鳥号』は回廊外縁の危険宙域を巧みにさけて進んでゆく。 ここからがこの青年提督の本領発揮であった。 by りょう |