21・今日と明日との狭間



「文化祭ね・・・・・・。」

雨降りの午後。

ヤンはいつものメンツでたむろする喫茶室であまり上等ではない紅茶を飲んでいた。

少年は無類の紅茶派で茶道楽は父譲り。

放課後のひととき。

ラップは、当然のようにクラスメイトから文化祭実行委員を仰せ付かっていた。

ことわれるものならことわりたかったのであるが、

学年代表を当然のようにマクレインに押し付けたあとでもあったので、

その彼に任命をいいわたされればことわる口実がなかった。





「文化もへったくれもないとは思うのだけれどな。」

と、ラップ。

彼は珈琲を飲んでいる。これも軍隊のお下がりなので美味しいといえるものではない。



「それでもこれは毎年恒例の行事だからやらねばいけないというわけさ。僕らはいわばもう

この学校に来たときには下士官扱いだからね。みやづかえだな。給料の変わりにただで

勉強させる仕組み。フェザーン人もびっくりだよ。悪辣なる我が祖国ってことかな・・・・・・。」

と、J。


「どうこの行事を文化的にするかがあなたにかかってるんじゃないの?ラップ」

と、ミキは目を大きくさせて言う。

ジョンのかわりに紅茶のおかわりを取ってきてやってきた。

彼女自身は珈琲党。



というよりもこのメンツは酒も好きなほうだった。けれども一応未成年というので表向きは

ソフトドリンク派を気取っているが。





アルコールが飯より好きなのは4人とも一緒だった。



士官学校という大量殺戮養成機関に「文化」とはと、4人とも半分呆れている。







そう大量殺人。

士官学校を卒業すれば無条件で少尉扱いで軍人になる。

そのまま文官にでもなれればまだよいがそれでも戦争に片棒を担ぐことに違いはない。

士官であれば、出世でもすれば指揮官となり戦艦で戦場へ行く。

自分の命も惜しいに決まっているが、

勝てば敵を多く殺したことになり負ければ味方を多く殺したこととなる。

戦争の不可抗力といえば仕方がないが少なくともこの4人は士官学校を

大量殺戮機関と改名してもいいと思っていた。






「じつにいやなメンツがそろっているな。悪さをたくらんでるんじゃないかとひやひやする。」



ふいに声をかけられ4人は一斉にその方を見る。

その言葉は嫌みだが口調は4人をかわいがっている趣がある。



「事務局次長」



くすんだ淡い褐色の髪をした8歳ほど年長の士官学校事務局次長を勤める、

アレックス・キャゼルヌ大尉。

一般の学生達にとっては事務局はいかめしい人物であるがこの4人にしてみれば、

ジョンは学年代表で何かの行事ごとにキャゼルヌと打ち合わせをして親しい。

ラップも最近会議に参加してこのキャゼルヌという大尉と会談する機会が増えてきている。

悪くないひとだなとラップは思ってきている。

現役の軍人でありながら横暴ではなく(別の意味で横暴)面倒見のよい次長であるので、

ヤンもミキも次第に打ち解けてきたころである。





アレックス・キャゼルヌ大尉は24歳。



士官学校在籍中は優秀な成績を誇ったときく。

組織工学に関する論文をいたく評価され20歳で卒業後、ありとあらゆる大企業からスカウトの声が

かかったといわれている。

その彼が当時主にその類いまれなる事務能力を買われて文官を務めていた。

デスクワークの達人ともいわれており、優秀ながらもいまだ大尉でいるのは後方事務での

昇進は至難の業だからである。

前線に赴く兵士とは少しばかり具合が違う。



それでも恐らく将来の後方勤務本部長と軍ではもっぱらの評判の人物である。

出世は早いだろうと黙されているエリート官僚。



彼自身は出世をそれほど意識していないようであったし実際にもそうであった。

若き次長は現在、士官学校でかわいい後輩の世話をしているのも悪くないといったところ。

ある意味奇特な人物であるが頭は切れ有能な人物である。

おまけにハンサムな独身貴族であるので彼に熱を上げる女性は多かった。



が、彼自身無頓着なのか色事にはうとく自分が異性もてている自覚が全くないという

また不思議な人物であった。







「今度はいったい何の相談だ。悪い芽は早いうちに摘んでおかないとな。」

キャゼルヌが毒舌なのはシャイの裏返しと誰かがいったが絶対嘘だと4人は思う。

この人物は案外素直なのを隠したいから偽悪な言葉をつかという戦が妥当であろう。



けれども言葉は悪くともキャゼルヌがこの4人をかわいがっていること(えこひいきではなく)

