「なんだ。じろじろとみて。おれの顔に何かついてるのか。」
ダスティ・アッテンボローは、先ほどから自分を見ている無遠慮な視線の主に尋ねた。
不敵な戦闘指揮官は感心していたのだ。
そして独特のよい声音で呟いた。
「そうか・・・・・・お前さんはあいつに似ているんだ。うん。まさにそうだ。
おれとしたことが迂闊だったな・・・・・・。」
「だから、何なんだ。シェーンコップ中将。独り言とは気持ちが悪いじゃないか。
おれに話を聞かせたいのか、聞かせたくないのか。大きな声で独り言だな。」
青年提督は朗らかな人物であるが、今は忙しくて酔狂なことに首を突っ込む
つもりがなかった。そばかすが特徴のアッテンボロー提督。
「いや、お前さんを見てると或る女を思い出した。悪くない女だった。」
「お、女って。まさか貴官は、両刀・・・・・・なのか。おれは恋人はいないが
男は嫌いだぞ。何かしたら銃殺する。」
歴戦の色事師シェーンコップに女に似てるといわれてアッテンボローは後ずさりした。
力で迫られたら逃げるしかなさそうだ。それに気がついたシェーンコップは言った。
「ばかを言うな。オレは男の尻には興味はないよ。お前とその女は気性が似てるんだ。
それを今ごろ気がついただけだ。」
「気性がね。何だかかわいくない性格みたいだ。」
アッテンボローは安心したのか軽口を叩いた。
「そうそう。せっかく美しく生まれてきているのに、あの性格じゃ男が寄りつかん。
そうだ・・・・・・・この革命戦争という名前の酔狂なゲームが終わってお互い生きていたら、
その女を紹介しよう。お前となら、奴も気があうだろう・・・・・・。」
シェーンコップが面白そうに、アッテンボローに言った。
「却下」
アッテンボローは速攻であった。
「おいおい。また独身主義だのつまらんことをいいだすのか。独身主義だろうが、
女を抱いたって罪にならんぞ。せっかく紹介するといっているのに。美人だぞ。」
シェーンコップは不思議そうに年少の提督を見た。
「それはもちろん。だが貴官の紹介する女というのは・・・・・・その、なんだ。言いにくいじゃないか」
青年提督はその先が言いにくそうであった。
「分かってるよ。お前さんがいいたいことは。だが心配いらない。おれは見境なく、
女に手を出す男じゃないんだ。あの女はおれのただの戦友だ。キスもしてない清い間柄だ。」
「女性士官(ウェッブ)か。」
「もと軍医だ。特上なオリエンタル美人なんだがお前とよくにて隙がないというか
かわいげがないというか・・・・・・。」
「余計、却下だ。」
アッテンボローは、またもや迅速且つはっきり言った。
「貴官が落とせぬ女をオレが落とせるとは思えんし。これでも自分をよくしっている。
分をわきまえるのも、喧嘩の定石だ。」
年少の男はふてぶてしく言ってのけた。
「落とせなかったのではなく落とす気になれなかったんだ。」
不良中年だなとアッテンボローはため息。
「俺には向かない女性だよ。どのみち紹介されるのは苦手だし。」
シェーンコップはいささかはなじらんだ。
これだから女の一人も見繕えないんだと不謹慎な感慨にふけった。
「やれやれ。お前さんは色恋となると慎重だな。ますます似ている。お前さん達は。
似合いかもしれんのに・・・・・・そういう弱気なお前に紹介するくらいなら、いっそ俺が口説くのも
また一興かな・・・・・・。ちょっと想像しにくいが。」
ヤンが眠たげな顔をして書類を持ち、二人の僚友が何かを
言い合っているのに気がついた。
「おや、司令官殿。ご精励ですな。まことに結構です。」
「宿題が片づかないからね。で、きみたちは何かの悪巧みかい。
楽しそうでうらやましい。」
ヤンは自分が忙しくなってきているのに、二人の策略家が廊下で
