7・γ線
その少女にはルーム・メイトのジョン・マクレインから紹介された。
ミキ・ムライ。
15歳のヤン・ウェンリーは今までほとんど大人のなかで過ごしたせいか同じ年のころの女の子は苦手だった。
でも、彼女はそうでもなかった。
肩を少し越したうねりのある黒髪。小さな顔。体つき。大きな黒い瞳。上気した薔薇色の頬。
どれをとっても美少女の部類に入る。それでもヤンが彼女とも友人関係を築けたのは、
彼女にとって、『男』は宇宙では、ジョン・マクレイン・・・・・・通称J以外にいないということだろう。
つまり、彼女は、J以外を『男』と認識していないのだから、他の男たちはともかく、ヤンは気が楽であった。
柔らかい色合いの金髪をもつ、ジョン・マクレインのあとを、背の小さい少女がちょこまかと追いかける。
ミキは先にも述べた通りの容姿をもっているので、士官学校入学当初から上級生から同級生まで少なくとも
2ダースの男たちをふってきている。
「だってJのお嫁さんになるんだもの」
普通であればジョン・マクレインの立場はかなり悪くなりそうなのだがそうでもなかった。
彼はヤンより少し背が低く、ジャン・ロベールよりもやはり背が低い。小男であった。
そしてやや太り気味で森のくまさんを連想させる容貌をもつ。
成績は基礎学科では学年首位。
士官学校も首席で入学しているので学生課の事務局次長アレックス・キャぜルヌなどは
使いたい放題ジョンを使うのだが別に彼はそれが面倒でもなくかといって堅苦しいところもない。
堅苦しいどころか「上品過ぎず下品ではない」というジョークを飛ばすのとやはり頭の回転が
早いのか聞き上手でもあった。
第一堅苦しいただの秀才とヤン・ウェンリーのうまが合うはずはない。
二人とも読書と美味しい紅茶の愛好家でジャン・ロベールはこの話しになるとむきになって、
『豆からひいたひきたての珈琲は美味しい』と主張するが、2対1でいつも負けてしまう。
有害図書とされる本を入手しては読みあさるのがこの二人。
ミキとジャン・ロベールは肩をそびやかす。
ジョンとラップはよくキャぜルヌの使い走りをさせられる。
別に見返りはないがお互い波長が合うのだろう。
ジョンは学年代表をつとめているしラップはクラス委員長になかば無理やりなっている。
この二人が暗躍いや生徒会業務についている間はヤンとミキは艦隊シュミレーションマシーンで
対戦することが多い。
よく三次元チェスもする。
この二人はそのゲームでは実に低次元の好敵手である。
四人はなにかと仲がよい。
だが艦隊シュミレーションではなかなかレベルの高い面白い対局になる。
ミキは伝説のスパルタニアン乗り『サイレンの魔女・リー・アイ・ファン』の一人娘であり
父親も軍人であると聞いている。
そして射撃の腕はA+というとんでもない成績をとっている。
つまりA以上。教官よりもうまいので測定は不能。
なのに軍医を希望している。
それ以外の軍務は彼女の父親がけして赦さないそうだ。
「ねぇヤン・ウェンリー。あなたは戦略戦術が恐ろしく優れているのにそっちに行くつもりは
ないのでしょう?」
ミキの怖いところは戦術パターンの発想が豊富であるという点である。
ヤンもそれなりに過去の戦術などは頭に入っているがミキがそのように過去の戦闘の記録を
こまめに読んでいる姿は見たことはない。
思いつきらしいがそれが怖いと、ヤンは思う。
陣形を立て直しヤンが言った。
「君だって白兵や空戦の方が向いてるだろう。でも軍医を希望している。
理系のテストはかなりひどかったのだろ」
「あなたの射撃よりまし。今度訓練してあげましょうか。食堂のハンバーガーを
おごってくれたらね」
実際、ヤンの射撃、空戦シュミレーションは学年最低点を記録している。
「Cマイナスで進学できるなら、フライドポテトと飲物をご馳走するよ。はい。ミキ。降伏するかい」
今回、彼女の使った手はヤンが以前頭のなかで撃破する方法を考えていたものだったので、
ミキの方はあっという間に封じ込められた。
「降伏」
彼女は両手をあげてにっこりと笑った。
「そりゃね。自分の頭のできが理系ではないと思ってはいるんだけれどJが軍人になるって決めていたし、
それも軍医になるといったものだから・・・・・・ない知恵を絞ってこれでも頑張ってるの」
食堂で、ヤンは紅茶をミキは珈琲を飲んでいた。
「前から思っていたんだけれどもそういう理由は・・・・・・どうなんだろう。Jには彼の生き方があるだろうし、