はしれる。

「文化祭の打ち合わせです。まだこれといってテーマも決まっては

いないですがね。ご存知の通り。我々は至極文化と程遠い生活をしていますから。」

と、ラップ。

「お祭りは得意だと思っていたのだがね。おまえさんらは。文句を言わないで

楽しくやってくれ。おれも学生時代を思いだす。」

「キャゼルヌ次長は懐古趣味がおありなんですね。現実派だと思っていました。

祭りは嫌いじゃないですが、ややめんどうですね・・・・・・。与えられた文化には

どうも食指がわきません。」

と、ヤン。



やや
風変わりなこの黒髪の青年のアイロニーと、キャゼルヌの毒舌が混ざると

端から見ると喧嘩でもしているのかと思われるがそうではない。



これでも二人は気が合うようだ。



それはのちにヤンが自分の幕僚としてキャゼルヌを引き抜いたところを見てもわかる。

ヤンにしてみればしたくもない出世をしてしまい、困った宿題は頭の良い先輩に

任せて楽をしたいということが本音であったが。



「ききましたよ。事務局次長。在学中、ダンスパーティで次長と踊りたい隣の音楽学校の女生徒達に

順番に並ばれたとき。「整理券を発行しなければいけないかな」、と呟いたとか。おもてになりますこと。」

と、ミキは24歳の独身貴族をからかう。



「うむ。確かにあれには困った。ひとりを選べば苦情が出るだろう。だから恐くて逃げ帰った。」

悪びれもなくまじめに言うので一同は笑った。


「まあ、おれは弱腰で逃げ帰ってしまったが、ダンスは男子学生の待望の企画だ。

文化祭の項目に必ず入れてやれよ。抜くと恨まれるぞ。文化祭のときだけだからな。

外部の人間がここにはいれるのも。Jみたいに嫁さん候補を連れてきたものばかり

じゃない。ほぼ100%一人身だ。」



「次長、私Jの嫁さん候補じゃないですよ。」


ミキは半ば顔を赤くしていった。

「そうだった。嫁さんだった。悪い悪い。式はいつなんだ。祝儀袋を用意しなくちゃな。」



してやったりとにまっと笑うキャゼルヌ。24歳と15歳では、分が悪い。



「逆に言えば士官学校が外部に開放される3日間だから危機予測もしておかなくては。

何事もなければよいのですがね。そっちがきになるな。・・・・・・杞憂かな。それとも

何か陰謀とか。・・・・・・それは悪趣味な発想だし却下しとこう。」


と、ジョンがいった。みなからは「J」と呼ばれる。



「反政府主力のレジスタンスがないともいいきれないが。しかしそれならばいっそ士官学校の

ようなヒヨコの集まりではなくもっと重要拠点を狙うのが筋だろう。それほど心配することも

ないのではないかな。J。」

ラップがジョンに言った。



「最悪なケースをいつも考えて行動するタイプなのだよ。ラップ君。僕は先読みのJだよ。

だいたい自分の手の2、3先を読んでいる。先見の明もあるしね。才人多病。ぼくが

よく熱を出すのは知恵熱なんだ。きっと長生きできない。遺言の手習いでもしようかな。」



ジョンは穏やかで陽気に言っているが一応最悪なケースにそなえたい様子で考え込んだ。

明るく温厚な彼はじつに慎重な人であった。

ジョークはいうが石橋をたたいて渡るタイプである。





これにたいしてヤンは石橋をたたきすぎてわってしまう傾向がややあった。

ミキなどは石橋などかまっておらずどんどん先を行く人間でジョンが歯止めになっていた。

ラップは的確に危険を回避する能力を持っていた。




「ダンスは苦手だな・・・・・・。ステップを覚えられない。」


雨音のようにぽつりとヤンが言う。



日ごろからキャゼルヌは実は自分は結婚できないのではないかと思っていた。



それは容姿に自信がないとかそういうことではなく心ときめくような女性に出会ったことが

ないためだ。

それ以外の女性と交際しても誠意がないのだし交際する意味がない。





このヤンという少年も女生徒のつき合いは苦手そうだ。

ある意味人間味のある面白い少年なのだが同年代の女生徒は地味なヤンを

意識していないようだ。本人もそれがわかっているし同時にキャゼルヌと近いのは

心ときめくような恋をしたことがない点であった。

24歳の青年士官と16歳の士官候補生では比べるのが間違いであるが

キャゼルヌは自分がもてていることを知らないゆえに(本当に驚くべきことに!)

