駆逐艦『エルムIII号』は、第6次イゼルローン要塞攻略戦において一旦後方へ下がった。
被弾したのである。
軍医のミキ・マクレイン大尉は夫ジョン・マクレイン少佐とコバルビアス少将の
2人の意識不明の重傷患者を執刀しなければならなかった。
2人とも破損ブロックの怪我人を救助するときの二次災害で爆風を受け昏倒している。
この医療チームで今やコバルビアス、ジョンを除けばミキが指揮をとって治療執刀をしなければならない。
「ドクター・マクレイン、お気を確かに」
そう彼女に言ったのは、アグネス・ブライアン准尉。黒人のちょっとした立派な体躯の中年の
女性衛生兵である。
彼女のアルトの声で、ミキは我に返った。
「グリーンウッド中尉のグループは戦闘員の怪我の治療を。ジョン・マクレイン少佐のグループも、
そちらを担当してください。ノダ少尉は私の執刀助手を。ブライアン准尉、ジャクソン准尉はオペ室で
用意を直ちに願います。今から、コバルビアス少将、マクレイン少佐同時オペにはいります」
一同がどよめいた。同時に2人の手術。しかも脳挫傷で2人の手術は困難極める。
「時間がありません。私はコバルビアスもJも助けます」
そして長きにわたる手術が執り行われた。
後に、ミキ・マクレインとともに軍を退役して彼女の看護士を務めるミセス・アグネス・ブライアンは
述べている。
「ドクター・ミキ・マクレインはこのとき、本物の医者になったのです。
それまではご主人とただ一緒にいたいだけで、医者をされていただけでしたが、
このときはドクターの人生でもっとも苛酷で、困難な手術をされていました。
大事なご主人と敬愛する上司。
このお二人を何とか生かせようと、ドクターは何かをすてたように見えました。
迷い、甘え、そのような感傷をすてられて変わりに現実と向きあう厳しさを選ばれた
のだと思います。」
2人の手術は長時間17時間あまりにおよびコバルビアス少将は術後4日後に意識を取り戻した。
末梢神経にマヒは残ったがミキ・マクレインへの日頃の薫陶の恩返しを受け、
医者としての弟子の成長を喜びつつも救命への感謝をした。
ジョン・マクレイン少佐の意識は、いまだ戻らず。
「いかがです少将。気分は?」
ミキ・マクレインは疲れを知らぬように精励していた。
ユーリ・コバルビアス少将のベッドの側でバイタルをチェックし、彼女は患者に言った。
「Jは意識をとりもどしたかね。」
コバルビアスのいつにない静かな声に彼女は静かに首を振った。
「今はまだ。けれどもあのひとは生きています。私は死なせたりはしません。」
それ以上2人は何もいわなかった。
第6次イゼルローン攻略戦は、同盟軍の敗戦として幕を閉じ駆逐艦『エルムIII号』も、
死者0として、母星ハイネセンヘ帰還する。
「『エルムIII号』は無事だと聞いていましたが・・・・・・」
若き英雄と言われるヤン・ウェンリー大佐はハイネセン帰還後、上官であり士官候補生からの
先輩であるアレックス・キャゼルヌ准将から過酷な事実を聞かされ、暫く口を紡いだ。
「脳死状態だそうだ。意識が戻らない。戻る見込みもない。ミキが治療を続けてる。
延命治療をしてる。会ってやってほしいとおれたちに言ってきた。
ラップと、エドワーズ女史はもう病院へいっているそうだ・・・・・・。」
ヤンは言葉の深い意味に気がついた。
「そ、そんな・・・・・・生きているのでしょう。Jは生きてるはずじゃないですか。」
キャゼルヌは顔を蒼白にして嗚咽を堪えていった。
「一生Jの意識は戻らない。無理だそうだ。・・・・・・あいつの遺言が出てきた
。延命治療はしないでほしいという遺言だ。治療器具を外さねばならないミキの
気持ちも考えてやってくれ」
「・・・・・・ミキがはずさないといけないのですか・・・・・・。」
側で聞いている、12歳のユリアン・ミンツは自分の保護者の目に涙が滲んでいるのを
はじめて見た。
ユリアンもジョン・マクレインという人物を知っている。
ヤンも温和なほうだがJと呼ばれたドクターもユーモアに溢れ優しく、気のいい人であった。
軍ではすごく優秀な軍医らしいが、冷たい印象はない。軍人というより
コックさんのような人だった。
夫人も知っている。
料理が上手で明るくて白い花が良く似合うひとだった。
彼女も軍人というより、普通の女性だと思った。とても綺麗な人だけれど・・・・・・。
びっくりするくらい大きな目をした人だった。
「ユリアン、Jにお別れをしに行くよ。行くかい」
少年は厳かに、頷いた。
「ユリアンにはつらいだろう。ヤン今回は連れて行かないほうが・・・・・・。」
キャゼルヌはいうがヤンは真実を少年に見せたかった。
そのままキャゼルヌの用意した地上車にのって3人は国立総合病院の一室へ入った。
病室の中ではアリアが流れてたくさんのキャンドルとたくさんの花、
たくさんの在りし日のジョン・マクレインの写真、ムービーが並んでいた。
「先輩、ヤン・ウェンリー・・・・・・ユリアン。よくきてくださったわね。Jに、夫に会ってやって。
今日がお別れだから。」