やいやい話しているのが面白くはないようだ。
明らかに浮かない顔をしている。
「まあまあ、そう面白くない話でもないのです。閣下。独身主義の我らが
アッテンボロー中将にある極上の女性を紹介してしんぜようという善き行いを
考慮していたのですよ。小官は。」
シェーンコップがにやりと笑い、30歳にしていまだに洗練されていない
青年提督に視線を投げた。
「そうやって面白がってろ。不良中年め。」
アッテンボローはにらんだ。
「面白そうな話だが、まさかその女性は・・・・・・。」
ヤンとシェーンコップの共通の知人女性といえば。
「そのまさかですよ」
シェーンコップの物言いにヤンは一瞬あきれたがさっきまでの不機嫌な顔の
表情はなくなりほんの少し愉快な面持ちになった。
「そうか。アッテンボローと彼女か。いわくの因縁はあるが悪くはないカードだな。
でも本当のところはそれに「シェーンコップ」というジョーカーが一枚入るとわからなくなるね。
彼女はどちらを選ぶやら。」
ご冗談をとシェーンコップが言う。
「アッテンボロー中将と話していると妙にあいつを思いだしましてね。
小官の柄ではありませんが、縁でも結んでやろうかと思いまして。
あれは気の強い女ですからこの若いのと連れ合いにいいとおもいますよ。
喧嘩もさぞ派手にやるでしょうがね。アッテンボローの青二才となかなか
似合いだと思われますな。かなり愉快な光景ではありませんかね。
私はあの女なら譲ってもいいですよ。」
「あれだけの美形を譲るのか。そんなに彼女が恐いかい。」
「恐い女です。私にとってはね。」
「何です?先輩の知り合いですか?」
アッテンボローだけ事情がわからないから、口をとがらせた。
「そうだよ。私の長年の友人だ。」
「先輩にジェシカ・エドワーズ女史以外に美人の知己がおいでとは知りませんでした。」
意外である。
確かにアッテンボローはヤンの人間関係を全て掌握しているとは言わないにしても、
そんな美人といつから知りあいになったのだか不思議であった。
皮肉ではない。
単純な驚きである。
「何を言っている。お前はなぁ。私の苦労も知らないで・・・・・・ま。いいさ。」
ヤンは黙った。
この戦いはいつまで続くのかわからない。
ハイネセンに再び戻る日など今の時点で魔術師と呼ばれる彼にさえわからない。
未来の展望としては面白みはあるが予想地図をこれ以上話すほど楽観的な気持ちに
なれないヤンであった。
彼はさり気なく書類をちらつかせてキャゼルヌの仕事部屋へ向かった。
廊下を歩きながら、ヤンはふと考えてみた。
『やれやれ。2ヶ月だ。
5年は楽に暮らしていけると踏んでいたのにもう故郷をおいだされてしまった。
そう、本当にこんなにことが早く起こらないなら私ももう一度考えたんだがな。
ミキとアッテンボロー。
確かに二人は似ているのだ。感じる空気が近いのかな。
だから私までもガラになく、おぜん立てもしたこともあるのに二人はいまだに
出会ってすらいない。人生ままならない。
まさしく、実のならない果実のごとしだ・・・・・・。』
そういささか哲学者めいた思考の中でキャゼルヌ中将の執務室に顔を出した。
「おう、司令官。ご苦労さんだな。」
キャゼルヌはタイピングをやめないまま入ってきた上官に声をかけた。
「サインはしておきましたよ。後はよろしく。」
「じゃぁ、今度はこっちの山をもってかえって確認してサインしてくれ。
できればきれいな字で書けよ。女房殿に代筆させてもいいぞ。」
「フレデリカではなく私のサインがいいんでしょ。」
「どっちでもいいさ。公式書類じゃない。よきに計らってくれ。閣下。」
どっちが上官なのかわからない会話だが、司令官は特に気を悪くすることもなく