ヤンがいじらしいのかも知れない。





少し、滑稽でもある。





「ダンスはそれほど好きではないが隣の音楽学校の女生徒には興味がないでもない。

綺麗な女の子が多いからね。」


正直に少年らしいことをラップが言う。ラップならさぞ多くの女性から声をかけられるに

決まっている。育ちのよさが品性となってにじみ出ている。かといって堅物でもない。

ヤンはそう思った。けれどもそれは嫉妬ではない。

正直な観察だった。



「あら。ヤンのようなタイプは恋愛に腰が重いだけだわ。女の子のなかであなたに

思いを寄せてる子だって私、しっているのよ」



ヤンがそんなことはないだろうといい、ジョンやラップ、キャゼルヌまでもそれは誰だと

ミキに尋ねた。



「みんな、野暮ね。そんなこと私から頼まれてもいないのに告白できるわけがないじゃない」



そう彼女が答えるとヤンはややはなじらんだ。

架空の女生徒をでっち上げ友人を慰めているとでも受け取ったようだ。






でも本当にそうなのだ。

ミキの文通友達で一つ年下の、ホログラフを交換した少女。

彼女はピアノを背に豊かな長い金髪に湖のようにふかい緑の瞳を優しくたたえて

微笑んでいる。彼女がホログラフを送ってきたのでミキは友人4人で映っている

ホログラフを送った。



それにはジョン、ラップ、そしてヤンがミキとともに生き生きと映し出されている。



美しきミキの文通相手は黒髪のやや、はにかみやの少年に心惹かれたらしい。

来年、隣の音楽学校に進学するつもりだというその彼女こそジェシカ・エドワーズである。





ジェシカはそれこそ文化的な人であった。

ホログラフからは、いつも彼女が弾くピアノ曲が添えられてありときにバイオリンを

奏でる彼女のホログラフもあった。

そうと思えばはかなげな美しさの可憐な少女の外見とは裏腹に戦争への批判となると

火のように強い怒りも燃やす鋼のようなところもあった。

一つ年下ではあるが彼女の理路整然とした論理に聡明さと若さをミキは

痛感するのであった。





その彼女はどうも、ヤンに興味があるようなのだがジェシカならば他人が入らずとも、

心に秘めた思いはヤンにいずれ告白するであろうと思われた。

そして、これはあくまで少女独特の空想ではあったがヤンもジェシカを好きになるとミキは思っていた。

この文化祭で二人を引きあわしてみたいとは思っていたが本人の了解もえないで、

純粋な恋慕を当人抜きに口に出すのはどうかとはばかられたのである。

しかし、ヤンは誤解してしまったかもしれない。





「本当なんだけど。」

と呟いたミキであった。

「ありがとう。優しいねミキは。きみはいつもえてしてやさしい。いい奥さんになれるよ。」

ヤンは穏やかに微笑んだ。

「J、ほおっておくとミキを他の男にもっていかれるぞ。落ち着かないだろ。」

ジョンをラップが冷やかした。

ジョンは赤くなるわけでもなく文化祭のプログラムやテーマに頭を抱えていた。



「大丈夫。ミキが陥落しているならとっくに落ちているはずだから。未来の恋愛より

当面の課題。みんな現実逃避が好きだよね。知恵を惜しまないでくれよ。

頭が悪いフリをしないでくれ。」

ジョンは紅茶を飲みつつ微笑んだ。柔らかな笑顔。



本当のところ、ミキはかなり、男子生徒の目を引いた。



小柄で華奢だが日に日に女性らしくなってくる彼女をまず上級生が見逃すわけがなかった。

入学してまだ2ヶ月で彼女は20人以上の男子生徒を袖にしている。



勿論理由はジョンであった。



彼以上に恋愛対象として魅力のある人物はミキにはいなかった。

彼女は一途な少女であった。





ジョンがいつからミキを家族ではなく異性として見始めたのかは定かではない。

それでも彼がどのように冷やかされてもてれないのは彼自身もミキへの思いが

固まっていたからなのだ。

でなければこれだけ慎重な男がのちに士官学校時代に自分のフィアンセに

ミキを選ぶはずがない。



決断が早すぎる。






話を元に戻そう。

「ともかくジャン・ロベール、明日明後日までにはテーマを決めないとパンフレットの印刷も

遅れてしまうよ。面倒だけれど実行委員長を招集して今から会議だ。

こういうままごとごっこは早く終わらせたい。僕は男の子だからね。・・・・・・男の子。

ちょっと微妙な年頃になったかな。」



ジョンは自分で言った言葉に苦笑していた。