白衣を着て髪をひとつに縛り、やつれたミキ・マクレインが頭を下げた。
そのミキを支えるようにジェシカ・エドワーズが立っている。彼女も泣くまいと堪えている。
しかし、ヤンがジョンに語りかけたときジェシカは嗚咽を洩らした。
ベッドサイドのテーブルに、ジョン・マクレインのホログラム映像付きの遺言書が公開されている。
『これから、第6次イゼルローン攻略戦へ出征します。私は・・・・・・毎回出征の度に遺言を遺す
ようにしています。それは私が医者だから、だと思います。毎回その遺言が反古になるように
努めて生きて帰りたいと思っています。』
柔らかい金髪のちょっと太った青年は手紙の中で紅潮した肌を持ち穏やかだがしっかりとした
物言いで話をしている。普段のジョークはどこへやら・・・・・・。それが物悲しかった。
めったに見せないまじめな面持ちをしている。
『私は多くの戦場で負傷した兵士、戦死した兵士、民間人、捕虜、ありとあらゆる死と言うものを
目の当たりにしてきました』
たくさんの管を身につけながらも彼は眠っているようだった。
多くの友人、知人、縁者がここに駆けつけその青年に別れのキスをした。
「やぁ・・・・・・J。こんなとき、私は何を言えばいいのだろう。別れの挨拶は、
できればしたくないんだ・・・・・・お前またふざけて死んだフリをしているだろう。
お前は優等生のくせに冗談ばかりで・・・・・・いい奴だったのに。」
ヤンは横たわり、脳波もないが、「生きている」友人に何を言えばいいのかわからなかった。
テーブルの上の遺言のジョンは語りかける。
『さまざまな生があるように、さまざまな死があると私は戦場で感じたのです。
そしてこうも考えました。私はどのように死ぬであろうと。わかりませんがいずれにせよ
大事な私の妻ミキ・マクレインを悲しませたくはないと思います。
彼女ほど無条件に私を愛してくれた女性はいません。そしてムライの両親も。
三人を心から愛しています。
私の宇宙でただひとつの家族。もしも私が妻を残して死ぬようなことがあったら、
友人達、ヤン、ラップ、ジェシカ。そして、キャゼルヌ先輩、ミキを支えてやってください。
シェーンコップもミキを笑わせてやってほしい。
願い事ばかりで申し訳ないのだが・・・・・・』
「わかったよ。約束する・・・・・・。」
ヤンがやっとつぶやいた。
青春時代をともに過ごした仲間の静かな寝顔を見つめる。
キャゼルヌはジョンの手を握った。まだあたたかい、ふっくらとした手。
『もしも私が昏倒し脳死状態になってしまったとき・・・・・・ミキ、この約束をかならず
果たすと誓ってほしい。
私に延命治療はしないでほしいんだ。
医者がこんなことを言ってはいけないが、私はそうしたいのだ。
きっと君はそんな私を許してはくれないだろう。
けれどもそうなったときは私の友人と最後の別れのときを作ってくれないか。
会えるひとだけでかまわない。
私は命を放棄しているのではない。
生を放棄しているのではない。
それだけは信じて私の言うようにしてくれないか。ミキ。
私はできれば君と生涯、年を重ねて生きていこうと思っている。
なのに遺言を残している私を不思議に思うであろう。
死を正面から見据えることは、
生を心からいとおしむことだと私は思っている・・・・・・。』
ユリアンはヤンの上着の袖を無意識につかんでいた。
ヤンはそれに気がついたのか、ユリアンの小さな手を握ってやる。
静かに涙を流すジェシカの肩をラップが抱き、ミキはジョンのそばに立っている。
『私がいなくなっても、みんなが幸せであれば・・・・・・それで良いと私は願っている。
この遺言は私、ジョン・マクレインが法的に作成した遺言である。
そして、両親、そして妻そしてこの友人に宛てたものの3通を
弁護士のカーター・クラインに預けた正式な書面であることを最後に申し上げておく。』
「もっと、気の利いた最後のセリフはなかったのか?え?Jらしくもない。
「実は全部嘘です。」ってってみろ。今回だけは勘弁してやる。
お前ミキにそんな悲しいことをさせて。
お前はもっとしゃれたやつだったはずだぞ・・・・・・いつも俺を困らせることしか
考えない奴だ。」
キャゼルヌは涙をぬぐいもせず年少の友人との早すぎる死を悼んだ。
『・・・・・・いや。最後は、やはり皆にありがとうといおう。
みんながいてくれたおかげで私は良い人生を生ききってこれたと
心から、感謝する。さようなら。ありがとう。
ジョン・マクレイン。』
この後ミキ、そして彼女らの両親との別れを終えると女医はジョンの生命維持の装置を切る。
主治医として。
ジョンの部屋を後にしたユリアンはいつまでも涙ひとつこぼさずに
伴侶の生を見取る妻の姿を忘れることはなかった。
彼らが何よりも大切に守ってきた命を、あの女医は・・・・・・ミキ・マクレインは
まばたきもせず、最後まで見守っていた・・・・・・
ビジョンでは幼いころの二人が今も映写機の中で犬とじゃれあいながら、
海辺で遊び太陽の光のもと笑っている・・・・・・。
by りょう
|