君には君のそれがあると思うのだけれどおせっかいだろうな・・・・・・。何も君が医者に向いていないと
いっているわけじゃないんだよ」
それは分かるわよ、とミキ。
「ヤンはいやいや軍人ですもんね。歴史学者になりたかったのよね」
「うん。できれば姑息に生き延びて、年金で将来歴史編纂の仕事をしたいものだね」
黒髪の少年はほおづえをつき言った。
「Jが軍人になるといったらうちの両親はひどく止めたわ。特に父はね。
うちの父親って気難しいわけでもないんだけれど厳しい父性愛の固まりのようなひとで。
養子だからって養育費を国に返還すればいくらでも軍人にならなくても暮らしていけるって。
軍人は人殺しでしかもいつ死ぬか分からないってね。おまけにJはトラバース法で
もらわれてきた子じゃないから余計父は大反対よ。」
「それは、ムライ氏が正しいね。私が万が一トラバース法ででも養子をもらっても
軍人にはさせないよ」
ミキは続けた。
「でもね、ヤン・・・・・・。もらわれた子供の気持ちって違うんじゃないかしら。
多分Jは養育費の問題云々だけでなく・・・・・・・そうね、うちの親の力になりたいのかも知れないって思うわ。
これって、養子に出された本人でないとわからないと思うな。」
「そういうものだろうか」
ヤンはいささか、憮然としていった。
わからないのとミキは答える。
「私は医者にはなりたいわ」
「それこそ、軍医でなくてもいいじゃないか」
「うちにそれだけのお金があると思う。息子と娘、二人とも医者になりたいって。民間の大学に行って
いくらかかると思うの。それにどちらか一人だけ民間の大学なんていやだわ。
今までずっとJは一緒だったし私はこれからもそうありたいもの」
少女は一気に言うと珈琲を飲み干した。
「でも残念ながらJはどう思っているか分からないの。私のことをただ妹としてかわいがって
くれているだけなのか少しは・・・そのう。女の子としてみてくれているのかどうか」
ヤンは、少し考えて言った。
「そうだねぇ。Jはあれでポーカーフェイスだからね・・・・・・というか頭のまわりが早すぎる
時があるね。先が読める珍しい奴だ」
「いいわ、片思いでも。J以上に好きな人がいないんですもの」
15歳のあどけない微笑み。
ヤンなどは恋愛など考えたこともなかった。いつか自分が大人にでもなれば考えるだろうが、
今の自分が大人でもない子供とも言い切れない分岐点にいることだけは認識していた。
この時期、女性の方が男性よりも思考が成熟していると本で読んだことがあるので、Jも案外自分と同じく
ミキが考えているほど恋愛に聡いわけではなさそうだと15歳の少年は思った。
「・・・・・・って、聞いてる?ヤン?」
「何を」
やっぱりねと、彼女は苦笑した。
「私ね。今メール友達がいるの。今14歳の女の子で金髪の綺麗な女の子よ。
ビジホンでもたまにはなすのよ。綺麗なだけじゃなくて、そうね。しっかりしているし
とてもいい子よ。紹介しましょうか?ヤン・ウェンリー」
ヤンは、吹きだしそうなのを堪えていった。
「何故、私なんだい?私は見たとおりの野暮天だしジャン・ロベールに紹介してあげたほうが
その女の子のためじゃないかな」
「野暮天だからよ。ジャン・ロベールならそのうち適当にみつけて綺麗な恋人を作っちゃうわよ。
ヤンには・・・・・・言ってはなんだけれどもそんな方向の能力はなさそうだもの・・・・・・」
悪かったねと、ヤン。
「私はそういうことにはあまりむかないんだ。その女の子に悪いよ」
ミキは、いい子なんだけれどなぁと、ジェシカ・エドワーズを思い浮べ、
ヤンとジェシカの並んだ姿を想像してみた。
悪くはないカップルだと思うんだけれどなどと考えた。
ヤンは時に、ミキはγ(ガンマ)線のようなエネルギーを持つ少女だと感心する。
『γ線とは、放射線の一種で、核分裂、放射性壊変の過程で不安定な原子核が放出する非常に波長の短い電磁波である。
また、電子と陽電子の衝突・消滅によって発生する電磁波もいう。発生源が異なるだけでX線と共通点が多い』
つまり、善かれ悪かれするりと人の中に溶け込んでいく。
おせっかいといってもいいし、愛すべきおせっかいと言い直してもいい。
ともかく友人として一人くらい、自分のような野暮天少年の世話を焼いてくれる女友達が
いてくれるのはわるくはないとヤンは、思っていた。
夏のひまわりが、校庭の花壇に咲き乱れている。
by りょう
■小説目次■
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