指し示された書類の山をみた。そして若い司令官は惚けた発言をした。
「先輩はよくこんな面倒なことができますね」
「お前に任せるとえらいことになるからな。できるものがしなければ物事は進まないのさ。」
その通りと頷くヤン。
「さっきシェーンコップが珍しい人物の名前を口にしたんです。アッテンボローの
恋人にどうかって。どうです。今回ばかりは色事の分野でも私に先見の明がありましたね。
私もまんざら野暮じゃないです。」
ヤンは勝ち誇ったように言って見せた。
「アッテンボローにって、あれか。ミキか。」
あれ、とはひどいなとヤンは思った。
「そうですよ。」
「ふむ・・・・・・。そういえばミキは初陣ではシェーンコップと一緒だったし・・・
・・・まさかあいつ、ミキに手を出しちゃいないんだろうな。」
「シェーンコップは見境なく女性に手をだす男ではないですよ。
彼女が恐いそうです。」
「おっしゃる通り。いかにも私は紳士です。これでも女を選ぶんですよ。
私はどこぞのパイロットの坊やと違って博愛主義ではありませんからな。
司令官閣下。」
会話に熱中していた二人の中にシェーンコップがわって入った。
「僚友の妻に手を出すような女遊びはしておりません。」
「そうか。Jとも親しかったんだな。お前さんは。」
キャゼルヌが一息つきデスクの冷めたコーヒーを飲んだ。
「私の結婚式に招待したんだがね。彼女は仕事に大忙しで来れなかった。
ひとの命を救う仕事なのだから敬服に値するね。ハイネセンで一度我が家にきたよ。
ふらりと・・・・・・。」
ヤンはシェーンコップを見ていった。
ミキ・マクレインはヤンの幕僚たちに非常に近い民間人である。
ヤン、キャゼルヌ、シェーンコップの友人であり、ムライの実子。フィッシャーとも家族ぐるみで
親交があるという。
薔薇の騎士連隊とも顔見知りであるが・・・・・・彼女は一度もヤン艦隊に属したことはなかった。
ヤンと勤務地が同じであったことは一度だけ。
そのため政府からも帝国からもノーマークだった。
ゆえにシェーンコップはヤンとのライフラインとして彼女を使った。
ミキ・マクレインはそれだけでなく非常時の時に頼りになることをシェーンコップは
しっている。彼女の戦闘能力の高さと判断力の優れた点は讃嘆するに値する。
「ええ、私の頼みでふらりといってもらったわけです。」
「フレデリカはひとつ料理を覚えたよ。」
黒髪の司令官はいった。シェーンコップはほくそ笑む。
「おかげでヤン夫人はあなたの窮状に対して、私に早急連絡ができたというものです。」
「そういうことかな。君の非常時のアドレスをミキに託してくれたのはありがたかった。」
「どうせ私の悪口をさんざん言ったでしょうな。あれは。」
またもや、ミキという女性はあれ扱いである。
ヤンもキャゼルヌもそのひととなりをしっているので、何とも言えない。
「そうだったね。ワルター・フォン・シェーンコップとあろう男が女の家でさんざん酒を飲んで
ベッドをともにすることなく、情けなく酔いつぶれて明け方こっそり帰ったと吹聴していたよ。
人の家でただ酒を飲むのも大概にしろと怒っていた。彼女は医者でホステスじゃないんだよ。」
ヤンがにっこり笑っていった。
「やれやれ。やはり女はおしゃべりであるにかわりないようですな。あいつも例外ではない。」
シェーンコップは不敵に笑っている。
ヤンとキャゼルヌはおたがい顔を見合わせて苦笑いをした。
不思議にシェーンコップとミキはある意味、仲がよい。男女の性別を超えた
友誼を感じる。現にシェーンコップは彼女の家ではリビングのソファで寝るのが常で
彼女は寝室のベッドで寝る。