「そうだな。もう、上級生も授業を終えるころだからそろそろだな。」



ラップは思った。

生徒会行事がままごとなんだと。

そんなジョンを頼もしくおかしく思えた。



「会議室はとっているんだろうな?J。おれも今回は出席せにゃならんだろ。」

「会議室はとれなかったので第三講義室です。あそこなら人数的にも入れると

思いまして。生徒会長から朝頼まれています。準備は万端ですよ。」

大体この僕が準備をかまけるとでもお思いですかとキャゼルヌに軽く口が叩けるのは

彼くらいであろう。頭の回転と口の回転が速い。筆記科目最優秀は伊達ではない。

「おもわんがな。お前軍医じゃなくておれと一緒に後方勤務にならないか。使いやすそうだ。」

「未来の人事まで気が回らないです。それに次長と働くというのは次長の奴隷になること

でしょう。薔薇色じゃないな・・・・・・。」

「いってろ。在学中はこき使ってやる。」

「在学中はこき使われましょう。」





あまりにふたりが大人気ない会話をしているので後ろから歩くラップは

他人のフリをしている。





そんなわけで食堂には暇人のヤンとミキが残った。

「ねえ。ヤン。さっきのこと嘘だと思っているんじゃない。」

「さっきのこと・・・・・・。」

頓着しない性格のヤンであった。お代りの紅茶を注いで戻ってきた。

「あなたをお気に入りの女の子の話。」

「その話か。」

「気のない人。今度紹介しようと思っているの。あなたに。」

「うーん・・・・・・。」

「いやなの。」

「いやというのではなくて面倒だなぁ・・・・・・と。」



ヤンは女嫌いではない。

できれば好かれてみたいなとも思うこともある。

でも本人はまわり以上に自分がもてない種類の人種と思っているらしく、

昼寝をしているほうが気が楽でいいとさえ思っているところがある。

伝説にまでなってしまった「奇跡のヤン」の学生時代の女性関係は

本当にわびしいものであった。




「あなたって進んで的になってくれる女性でも出てこないかぎり結婚も恋愛もなさそう。」



後日進んで的となる佳人フレデリカ・グリーンヒル嬢との出会いは

5年後のこととなる。

惑星エル・ファシルにて14歳のグリーンヒル嬢は21歳のやや頼りなげなけれども

賢明で実直な青年士官のヤン・ウェンリーに恋をしヤンの力になりたいという一心で

軍人となり、彼の副官を務め、やがて妻となる。





人生とはわからないものだ。フレデリカ・グリーンヒルは文武両道の士官学校次席卒業生である。

なぜ主席でないかといえば学期末のさなかにご母堂が亡くなったことが大きいといわれる。

しかし美人であり才女である。






「きみこそJとはうまく行っているのかい。仲はよさそうだけれど。」

「わからない。Jは私を妹のようにかわいがってくれているだけなのかもしれない・・・・・・。」

「でも真剣なんだね・・・・・・。」

「そう。真剣よ。だってこの時世愛する人がいなければ悲しすぎるじゃない。」



ジェシカのことを情熱家のようにミキは思っているが彼女にしてもじつに熱い人物なのだ。

ジョンと交際しているというわけでもないならば別に他の人物とつきあうくらいは

よさそうなものであるが彼女は自分が愛情を持たないかぎり男性を恋愛の対象に

見れないのだ。



そして、こうと見込んだ以上は一途であった。






「真剣に誰かを好きになれるというのは、精神が健康な証拠だよ。実にいいことさ。」

「のわりには、あなたもジャン・ロベールも浮いた話は聞かないわね。」

「私はともかく、ジョン・ロベールなどはもてると思うのだけれどな・・・・・・。」

事実、ジャン・ロベール・ラップは女生徒の人気の的であった。

少年のわりに大人びた風貌をし目を引く存在であった。

実を言えば、ミキは他の女生徒からラップとの仲をとりなって欲しいとよく頼まれて、

紹介はする。

するけれどもラップはどの女生徒にも格別の興味を起こさなかった。

そして彼もどこかきまじめで自分が異性にもてるとはしっていても、

好きでない女性と交際するということがなかった。





「誠実でいいのだけれど。ジャン・ロベールもあなたも。」

「次長もかい。」

「そうね。隠し女がいるような器用な人じゃなさそうだし・・・・・・。」




このころは同世代であったも女子の方が大人びている。ミキとヤンもそれに当てはまる。

「ま、文化的なことはあの二人に任せて私はいつものところに行くことにするよ。」






いつものところというのは歴史記念図書館である。

それにしてもいつからヤンはぼくではなく自分を私というようになったのであろうか。

幼さが残る彼の唯一大人びて見える所だ。




「きみはフライングボールの練習があるのじゃないかい。」



その通り。

今年のリーグ得点王は意外にも士官学校最年少女子なのである。

フライングボールは屋内でする競技なので天候は関係ない。





雨音は先程と変わらず僅かに初夏へと向かっていることを知らせているかのように降っていた。








士官学校では、基礎学科を2年、専門課程を2年へて卒業に至る。



基礎学科では、それこそ学問を広範に学び戦略戦術シュミレーションも

コンピューターを使って学んでいく。実技では基礎体力をつける体操競技から

白兵戦に備えたトマホークの実技ブラスターの練習がある。

無事に2年の基礎学科の単位をとればそれぞれの専門課程に進めるのである。



その当時平均的にもっとも優秀な生徒はラップであった。

文武両道。

入学時の筆記試験ではマクレインにかなわなかったが実技やシュミレーションが

入ればラップが優れていた。



筆記では断然努力・天才型のマクレインは群を抜いていた。



ヤンはあまり、成績のふるわない生徒であった。

自称・落ちこぼれ。

他人は特別に彼に関心はなかったのである。

けれども彼でも得意なものがあった。戦史研究にかけては他の追随を許さなかった。

そして同時に戦略戦術シュミレーションではワイ・ボーンという優秀な生徒を敗北せしめた。



これはまぐれではない。



ワイド・ボーンの戦線の補給をヤンはたたいた。補給なしで戦争に勝てることはないと

歴史が示している。戦略はそこそこの成績だが彼が未来「奇蹟のヤン」とよばれる知略にいたるのは

昇進して金が入り古書を買いあさって数々の戦略構想を編み出したのである。

学生時代から戦略戦術に長じていたわけでもない。学生時代の彼のもっぱらの得意と

するものは歴史である。


そしてミキはというと上位の成績をとるでもなく中間地点でうろうろしていた。

だが彼女の実技、主にブラスターの腕は士官学校以来のA+という成績。

ちなみにジャン・ロベール・ラップで射撃の腕はどれだけ良くともA-、

そして後の彼女の二番目の夫ダスティ・アッテンボローは成績は優秀なほうに準じ、

ブラスターの腕も中の上である。Bといったところ。

彼女の反射神経と運動神経はもはや女性のそれではない。

当人は化け物呼ばわりされ不服であるが、軍医時代かのワルター・フォン・シェーンコップ

から医者になるより兵士になれとしつこくいわれた。



彼女のこの類いまれなる才能には存分に母方の血が関係している。



彼女の母は退役軍人でありしかもスパルタ二アンという艦載機のりであった。



伝説の女性兵士リー・アイ・ファン。

彼女がおとした帝国軍の戦闘機・ワルキューレ、巡洋艦、戦艦はかるく三桁を越す女傑である。

白兵戦でもその腕ははるかにぐんを抜き、

「サイレンの魔女・アイ・ファン」とも同盟軍では知らないものはない。



そのような母親をもっているミキがその遺伝子を受け継いだとしても仕方がない。






話はそれたが基礎学科が終了したものは専門課程へと進む。

たとえばジョンやミキのようにはじめから軍医を希望して入学しているものは医学科に、

ラップのように指揮官希望のものは戦略研究科を目指す。

ヤンは是非とも戦史研究科に進みたかった。



永きにわたる帝国軍との戦争の戦史を整理整頓する文官になれればもっけの幸いだなと

思っていた。

彼はどちらかといえば楽がしたいということを隠さない。

勤勉という言葉は間違っても彼にはない。

かといって不まじめなのではない。





人間は元来、楽をしたい。だからこそ、文明が発達してきているのだ。

ひとは勤勉であることをよしとし怠惰を悪ととらえるが、

楽がしたいと思う人情というものはだれしももっている当然の感情であり

ヤンは、それを隠しはしなかった。



それだけである。



こうして、様々な人類の過去をひもとくとヤンにはまだわからない何か普遍的なものを

考えさせられる。歴史を顧みることを趣味とするのは父、タイロンの影響だろう。



人類の歴史を顧みれば、まだ地球という惑星で生活していたころから

戦争と平和は繰り返されている。

否、平和な期間はせいぜいが数十年に満たない。