深酒を二人ともして夜を明かすけれど一線を越えることもなければ手も握らない。
「うちの連隊にも本気でほれてる男もいますが、あれはそういうタイプの女
じゃないようです。隙がなさ過ぎる。それに未亡人。前の亭主がいい男だった
だけに違う相手をはいどうぞ、といっても難しいかも知れませんがね。
うちのあの青二才とは合うと思うんです・・・・・・。
勘でしかありませんがね。」
「そうか・・・・・・そんな日が来ればいいな・・・・・・。
ミキが尻にしくのは眼に見えているが。」
キャゼルヌが他のスツールから別の書類のフォルダをとりだした。
「さて、司令官と戦闘指揮官、いまは仕事に集中してくれ。でないとこっちが片づかない。
懐かしい話はランチの時にでもしよう。ほれどれからかかるね。より取り見取り仕事は
たくさんあるんだ。」
ヤンは、速やかに先の書類をもってでていった。
居残ったのは、シェーンコップ中将である。
「なんだ。戦闘指揮官殿。」
「いえ。うちの野暮天司令官があいつの良縁にかんすることになると
口を出すのが珍しくてね。」
「そういえば、ヤンはミキとは遠慮なくはなしをしていたな。ヤンは異性に弱いが
よく二人でこそこそ成績の埋め合わせをしていたよ。子供同士がいたずらを
しているような光景だった。」
「成績の埋め合わせとは。」
「ここだけの話。ヤンが射撃訓練課程で落第しなかったことは不思議だろ。」
「なるほど。ミキがかんでるんですな。」
キャゼルヌは頷く。
「それに彼女はJにぞっこんだったから、ヤンを男と見てない。
ヤンもそうだったみたいだな。ある意味妙なプレッシャーがないだろ。
それでつきあいやすいんじゃないか。
きっとJ・マクレインが生きていてミキも退官していなければ、
間違いなくここにいるだろうな。Jの知恵はこの際欲しいもんだ。」
キャゼルヌは昔の友人を思い出す。
「小官もあれを女だとは思いません。射撃、陸戦、どれもこれもうちの連隊にほしい。
今はおとなしくレーザーメスをもってせっせと仕事をしています。じつにストイックに。」
「そうか。いまだに恋人の一人もつくらないか・・・・・・。不健全だな。」
キャゼルヌは言った。
「言い寄る男は多いんですがJが変わった男だけに選べないんでしょう。」
「Jな・・・・・・。秀才のくせにかわった奴だった。でもいい奴だったよ。」
キャゼルヌはため息をついた。
自分のしっているミキ・マクレインは確かにそういう女性だ。
ジョンを亡くしてからは涙ひとつこぼさず懸命に医者として生きている。
「あれはひとつの病気です。潔い立派な決断だったがあいつは涙ひとつみせやしない。
ジョン・マクレインの死後。何年も張りつめて生きている・・・・・・。あまり精神衛生上
よいもんじゃないと私は思ってるんです。Jの死に方も大きな問題があったんです
けれどね。あんな死なれ方をしたら。女房はやりきれない。」
シェーンコップはわりと真面目な表情でいった。
「・・・・・・なんだ。本当にお前さんはミキを友達と思っているんだな。」
キャゼルヌは僚友の顔を見て、呟いた。
「あの夫婦が好きでしたよ。嫁はじゃじゃ馬だが亭主は物分かりのいい、
面白い男でした。人格者は長生きできぬというところでしょう・・・・・・。」
シェーンコップはそういうと与えられた書類を持ってキャゼルヌの部屋から退出した。
「あの不良中年が下心なしときたか・・・・・・Jな。あのバカ。」
一人、キャゼルヌは考えたがそれ以上彼女のことを考える余裕はなかった。
実らぬ果実。
実らせるにはまだ時間がかかりこの後数年を要するのである。
ミキ・マクレインとダスティ・アッテンボローの出会いと
その後にすすむささやかなるロマンスは。
by りょう
|