かならずどこかの地域や、国家では、内戦や、紛争、侵略戦争が繰り返されている。




人間は懲りない。

これは正直な彼の感想だった。



ある時代には独裁をしく政治家が出てくる。

はじめから民衆は独裁者を歓迎するわけではない。

民衆が生活に疲れ政治を顧みなくなったときに彗星のように一人の英雄が登場する。

そして民衆は徐々にその力ある、英雄を崇拝する。

信頼を置く。

政治を任せる。



かくして独裁者は誕生する。



そしてそれに異を唱えレジスタンス革命が起こる。

内戦が始まる。





帝国軍と同盟軍とのいきさつもこれにしたりである。

腐敗した民主政治が独裁政治を産む温床になりえるか。

なりえるとヤンは思う。

戦争は彼が生まれる前からもうすでに150年と綿々と続いている。

彼もいずれ戦場の人となるであろう。

できれば同じ大量殺戮者になるとしても、

戦争終結の糸口を見いだせる戦争に参加できればよいなと思っている。



そして年金がもらえるようになればさっさと軍人はやめて歴史の本でも執筆したいと思っていた。





だが、運命は皮肉であり辛辣であった。



英雄崇拝を好まぬ彼が英雄となりのちの新政府のシンボルとなってしまう。



彼が数年後に養子に迎えるユリアン・ミンツが現在ヤンの伝記とも歴史とも

いえる書をしたためている。彼は師父・ヤンさえ若くして亡くならなければ自分が

シンボルに祭り上げられることはなかったともらしたという。それも悲しげに。







さて季節は変わり・・・・・・。テーマが決まらないだの文化がなんだのと

いってはいたがいよいよ士官学校恒例行事の文化祭が開催される。



当然のように上級生よりも下級生が働く。

士官学校では上級生のそれこそ下級生は従卒のような扱いもかつては

当たり前のようであったそうだ。食事をつくり靴を磨きというような具合である。



だがその制度も色あせた。

当時の校長のシドニ・シトレ中将の行き届いた健全なる指導がなされ、

ヤンたちもそれほど上級生にいじめられた覚えはない。

それでも多少下級生は上級生の世話を割り当てられる。

軍では上下関係は厳しい。





そしてしわ寄せは「怠け者」とキャゼルヌに命名されたヤンにも寄ってくる。

生徒会でも結局ジョンやラップがこき使われている。





「お前さん。友達がいのないやつといわれたいか。じゃなければJや

ラップを手伝ってやれ。レジュメの印刷をしろ。原稿はこれ。」

「友達がいのないやつといわれてもいいです。ねたい。」

「ばか。怠け者。役立たず。」

「ばかで結構。怠け者万歳。役立たずでいいんです。役に立とうという高邁な思想はありません。」

「身体を少しはつかわんか。寝たきり少年め。」

ヤンとキャゼルヌが話をすると時折子供のけんかのような会話になっていく。

端で聴いているものが吹きだすか脱力する。

この2人が7歳という年齢を超えてのちに堅固な友情を築いていくのだから面白い。

よほどウマが合うのだろう。




キャゼルヌの仕事は学生課の事務を一手に引き受けている。

次長という役職の聞こえはいいが事務と学生の悶着との連続の仕事である。

学生が参加するこの文化祭もキャゼルヌは士官学校側の責任の一端をになっている。

ゆえになまじっか学生よりもこの企画に熱が入り実に愉快そうに働く。




勿論学業の合間を見て学年代表のジョン・マクレインと文化祭実行委員長のラップが

お祭り気分半分で行事の準備に忙しく奔走している。



ミキはフライングボールで新人王と得点王をとってからはジョンの手伝いにいそしんでいる。



ヤンとてサボっているわけでもないのだが手際がこういうことにはまるで

向いていないのだ。今もせっつかれて地道に立て看板をペンキで塗っている。

平和的な気分に浸りながら作業していた。



牧歌的でもある。







明後日には本番の文化祭という夜でまだまだ作業は残っていた。

ヤン達のクラスではありきたりに喫茶店をする。

クラスごとにお化け屋敷にしたり作品展にしたりとさまざまである。

彼のクラスには当然ジョンやラップがいるのだが彼らはクラスの企画に参加も

できないほど文化祭の運営自体に忙しかった。



比率としては3割の女子が客相手をすることになっている。



男尊女卑ともいわれそうであるが少女といえる年ごろの女性が

ウエイトレスを受け持ったほうが客足はいいに決まっている。

男子学生は裏方の調理と教室の飾り付けと宣伝を受け持つ。

クラスといっても20人もいない。



それにマクレインやラップのように生徒会関係で手伝えない人間もいる上に、

クラブ単位で模擬店を出すところもあるので確かに人出は多い程よい。

ヤンとは言えど居眠りなどもっての外(ほか)である。



「ヤン、終わったら次こっちぬってくれよ。おれはこれかわいたらコートの

フェンスに立て掛けてくる。」

クラスメイトの一人がいった。

力仕事を元からクラスの友人達もヤンには頼もうとはしない。

これはありがたいことであった。

その手のことならなら小柄ながらも女傑の娘、ミキの方が数十倍役に立つ。

他の女子が帰ったあとも力仕事を買ってでているくらいでヤンは心の中で彼女の

健気さと膂力に拍手を贈っていた。



真夜中になりさすがにこれでは明日の学科に響くということで作業は打ち切りとなった。

他のクラスも灯を落としている。





ミキはあらかじめジェシカ・エドワーズに文化祭の招待状を出していた。

それでなくても実はジェシカは士官学校の事務長の娘であったのだ。

日取りは彼女も知っていた。



「でも何だか恥ずかしいわ。改まって紹介されると・・・・・・。」

確認のためにミキは彼女に電話をかけた。テレビ電話で対面して話す。

ジェシカは論評を喝破するときとはうってかわって小声でささやいた。





やや頬が紅潮している。



「友達になればいいのよ。気負わないで。私とあなたみたいに。ヤンだけじゃないわ。

ラップもジョンもいいひとよ。きっといい友達になれると思うけれど。」



やはりジェシカは正統派の美人だ。まだ14歳なのに彼女が微笑むと薔薇が

咲いたようである。いや百合かも知れない。そうミキは思った。

どこか淋しげなかよわさをジェシカはもっているように思える。

自分にはない資質なので少しうらやましいミキであった。



「友達になってくれるかしら。私男の子と話すのは苦手だから。

うまく話せるかわからないわ・・・・・・。」

「大丈夫。あなたがうちの学校に姿を表せば学内中の男の子達が騒ぎだすわ。

私はそのあなたを守ってあげられるか心配。力技を使うわよ。」



そんなことをいってとジェシカは微笑んだ。

やはり百合の花だ。





何も気をはる必要はないわ。あなたは事務長の一人娘だし文化祭には誰が来てもいいもの。

招待状がある人ならね。何もここで恋人を探しましょうってわけではないのだし友達を紹介

したいだけ。話し相手にいい連中よ。」

「そうね、お友達が増えると嬉しいわ。わかった。ちゃんと初日にいくわ。ミキ呼び出したらすぐ

迎えに来てね。1人だと恥ずかしいわ。」

「わかったわかった。」

ミキは笑った。


かのジェシカ・エドワーズ女史の少女時代である。はじらいとういういしさが溢れている。



ジェシカにしてみればこの快活で躍動的な美しさをもつ友人に惹かれていた。

愛くるしい顔をしているがとても覇気があり頼もしい。

それに当人は自分の魅力を知らないようでもある。



言い寄ってくる男の子や男性は多かったがジェシカもあまり簡単に恋に落ちる

タイプではなかった。数日前の会話を思い出してミキはヤンにジェシカのことをこっそり

はなしてみようかという気持ちに駆られた。





ミキには二人がどことなく似合いの気がしたのだった。





けれどもその夜はあまりに女生徒が出歩くには遅すぎる時間であったので、

彼女は言葉を飲み込んだ。



それにヤンにあまり妙なプレッシャーをかければどこに引っ込むかもわからない。

当日みなにジェシカを紹介したほうがいいと彼女は思い止まった。








仮定法がいかに曖昧であり、現実味を帯びないとはわかっていても、

もしもこのときジェシカが初めて心惹かれたのはヤンだったと彼に伝えていたら、

何かが変わっただろうか・・・・・・。

それは今となってはわからないし、栓ないことのように思われる。





翌日も各教室、講座、部活も真夜中過ぎても文化祭の準備作業は終わらなかった。

何せ昼間にはきっちり抗議も実習もある。

この日は運動の実習でヤンは態度が悪いと教官にしかられて広い運動場の

トラックを10周させられてしまった。

彼はすっかり疲れ果て日ごろからキャゼルヌのいうように「寝たきり少年」に

なってしまったのである。

これにはクラスの友人が温かくも同情してくれ彼の作業を他のものが

分担してしてくれるというのだ。

おかげでヤンは寮の室内の固いベッドでうなされていた。




「多少筋肉をマッサージしないと、たてなくなるぞ、ヤン。ドクター・マクレインが

いっちょもんで進ぜよう。遠慮はしなくていい。出世したらお小遣いをおくれ。」

同室の軍医志望のジョン・マクレインが夜の8時過ぎに忙しい中を抜け出して

彼の筋肉のマッサージをしてくれた。

これにはヤンは涙した。



感激の涙ではない。



それほどいたいマッサージだったのだ。



30分ほどヤンの筋肉をほぐしてくれジョンは事務所に戻ると言い残して

部屋を出ていった。あまりの痛さと、脱力感で泥のようにヤンは眠ってしまった。

ジョンとラップが帰ってくる意識はあったが、彼はうとうとしだして時計を見ると

9時前であった。




それをしおに彼はやがて熟睡したのだ・・・・・・




翌朝の夜中2時を30分も過ぎたころにヤンは目が覚めた。



地獄の苦しみのような筋肉痛は思いのほか軽かった。

さすがジョンにマッサージしてもらっただけある。もう一寝入りしようとすると声がかかった。



「起こしちまったか。すまん、ヤン」



隣のベッドにはジャン・ロベール・ラップが疲れて腰掛けている。

まだ着替えもしていない様子だったのでこんなに遅くなった理由ヤンが聞くと、

ラップは言った。

ともかくやっと準備が整い生徒会で集合できたのが夜中の2時。

それから簡単なミーティングをしてすぐ解散。

とはいうものの彼ら役員は明日も早朝から警備、整備と忙しくなるらしい。

Jはまだ少し遅れると。3人部屋。



「艦隊でも出して戦闘になれば疲れなどこれくらいじゃすまないのにな。

まだまだおれは体力がないってことか。改善の余地があるな」と彼は笑った。

そして、着替えをして休もうとした。



ヤンもやはりもう一寝入りしようと彼が思ったとき遠くで争う声が聞こえた。

時計は2時30分を過ぎたころ。軍で言えば0232時。

男子学生が口論しているかのようでもあり時間的に考えれば士官学校の

塀の外で男同士で酔っ払って口論しているようだ・・・・・・。

気に留めないで寝てしまうに限ると思うと口論は止んだ。



ラップはもう寝息を立てている。


そして静寂。



ヤンは勘が良いほうの人間ではないのでまさかこれが後に重要な

ファクターになるとはこのとき予想だにもしなかった。

だからすぐにまた深い眠りに落ちていった。







その日士官学校の文化祭は午前9時丁度に外部との間の門扉を開いて開催された。



一斉にというわけでもないが客足は上々であった。

それぞれの模擬店が呼び込みをしたりチラシを配ったりしている。

早くも注文が入り忙しい模擬店もある。



文化祭中の学内の放送は主にジョン・マクレインが担当した。

「今日の僕はウグイス嬢。」

おどけたあと、きっちりと決まりの挨拶をこれまた簡単に締めくくる。Jのスピーチは完璧なのだ。

このあとアトラクションの案内などのプログラムを流暢にマイク越しに話している。

彼の場合学年代表だったため事務所の一角に設けられた文化祭運営委員会の席に

常駐しなければならなかった。

交代に2年生の学年年代表が控えてくれている。

その間は、マクレインは学内のトイレの清掃のような雑務までこなさなければいけない。

休憩はアナウンスの間にとるしかないわけだ。



ミキもヤンもクラスの模擬店で忙しかった。

ミキはミキで昼前に来るジェシカのことを考えたがやはりそれどころではない忙しさであった。

ラップも同じく学内の警備と清掃をしている。

実行委員長とは名前だけで使い走りか雑用なのだった。



そして、事件は午前9時20分過ぎに発生した。







あまり使われない学校の寮に近いコンクリートで作られたお粗末なトイレで

男性の死体が見つかったのだ。





発見したのは、他のクラスの実行委員の少年だった。






by りょう

■小説目次■


じつは私が実行委員長をした経験が作品で使われています。

勿論私は才覚の乏しい委員長でしたからアナウンスも流暢ではないし

トイレ掃除ばかりしてました。事務局次長のような女性がいて

大変お世話になったものです。普段の学生の私はごふん団子を作るのが苦手な

「お前には無謀」といわれつづけた日本画をかいてました。

今思えば洋画でも行けばよかったなと思いますが。

うちの大学のトイレがこんなトイレでした。

そういう思い出の作品です。殺人はなしですよ。(*^^*ゞ